08 懐こいは正義
「エルヴェ様!」と呼びかけられた。
オレを押さえ付けていた男たちが、バタバタと張り倒され投げ飛ばされた。ユベールが駆け寄ってオレを立ちあがらせる。男たちはあっという間に姿を消した。
「ユベール、どうしたんだ」
聞くと呆れられた。
「あなたを探していたんですよ」
「神殿は死体はよくても、行方不明はいけないのか?」
そう言ったら「違います!」と怒られた。
「神官見習いが教えてくれました。帰りますよ」
ユベールは強引にオレを抱き上げると走った。早い。耳元を風がびゅうびゅうと通り過ぎていく。何でだ、人間業じゃあない。あっという間に神殿に着いた。
そのままエルヴェの私室に連れ帰ってユベールは言う。
「王都は危険です。司教様に叱られます」
「司教って?」
この神殿の一番上の身分の奴だが。
「エルヴェ様の叔父様ですよ」
もしかして、ここに来た日に声を掛けられた、あの着飾った男か。甥を見殺しにするような奴がオレの叔父か。
「何で叱られるんだ? 最初会った時、放置していたじゃないか。オレは死ぬとこだったぞ」
実際エルヴェは死んでしまった。
「今は事情が変わって、ちゃんと確認するようにと──」
「どういう事だ?」
ユベールを睨むと嫌々口を割った。
「売るとおっしゃっているのを聞きました」
「──!」
売るって何だよ。誰に売るんだよ。人を売るのかよ、簡単に。買う奴がいるのか。人身売買が普通にある世界なのか。
ああそうか、金になるから居なくなったら困るのか。
大体、見殺しの次が売るとか……、呆れ果てて開いた口が塞がらない。
もしかして、今日もひったくりだけで済んで良かったのか? あの後、襲い掛かって来た男たちが、人さらいとか強盗とかだったらどうなるんだ? 誰も助けようとも、警備兵を呼ぼうともしなかった。今頃になって体が震えて来る。
「ユベール、助けてくれてありがとう……」
すでに部屋を出かけていた男の背中に言った。ユベールは肩越しにチラリとオレを見ただけだった。叔父の為だとしても、助けてくれる存在があるだけでありがたいのか。たとえ後で売られるにしても──。
オレは確かに平和ボケしていたな。
2、3回深呼吸して、何食わぬ顔をして食堂に入る。間に合ったようだ。
パンとスープと果物を貰って、感謝の祈りを捧げた。
「エルヴェ、お前間に合ったの?」
いきなり誰だ、こいつは。オレと同じ神官見習いのようだが。そういえばこの前の清掃の時に話しかけてきた奴がいたな。
「うん、間に合って良かったよ」と、にっこり笑顔を作るとぱちぱちと瞬きをされた。
「お前が居ないの途中で気付いたけど、馬車が引き返さないもんな」
まあそうだろうな。オレとしてはユベールが迎えに来た方が驚いたが。
「お前の護衛が探してたから教えた」
こいつがユベールの言っていた神官見習いのようだ。
「ありがとな」
礼を言うと、そのままそいつは居座って気安く話しかける。
「お前の近くで食べると飯が美味いんだ。今度隣に座っていい?」
「そうか、別にいいぞ」
オレが簡単に頷くと嬉しそうに笑って、じゃあなと行ってしまった。
あいつ誰だっけ。エルヴェに親しい奴がいたっけ。
そう思うと『鑑定』を覚えました。と出て、名前とレベルが表示された。
名前 レスリー
種族 人間 男 16歳
職業 神官見習いLv16
スキル 聖魔法Lv16 ヒール キュア
生活魔法 クリーン ライト
特技 懐こい
レスリーっていうのか。特技が『懐こい』とかまんまだな。
最近になって分かったが、ユベールは目立つ男だ。顔もいいし姿勢もいい、そこらに居るだけで存在感がある。何であいつがオレの護衛なんだ?
確かにオレの護衛だったら、ただで便利使い出来るけれど。もしかして、あいつの能力を知らないのだろうか。
平民だとか生まれがどうとか言って、何を惜しむのか。
ハナコが帰って来たのは夜の祈りが終わった後だった。
ヨレヨレでボロボロになっていて、すっかりその存在を忘れていたオレは罪悪感で一杯になった。
思わず零れる涙もそのままに『ヒール』をかけると少しマシになる。
「ごめんなハナコ。助けてくれようとしたのに、置いて行って」
ハナコは伸び上がって、オレの涙を……、舐めているというか、吸い取っているように見える。こいつ、この前ユベールの血も吸収していたよな。
ええと、エサか、エサなのか?
涙を吸い取ってプルプルすると、すっかり元通りになった。
「オレの近くで食事をすると、ご飯が美味いらしい」
「何ですかそれは?」
ユベールは相変わらず素っ気ない。最近は生き辛いとも言わないで、オレの部屋に来ている。神殿も少しは『浄化』が出来ているのだろうか。
頑張ると生き辛い奴もいるから、ボチボチやっているが。
ここはぬるま湯のような所だな。
ユベールの言うように、食事と寝る場所の安全が保障されている。それはこの世界では当たり前ではないんだろう。今日は布袋だけで何とか済んだが。
外はとても危険なのだ。それでも出て行くけれど、覚悟が必要だな。
「お前一緒に食べてみる?」
オレは王都の広場で買った串焼き肉を出して、1本ユベールに渡した。
「どうしたんですか、これは?」
「孤児院で置いて行かれて、広場まで走って帰ったんだ。これは土産だ」
「置いて行かれたんですか?」
驚いた顔だ。まあオレもどうなるかと肝を冷やした。
「ああ、お前が迎えに来てくれて助かったし、間に合ったからな。これはお礼だから遠慮しなくていいぞ、まあ食えよ」
オレは肉にかぶりつく。鳥系の肉か、ホカホカの焼き立てで噛むと溢れる肉汁と旨味と歯ごたえのある肉が美味い。オレの【収納庫】は時間が経過しない設定だった。
机の上のハナコがじっと見ているような気がするので、串焼き肉を目の前に持って行ったが食べようとしない。
「いらないのか?」
縦に首を振るなよ。何で要らないんだ。分からない奴だな。
ユベールは呆れたようにオレたちを見ていたが、やがて肉にかぶりついた。
「美味いです」
そう言ってガツガツと食らう。あっという間に奴の胃袋に収まった。
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