第7話 高垣朱里の宣戦布告
「私は翔吾くんのことが大好き。これでわかってくれた?」
僕は未だ柔らかい感覚の残る頬を抑えて呆然とする。
今……キスされた?
朱里さんに?
「あ、あんた正気……?クラスメイトが揃ってるところでキスなんて……」
「私は正気だよ。それくらい翔吾くんのことが大好き。言い逃れする必要も無いし噂になっても構わない」
朱里さんは一歩も引かないどころか軽く杏奈を睨んでいる。
えーっと……なんでそんなに怒ってるの……?
「うん?何してるんだ?」
タイミングが良いのか悪いのか、教室に音取が入ってきた。
音取の登場に杏奈の顔が輝く。
「聞いてよ〜!朱里がこんな陰キャと付き合うって言うから釣り合ってないよって言ったのに朱里が全然聞いてくれないの!」
「朱里が……?こんな陰キャと?」
「下の名前で呼ばないで。名前で呼んで良いのは翔吾くんと私の友達だけだよ」
暗にあなたは友達じゃないと切り捨てるような言葉。
普段温厚で優しい朱里さんがここまで怒っているのは見たことがない。
音取も少し怯んでいるように見えた。
しかしそれでもめげずに朱里さんに話しかける。
「なんでこんなやつと付き合うことにしたんだよ。お前がその気なら俺が付き合ってもいいぜ?」
「!?何言って……」
「あなたは杏奈の彼氏でしょ?それに私の彼氏は翔吾くんだけだから」
音取のクズ発言も気にせず朱里さんは切り捨てる。
音取がここまでクズなやつだなんて知らなかった。
元々あまり良い噂はなかったけど。
「チッ……じゃあ俺はこの件はパスだ」
そう言って音取は自分の席に戻っていく。
場は俺と高垣さん、向かい合う杏奈、そして取り囲むように行方を見守っているクラスメイト達という構図に戻った。
「本当にそいつと別れる気はないの?」
「ないよ。ずっと一緒にいる予定かな」
おい、何を勝手にずっと一緒にいることにしてんねん。
まあ朱里さんと一緒にいられるのは嬉しいけども……
「あっそ!じゃあもう知らないから!」
「うん」
交友関係に聡いわけではない俺でもわかってしまった。
今まで確かに存在していた友情というものが消えようとしている。
それほどまでに空気は重く先程まで騒がしかったクラスメイトたちも静まり返っていた。
「杏奈」
「何?」
「翔吾くんをバカにしたこと、絶対に許さない。あとで後悔しても知らないから」
「はぁ?後悔?そんなのするわけないでしょ?」
そう言って杏奈は身をひるがえしどこかへ歩いて行ってしまった。
朱里さんがホッと息を一つ吐く。
「大丈夫……?」
「……うん。まあ確かに寂しいけど杏奈のやったことは許せないもん。こうするしかなかった」
そう言う朱里さんの顔はどこか悲しそうな顔をしていた。
こういうとき、彼氏ならどうするのが正解なんだろうか。
しばらく考えて一つ思いついた。
しかし引かれてしまわないだろうか、そんな不安があったが今の朱里さんの様子を見ているとそんなことも言ってられなかった。
「あ……」
俺は優しく朱里さんのことを抱きしめた。
朱里さんの小さく温かい体は少しだけ震えていた。
「嫌かな?」
「ううん。すごく安心する……」
朱里さんは体の力を抜いて身を委ねてきた。
どうやら俺の行動は正解だったようだ。
「ねえ……私間違ってたのかなぁ……」
「後悔してる?」
「してないよ。けど自分の選択に自信はないんだよね……」
俺はその答えを聞いて苦笑する。
「なら大丈夫だよ。もし杏奈と仲直りしたくなったら俺を振ればいい」
「翔吾くんは優しすぎるよ……」
そう言って朱里さんは静かに泣き始めた。
俺は優しく背中をさする。
朱里さんは優しすぎるんだ。
だからこそ自分が拒絶してしまったことに強い罪悪感を覚えてしまう。
この世の中では珍しいことではないけどもそれでも気にしてしまうんだ。
「俺でよかったら一緒にいるよ」
「うん……うん……ありがとう……」
それから5分ほどして朱里さんは泣き止んだ。
俺はポケットからハンカチを取り出し涙を拭いてあげる。
少し目が赤くなってしまっているから冷やしてもらった方がいいかもしれない。
「ありがとね。あと、ごめん。迷惑かけちゃって……」
「気にしなくていいよ。いつでも寄りかかってくれていいから」
「うん。頼りにしてる」
そこまで話して気付いた。
ここは教室のど真ん中だった。
大量の視線がこちらを向いている。
やべ……やらかしたかも……
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