30 飛行機野郎
翌朝、ユベールと食後のコーヒーを飲みながらまったりしていると、見知らぬ男と見知った男がオレ達のテーブルに来た。
「ああ、やっと見つけた。ここに居たのか」
「誰? あ、川船の船長?」
何と、オレ達を助けてビエンヌ公国まで送ってくれた川船の船長だった。
赤銅色をした肌で無精ひげを生やした海の男っぽい感じの男だったが、少し色白になっただろうか。髭を剃って顎髭だけにして、濃い茶色の髪も撫で付けて商人風だ。
隣にいるのは彼の息子だろうか。丸眼鏡をかけた長身の男で、顔付と雰囲気が父親に似ている。
「おお、元気だったか?」
「親父、この方ですか?」
「こいつは俺のバカ息子だ」
「酷いなあ」
そう言いながらオレの手を取る男。ユベールが男を睨みつけて手を引き剥がす。
「失礼した。私はジャン=ポール・ケイリーという、息子のジャン=マルク・ケイリーだ」
「オレはエルヴェ、彼はユベールだ」
「ちょっと内密の話がしたいのだが」
川船の船長のジャン=ポール・ケイリーが言うので、部屋に戻って話を聞くことにした。恩人の頼みだし、どうもこの息子の用事のようだ。
川船はテゥアラン王国に戻ると、船長たちは王国の騎士団に拘束されて根掘り葉掘り聞かれたんだそうだ。
思わず真っ青になったオレに「拷問とかなくて紳士的だった」と笑うけれど申し訳ない思いで一杯になった。
「いや、そっちじゃなくて奴隷商人の方がね。俺達のテゥアラン王国では奴隷売買は禁止されているんでさ。それを無理やりの上、神官とかヤバイだろ」
しばらく国外には出ないようにお達しがあって、国内で細々と荷運びなどしていたらしい。
***
ある日、息子のジャン=マルクに愚痴っていて、スクリューの話になったそうだ。船に乗せた少年がどうにも印象が強くて、話して見ると変わったことを言う。
「そんで、その子がよ、プロペラって言うんだよ。息子に散々聞かされていたしな、飛ぶかって聞くから、ドラゴンじゃなきゃ飛ばねえとは言ったが」
スクリューから飛ぶという話になったのだ。
「飛ぶ、そう言ったんですか!?」
「言ったな。何かここだけの話だけどよ、アレは神子じゃないかって話だ。騎士団に拘束された時、鑑定した奴に俺にも『神子の加護』があると言われたんだ。神子はヴィラーニ王国が召喚してるだろ。失敗したとか聞いたけどよ、何かの間違いで違う場所に現れたら──」
ジャン=マルクは船が飛べるか研究していた。たちまち乗り気になって、父親の首を絞める勢いで話を聞き出した。
「俺たちはそういうのしか知らないけど、もっと上のそういう存在みたいなものがいて、巡り合わせとかあったら……」
「どうしても会いたい。きっと夢が叶うかもしれない」
国にも最重要機密という事で許しを貰い、何とかこの国に来たという。
***
「飛行機作っているの?」
「ああ、飛行機という名前なのか。いい!」
「いや、その」
何か大事になっている。どうしたもんか。
大体オレは畑違いで飛行機の事なんて全然知らない。
「オレが知っているのは──」
プラモデルは作ったけれど、どうなんだ。
最初の飛行機ってこんなのかな。紙を出して翼、尾翼、前に付いたプロペラ。着陸用の車輪があって。胴体。こんなので分かるかな。
「羽は真っ直ぐなのか?」
「うん、そうだけど先の方が曲がっていたり」
覚えている限りの飛行機の絵を描く。グライダー、複葉機、ジェット機、ヘリコプター。
「羽は動かさないのか?」
「うん。バタバタはしない。前の方を曲げたりして上がったり下がったり」
男は考え込んでしまった。
鳥みたいに羽を動かして飛ぶ飛行機を想定していたのかな。
「何か羽をね、飛ぶ方向に斜めに、前を上に──、あー、何か分かりにくいかな、オレもちゃんと分っていないんだけど」
手の平を揃えて指先を上にあげて前に動かす。
「こうするとここらに揚力ていって上にあげる力が働くんだ」
「ありがとう! この絵を基に仲間と色々考えてみるよ。来てよかった」
「仲間がいるのか。オレ素人だからね、ちゃんと計算してよ」
「任しとけ。ところで、これは何かな」
ジャン=マルクはオレがプロペラ繋がりで片隅に描いた扇風機の絵を見て聞く。
「それは扇風機だよ。暑い時に風を送って冷やすんだ。うーん、氷の魔石とどっちがいいのかな」
「おお、なるほどこの網はカバーか」
「それが無いと危ないからな」
「そうか。聞きたい事があったら、また来るよ」
「どうもありがとうな」
俺の描いた出来損ないの絵を持って、二人は帰って行った。
「一度エデッサに帰ろうか」
「そうですね」
オレ達はイポリットに礼を言って、エデッサに帰ることにした。
イポリットの建てる宿というのはかなり敷地が広くて、基礎工事にかかっていた。
「なかなか立派な宿になりそうだな」
「まあな」
オレがイポリットに宿を紹介してくれた礼を言って、コーヒー牛乳やイチゴ牛乳の話をすると、それを秘書に書き留めさせる。
ユベールが「失礼します、私も希望を述べてもよろしいでしょうか」と聞く。
「おお、何だ言ってみろよ」
「はい、家族風呂というのを客室にも取り入れて欲しいですね」
「なるほど、お前やるな」イポリットとユベールはにんまりと笑い合う。
庶民のオレにはよく分からないけど、上を見ればきりがないというし、金持ちはそういう部屋を欲しがる客もいるか。
「じゃあさ、獅子の口からお湯が流れ落ちて、洗い場に寝台があって、そういや共同浴場で大浴場を作って、熱帯植物を植えてジャングル風呂とか──」
「ジャングル?」
「エルヴェ様……」
いかん、やり過ぎた……。舞台で余興とか、プールにシューターとか、着ぐるみ人形のカーニバルとか、どんどん妄想が湧いて、一宿泊施設の範疇を越えていく。
何とも言えない顔をしたユベールと、唖然としたイポリット。秘書も当惑顔だ。
「すまん、今のはナシで」
「いや、面白そうだ。その話はまた聞こう」
そうだよな、基礎工事は始まっているんだし傍迷惑な事だ。
イポリットと別れてエデッサ行きの乗合馬車に乗った。
エデッサに着いて、アパートに帰ってグダグダと寝ころんだ。ダンジョンはハードだし、久しぶりの奴にも変わった奴にも会うしで精神的にも肉体的にも疲れた。
1日のんびりして、翌日、近くのギルドに行った。そういえば羊皮紙に書かれた魔法陣があったっけ。
ギルドで聞いてみると公都のギルドに魔法陣の専門家がいるそうだ。
その内ユベールのお祖父さんの所に行かなければならないし、その時に調べることにした。
帰りに小さな教会堂に寄った。教会堂は綺麗になって、オレが作った手水舎モドキの周りには、花壇が出来て赤白ピンクの花が植えられている。割れた窓ガラスも新しいものに替えてある。
手を洗って水を持って教会に入ると、初老の神官が出迎えてくれた。
「やっぱり落ち着くなあ」
オレ達は祭壇に祈りを捧げて、無事に帰って来れたことを感謝したのだ。
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