10 神子の召喚


 夕方、部屋にやって来た男は「髪が短い」と唇をへの字にした。

「いいだろ、軽くなった」

 そう言って笑うと横を向いた。

「お顔が目立ちます」

「へ?」

「神官に目を付けられたらどうするんです? 部屋に連れ込まれて、手籠めにされたらどうするんです!」

 ユベールに上から睨まれて首を竦める。

「……、それは考えていなかった」

 そう言えばここは男ばかりだし、エルヴェは非力だし、あるのか?


「いいですか、決してひとりにならないで下さい。何かあったら大声で呼ぶように」

「わかった。それよりレスターに言って、この髪形を増やせばいいじゃん」

「は?」

「後ろから見れば見分けがつくもんか」

「そうでしょうか」

 ユベールはまだ不安な顔をしているが、オレにしたらそんな風に騒ぐこいつの方が面白い。ちょっとくすぐったいし。何だろう、この感情は。


【収納庫】からパンを出して「食べる?」とひとつ渡すと、ちょっと睨んでから受け取った。別に餌付けしている訳じゃないからな。

「そういや、ユベールって何歳?」

「私は19歳です」

 ローランと同じ歳か。思ったより若い? 髭は生えていないようだが。最近はユベールを椅子に座らせて、オレはベッドに座っている。上から睨まれるのやだし。



 白豚は一番先にシャギーにして貰ったようだ。

「似合うな」と言うと「あいつはいい腕をしている」と、レスリーを褒めた。

「実はここを出ることになった」

 早朝の水場で、白豚は声を潜めて言う。

「家業を継ぐことにしたんだ。継ぐのが嫌でここに逃げたんだけどな」

 ニヤリと笑う。

「達者でな」とオレの肩をポンポンと叩いた。

「お前の取り巻きは?」

「ああ、あいつらも家業を継ぐと言っていた。私は宿屋で、あいつらは鍛冶屋と薬屋だ」

「へえ、いい商売じゃあないか、頑張れよ。また会えたらいいな」

「そうだな」

 少し笑って去って行く。

 彼らの行く手に幸多からんことを、彼らに『加護』をと祈る。せっかく知り合ったのにとも思うが、ここに居るより帰った方がいいかもしれない。

 水辺でベターと水たまりのように広がっていたハナコが、ひょいと伸び上がってオレの肩に飛び乗った。




 それからしばらくして、シャギーがちょっと増えた食堂で食事をしていると、後ろの方で「神子」という声が聞こえた。

 ちらと後ろを見ると、隣に居たローランが言う。

「今日、王宮で神子の召喚があるんだ。俺の付いている神官様も行ったんだが、この前失敗したから何かと気を使ってな」


 神子って召喚するのか。じゃあオレはいったい何だろう。

「この前っていつ?」

 オレが死んだ日だろうか。

「もう3カ月になるなあ」

「そうか」

 こっちに来て1カ月半のオレは関係ないようだが。もうそんなになるんだな。ぬるま湯の威力ってすごい。このままだとここから抜け出せない。


 ステータスの【神子】を調べる。

《国に起こる災いを鎮め、国を安寧に導く存在。国にひとり》

 存在……か? 具体的に何かするっていうんじゃないのか?

《存在》と、ご丁寧に答えてくれた。


 この国で神子を召還するのなら、オレはこの国の神子じゃないんだろうか。

 しかし、失敗したと言わなかったか?

 失敗して死んだのか? いや、オレは事故で死んだ。

 訳が分からなくなった。時系列に並べてみよう。


 3カ月前、召喚を何らかの事情で失敗した。

 1か月半前、オレは死んだ。

 神子で召喚される予定のオレが死んでしまったので、こっちの世界にオレの魂を呼んで、死んだエルヴェの器に入れた。

 なのにまだ召喚しようとする。


 じゃあ、もう1回呼ぼうとしても失敗になるんじゃないか?

 誰か新たな人間が召喚されるのだろうか。それともオレが召喚されるのか?


 そもそも、何で神子を召喚するんだろう。

「なあ、何で神子を召喚するんだ?」

 国内で大きな災害があったなら耳に入ってくると思うが。

 戦争も国境の小競り合い程度だし、大きな疫病も流行っていないし、魔獣がぞろぞろ出たという話も聞かない。

 それなのに、それ以上の何を求めているのか。


「さあ、治安が悪いし、景気が悪いし、疫病も相変わらずだし、農業生産も、鉱山もぱっとしないし」

 それは神子ひとりでどうにか出来る問題じゃないと思うが。

 オレ、この国に居ても居なくてもいいような気がする。


 オレが神子だと鑑定では分からないらしいけど、この国に神子がいるのかいないのか、国の上層部の人間は分からないのか?

 召喚ではなくて、国内に神子が現れる事は無かったのか?

【収納庫】にたくさんアイテムを入れてくれた存在は、どう思っているんだろう。


 もし、オレが神子で召喚されていたら、どうだろう。多分王宮で保護されて、ぬくぬくと生きていたんだろうな。この国の有様とか知らずに、エルヴェとか、神殿の人々とか、ユベールとか知らずに──。

 それとも、軟禁されて飼い殺しとか……。

 いや、ここの奴らだったら神子に罪を着せて処刑──。


 だんだん思考が恐ろしい方に傾いて行く。


 何処に行っても《自由》なんだし、売られるのは嫌だし、することは同じか。

 やっぱり此処から逃げよう。

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