リセット人間
山埜 摩耶
リセット人間
ここ最近、とある童唄が密かに人気だった。
リセット人間 リセット人間 人助けが得意
彼の行く道 困っている人 見つけるの得意
リセット人間 いつも傍へと 寄り添うだけだ
だけども 人は 笑顔に戻る
だから リセット人間 これ以上 しない
そう鼻唄交じりに歌いながら、私を気にせず、子供が走り去っていった。
私は、人には見えない存在らしい。
目の前で手を振ってみても、声を出しても、触っていても、誰も見てはくれない。カメラにも、写真にも、書いた文字にも、何も写してはくれない。
ただ出来るのは、困っている人を助けるだけ。どうやら私はそういう存在らしい。
助け方は簡単だった。その人の傍に寄り添うだけだ。時折、肩や背中に手を触れるだけで人は笑顔に戻る。
ただ歩いていけば、いつも困っている人を見つけてしまう。私にはこういう巡り合わせが得意なのかもしれない。
いま目の前にいる男性も困っている顔をしているが、寄り添うと元気になった。
「今日の俺には幸運の女神様がいる」
「いいや、そんな大層な神様じゃないさ。天使様ぐらいが丁度いい」
私はそんな立派な存在じゃないさ。ただの見えない人間だ。
とにかく、これであの男性は困らなくなった。
次は少女が困っていた。
彼女は高い所が大好きらしい。高い建物の屋上で、足をぶらぶらさせて困った顔をしていた。
ほら危ないよ。落ちそうだけど、私が傍にいるから降りておいで。
そっと背中に手を添えたら、次第に元気になって降りてくれた。
ああ、よかった。危ないからもう辞めて欲しいな。
でも、彼女はまた同じことしそうだから、ちょっと心配だ。
歩いたら、また少女が同じところにいた。
今度はノートを握ったまま、足をぶらぶらしている。
困った顔だけど、悲しい顔だ。また隣に寄り添わないと。
そっと背中を擦って、落としそうなノートを持っている手を重ねる。
そしたら、悲しい顔からにっこりした。よかった、笑顔になった。
彼女は危ない所から離れて、階段を降りていく。いなくなった時、ノートを落としていた。
私は気になってしまった。彼女はどんなのを書くのだろうか。
文字なのかな、絵なのかな。何を書いているのか知りたかった。
ノートに手を触れて、パラパラめくる。
「何で助けるの? 助けた瞬間に暖かいのが伝わった。会いたい。どうやったら会えるの?」
ああ、私のことが見えなくても、彼女は知ろうとしたんだ。今まで私は見えない人だと思ってたけど、本当は違ったのかもしれない。
困って欲しくはないけど、また会ってみたいな。
今度は男性が焦っていた。
前はカードで遊んでいたのに、いまはボールで遊んでいる。
小さなボールが回っていた。少し見ると、彼の選んだ数字に入って欲しいらしい。
これを弄ると彼は喜ぶのかな。
ちょっと触れたらボールの動きが変わってしまった。ああ、残念。彼の選んだ数字じゃなかった。
でも彼は困っていない。また別の数字を選び出した。
「あまりハマるなよ、身を滅ぼしちまうぞ」
「大丈夫さ、俺には天使様がいるはずだ」
焦っていたのが嘘のように変わっていった。次へと次へと数字を選び続けている。
ともかく、彼は元気になったのだから良かったのかもしれない。
もう一度少女に会えてしまった。
同じところで足をぶらぶらして、新しいノートを持っている。
前とは違って、彼女は鼻唄を歌っていた。密かに人気な童歌だ。
でも、その歌声は悲しく感じる音色だった。
私も伝えたくて声を出していくけども、彼女には伝わらない。
なら、いつものように寄り添おう。隣に座って、背中を擦って、手を重ねていけば大丈夫だ。
ほら、笑顔になった。元気になった。またいつものように、ここから離れて家に帰るはず。
そしてそのまま、彼女は落ちて消えた。飛び降りてしまった。
ああ、なんで、なんでいなくなるの。
私は初めて悲しんだ。誰にも伝わらない叫び声を上げた。地面を叩きつけて、涙を流した。初めてのではない、湧き上がる感情が私を襲った。
そして強い息吹が空気を纏い、彼女の残したノートが捲れた。
「やっと会えた。そっちに行くね。一緒にいたい。話そうね。」
リセット人間 山埜 摩耶 @alpsmonburan
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