第6話 女の戦い

「あっ!おはよ〜!翔吾くん」


「お、おはよう。朱里さん」


俺達は駅前で待ち合わせをしていた。

遊びに行く……わけではなく登校するのだ。

今日から学校では俺と朱里さんは偽装カップルになる。

俺は電車通学だけど朱里さんは徒歩で通っているから学校の最寄り駅で集合だ。


「よし、じゃあ行こっか」


「うん」


俺が頷くと朱里さんが俺の腕に抱きついてくる。

2つの果実の感触が伝わってきて心臓に悪い。


「お、俺たちは偽装カップルなんでしょ……?いくらなんでもここまでしなくてもいいんじゃ……」


「学校のときは偽装でもカップルでしょ?ならいいじゃん」


「まだここ学校じゃないけど……」


「細かいことは気にしないの〜!それとも翔吾くんは私と腕を組むの嫌……?」


朱里さんが上目遣いで聞いてくる。

ぐっ……断われ俺……!

断らないと理性が……!


「いや、全然嫌じゃない」


だぁ〜!

意思弱すぎんだろ俺!

何で真顔で嫌じゃないとか言っちゃってんの!?


「ふふ、やった……!ありがとね」


そう言って朱里さんは笑う。

その笑顔を見るだけで断らなくてよかったと思ってしまった。

本当に我ながら単純な男だ。

というかそれよりも……


「視線がすごいね……」


「え〜そうかな?」


周りの人からの視線がすごく集まっている。

生徒たちだけじゃなく通りすがりの知らない人たちもみな二度見をしている。

それほどまでに朱里さんは周りの視線を惹きつけていた。

気にならないのは慣れているからなんだろうか。


「学校でもこうなるなら陰キャの俺には荷が重いんだが……」


「えー私達カップルでしょ?いちゃいちゃしようよ〜」


”偽装”ってワードを意地でも言わないじゃん。

杏奈とも身体接触はほとんどなかったからイチャイチャしたいと言われても普通に緊張するんだが。

世の彼女持ち達はメンタル強すぎないか?


「あっ!学校見えてきたね。楽しい時間は過ぎるのが早いなぁ……」


確かにもう学校が見え始めていた。

頭の感覚が腕の柔らかい感触に引っ張られすぎたのと緊張でほとんど覚えていない。

俺達は腕を組んだまま学校内を進んでいく。

校庭や靴箱、廊下でえげつないほど見られて生きた心地がしなかった。

多少ぐったりしている俺を引っ張って朱里さんが教室に入る。


「みんなおはよ〜!」


「え!?朱里!?」


「どうしたの男なんて連れて」


そこら中から女子の驚きの声と男子の悲鳴が聞こえてくる。

挨拶しただけでこうなるとかどれだけ影響力を持っているのだろうか。

俺には想像もできない。


「おはよう。朱里」


「久美!おはよう」


話しかけてきたのは高窪たかくぼ久美くみさん。

クールで真面目な美人、といった印象で学年でも人気が高く朱里さんとセットでアイドル視されている人だ。

朱里さんが一番の親友だと言っていた。

なんでも中学校から同じなんだとか。


「よかったじゃん。彼と上手くいったの?」


「まあね〜!」


朱里さんは照れくさそうに笑う。

朱里さんにとって久美さんは本当に良き理解者なんだな。


「大瀬良くんも朱里をよろしくね。ちゃんと朱里を幸せにしてあげてよ?」


……ちゃんと偽装って説明してあるんだろうな?

なんか割と本心から言われているような気がするんだけど?

偽装ですって説明したら俺が怒られるパターンは勘弁してほしい。

久美さん怒ると怖そうだし。


「どうしたの〜朱里〜!そんな冴えない男と腕なんて組んじゃって」


そんなとき突如後ろから声をかけられる。

前までは好きだった、でも今は本当に聞きたくなかった声だった。


「杏奈……」


「は?名前で呼ばないで?普通にきしょいから」


杏奈は俺と目も合わせようとしない。

俺はもう次の言葉を紡ぐことができない。


「朱里も早くそいつから離れたほうがいいよ?陰気臭いのが伝染うつるし」


「私は翔吾くんから離れないよ?だって彼女だもん」


そう言った瞬間クラスにどよめきが走った。

疑いが確定になったことで一部の男子からさっきよりも大きな悲鳴が聞こえてくる。


「はぁ?そいつと付き合ってんの?ぷっ……悪いこと言わないからすぐに別れなって。どう見ても釣り合ってないよ?」


その通り過ぎて反論すらできない。

俺はどう見ても朱里さんとは釣り合っていない。

そう言われてしまうのも仕方のないことだと自分でも思ってしまった。

でも……朱里さんは違った。


「ううん。翔吾くんはカッコいい人だよ。釣り合ってないなんて他の人に言われたくない」


朱里さんは目をそらさず、しっかり杏奈を見据える。

杏奈の目つきもまた、厳しいものに変わっていた。


「なんか罰ゲームとかやってんの?弱みを握られてるとかなら助けてあげようか?」


「そんなわけないでしょ。証拠でもみせる?」


「はぁ?どんな証拠があるわけ?」


「じゃあ見ててよ」


そう言って朱里さんは俺に近づいてきた。

そして──


チュッ


温かく柔らかいものが左頬に触れた。

ほんの一瞬だけの出来事。

それでも全員に衝撃を与えるには十分な一瞬だった。


「私は翔吾くんのことが大好き。これでわかってくれた?」

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