09 髪を切ってスッキリ
「ユベール、お前って人間なの?」
改めて気になった事を聞いてみる。
「はっ?」
「いや、オレを抱えて走ったじゃないか、それにものすごく強かった」
男たちをあっという間に投げ飛ばしたし、人間離れした早さだった。
「ああ……」
ユベールは少し、しまったというように顔を横に向けたが、肩をすくめて話し出した。
「これは私の母が私に言ったことで、本当かどうかは知りませんが──」
そう前置きしてユベールは語った。
ユベールの母は貴族の生まれだった。しかし、付き合った男に裏切られ、複数の男に犯された。それを父親に知られ、家を追い出された。
母親は男を頼ったが、男は母親を娼館に売り払った。
すぐに身籠ったので、子供は誰の子か分からない。ユベールは6歳まで母親に育てられ、孤児院に捨てられた。
「母の相手というのが、獣人とか竜人とか魔族とか、その混血もいたようで、私がどういう人種なのかよく分からないのです。一応、牙も尻尾も角も生えないので、人間という事にしています」
何かもう聞くだけで胸が痛くなる話だ。思わずユベールに耳やら尻尾やら角やらが生えてないかチェックしてしまったが。
獣人に竜人に魔族がいるのか。この世界は本当にファンタジーな世界のようだ。
「分かった、今日の事は何も言わない」
そう言うとユベールは少し唇を歪めて頷いた。それで笑っているつもりだろうか。金茶色の髪、薄青い瞳、整ってはいるがどこかの館の蝋人形っぽい顔に、少し命が宿ったような錯覚を覚える。
ふと、魔族だったら聖魔法は嫌かもしれないと思った。この世界ではどうなのか知らないけれど。オレが売られたら、こいつはどうするんだろう。
ぼんやりとそんな事を思いながら、まだ部屋から出て行かない男を見ていた。
次の日からオレに話しかけてきた神官見習いのレスリーが、友人ローランという田舎領主の次男という奴を連れて来て、一緒に食事をしだした。
『懐こい』レスリーと違って、ローランという奴は田舎者で純朴そうな大柄な男だった。
弱いものが群れると標的が増えて生き残れる確率が上がるけれど、狭い集団の中だと、群れたらちょい強になって襲われにくくなる。かもしれない。
ローランは強そうだし、レスリーは口が立つ。オレは……、オレは何が出来るんだろう。魔法をもう少し頑張ろうか。
いつものように神に祈りを捧げて普通に食べる。
「うん、何だか食べられる」
ローランが言う。
「お前、食欲無かったもんな、良かった」
レスリーも嬉しそうだ。
「うん。エルヴェ、ありがとうな」
「ん? ああ」
何で礼を言われるのか分からない。まあ、食事は一番大事だからな。
「エルヴェ、お前髪を何とかしろよ」
レスリーが文句を付ける。そういや前髪が鬱陶しい。
「ハサミもナイフも持ってない」
「俺、髭剃りがある」
オレは思わずスルンとしている自分の顎に手を当てた。こっちに来てから髭を当たっていない、鏡もないし洗面所も無いから放っておいたが、もう少し身ぎれいにした方がいいだろうか。
「ローランは18歳か?」
レスリーが聞く。
「もう19歳になった」
ローランが胸を張った。髭はそんなに濃ゆくなくて、まばらな感じだ。
オレは15歳だからまだ生えないのか。こんな時に転生していたんだなと思い知らされる。中身の年齢と落差があり過ぎだが、この頃、精神年齢がだんだん退化している。エルヴェと同化しているのだろうか。
「勉強の前に切ってやる。僕の部屋に行こう」
レスリーは行動的だ。思い立ったらすぐ行動に移す、そんな感じだ。
レスリーの部屋は二つ隣の筋にあった。同じ石造りの部屋だが、荷物があるとこうも違うのかというような部屋だ。コートハンガー、クローゼットロッカー、本棚に、デスクスタンド。大きな鏡もあるし、部屋が狭く感じる。
「僕んち商売してて、僕は3男だし、ここに入れて良かった。ゆくゆくは田舎の教会で子供を教えて、のんびり働くつもりなんだ」
金持ち商人の息子か。なかなかいい考えだと思うけれど、すぐに行動に移すようなレスリーが、田舎でのんびり出来るだろうか。
「どんな感じがいい?」
鏡の前でレスリーが聞く。手慣れている感じだ。
「前髪は目の上ギリギリでシャギーを入れて、後ろは首でシャギーにして」
「シャギーって何?」
「毛先を削いで軽く見せるんだ」
剃刀を持って自分の髪でやってみせる。
「へー、なるほどー。エルヴェ、よくこんなの知ってるな」
「お前、きれいな髪なのにもったいないぞ」
純朴なローランは長い髪の方がいいのだろうか。チラと金茶色の髪、薄青い瞳の男の顔が浮かぶ。
「じゃあ後は少しだけ切ったんでいい」
「分かった」
レスリーはなかなか器用だった。自分から切ると言っただけはある。鏡で幾分ましになった自分を見ると少し嬉しい。
髪を切って散らかった部屋を掃除して『クリーン』できれいにして『浄化』をすると、部屋がキラキラときれいになった。
「ありがとエルヴェ」
「いやお礼を言うのは俺の方だよ。スッキリしたよ、ありがとう」
お礼に市場で買ったお菓子を分けたら喜んでいた。
まあここに居る奴の髪の長さは色々だから、前髪くらい短くしても文句は言われないだろう。
「お前、鏡無いだろう、2つあるからひとつやるわ」
「俺も櫛をやる」
「ありがとう」
菓子だけでこんなに貰っていいのか。
オレに出来るっていったら祈る事だけだし、彼らに『加護』がありますようにと祈っておこう。
教室に行くと白豚がオレの顔を二度見する。
「お前どうしたんだ」
「へ?」
「その髪型は誰がした?」
「レスリーが切ってくれたんだ。上手いだろう」
「ああ、見違えた」
「師匠、似合いますよ」
「先生、私も切ってもらおうかな」
取り巻きが言う。
あの男は何と言うだろう。
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