第2話 隊長と問題児とネズミ
ざわざわ、人の声がうるさい。
ジロジロ、人の視線が鬱陶しい。
ドスドスと足音を立てながら、いつも通り、階段で3階まで上がって左手の部屋……彼が所属する1番隊の部屋に向かう。
そして、扉のドアノブに手を伸ばしたところで、気がついた。
「今日から俺、9番隊だった……」
踵を返し、焦げ茶色の髪の男は9番隊の部屋に向かう。
昨日まで、一緒に1番隊で働いていた仲間たちとすれ違った。
「なんで、アイツがここにいるの……?」
「間違えて来たんじゃない」
「おい、悪口言うと殴られるぞ」
「ひぇ~、怖いね。いつの間に、あんなに気性が荒くなったんだか……」
男はチッと舌打ちをしつつ、人気が少ない道へ、9番隊の部屋に向かった。
「ここか……」
この辺りは人が寄り付かない場所なので静かだった。
窓から差し込む太陽光が辺りを照らし、不思議と寂しい雰囲気はなく、穏やかな空気が漂っていた。
扉には、9番隊と書かれた紙が取って付けたように貼り付けられている。
男が扉を開ければ、建付けが悪いのか、ギィと音がなった。
「失礼しまーす……」
部屋に入り、きょろきょろ辺りを見渡す。
「誰もいない……のか?」
もともと物置になっていた部屋なので、部屋は物だらけだった。
積まれた箱を倒さないようにしながら男は奥にひっそりと置かれた机に近づく。
ガタタッ!
突然、そばにあった箱の山が動く。
「な、なんだ!?」
ガンッ!
「いったぁ!わ、誰!?」
箱の山から姿を現したのは、赤髪の女だ。
「だ、誰って、今日から9番隊に配属された……フィデスだ」
焦げ茶色の髪の男がゴニョゴニョと名前を言えば、赤髪の女は納得のいった顔になる。
「あー、貴方が。はじめまして、ピスティです。9番隊の隊長です」
「……は?アンタが?」
フィデスはまじまじと目の前のピスティを見た。
小柄で、ボブカットの赤髪には埃が引っ付いていた。今まで仕事をする中で彼女を見かけたことがない。
すると、ピスティは左腕に巻き付く腕章を無言で見せてきた。
『9番隊 隊長』
確かにそう書かれていた。
「それじゃあ、片付けお願いします。完璧にやる必要はないです。ひとまず、人が行き来しやすいように片付けてもらえれば」
ピスティは淡々とそう言うと、フィデスにくるりと背を向けて、積み上がっている箱を移動させたり、開けて中身を確認し始めた。
(え……挨拶、これだけ?)
フィデスは、しばらく呆然と突っ立っていた。
だが、ハッとした。
(あぁ……きっと関わりたくないんだろうな。俺が1番隊から追い出された理由を知ってるだろうし。まぁ、このぐらいドライな方が、俺としてはありがたい)
フィデスも通路の邪魔になりそうな箱を移動し始めた。
片付けを始めて三十分ほどたった時だ。
フィデスが箱の中身を確認をしていると、カサッと音がした。
フィデスは音がした方に目をやる。
積まれた箱と中身が空っぽの植木鉢の隙間に、小さくて白いモノがいた。
フィデスは、すうっと息を吸うと……
ガシッ!!
素早く右手を隙間に突っ込み、白いなにかを掴んだ。
「ちゅーーーっ!?」
掴んだ瞬間、甲高い叫び声が部屋中に響き渡る。
「ネズミか……全く、この部屋はどれだけ放置されていたんだ」
フィデスは窓を開けて、手の中で暴れる白ネズミを逃がそうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!!そのネズミは、私の使い魔なんです!!!」
ピスティが血相を変えてフィデスの腕をつかむ。
「は?使い魔?」
「ぎゃあああ!マロ、大丈夫!?早く離してください!」
ピスティは、無理やり白ネズミを掴むフィデスの右手をこじ開ける。
「ちゅちゅっ!」
解放された白ネズミは、ピスティの右肩へとよじ登った。
よく見れば、白ネズミの首には、使い魔の証である細い金の首輪が付いていた。
「あー……すまん」
フィデスが謝れば、ピスティは「いいですよ」と言ってくれた。白ネズミは、「ぢゅぅう……」と低い声で鳴き、なんだかフィデスを睨んでいるように見えた。
「改めて紹介します。この子は私の使い魔のマロです。魅惑のもちもちマシュマロボディがチャームポイントです。好物はヒマワリの種。特技は魔力探知です」
ピスティは丁寧に使い魔のマロのことを紹介してくれる。だが、マロはフィデスと仲良くする気はないらしく、げっ歯類特有の出っ歯を見せて「また捕まえようとするなら噛むぞ」とアピールしていた。
こうして、ピスティ、フィデス、マロは出会い、この日は一日中片付けをすることになった。
翌日には、物であふれていた9番隊の部屋は綺麗に片付き、ピスティとフィデスは自分たちの椅子と机を確保出来た。
「はー……ようやく物に足を取られずにすむ」
ドサッと椅子に腰を下ろしたフィデスは、コーヒーを飲んで一息をついた。
少し日差しが強くなってきたので、ピスティはカーテンを閉めようと窓に近づく。そこで、足元に置かれていたあるものに気がつく。
少し埃の被った空っぽの植木鉢だ。
ピスティは植木鉢を持ち上げる。
「植木鉢……この部屋、日当たり悪くないしミニトマトでも育てようかな」
ゴフッ
フィデスはコーヒーを噴き出した。
「え……ミニトマト?この部屋で?」
「はい。この部屋で。ミニトマトは簡単ですよ」
さらりとピスティはそう言った。
ピスティと会って二日目。
フィデスは、もう二日目にして、このピスティという女がよくわからなくなっていた。
淡々としているかと思いきや、昨日の昼、ピスティは子供みたいにキラッキラの笑顔で、鼻歌を歌って食堂に向かう姿をフィデスは見た。
そして真面目かと思えば、部屋でミニトマトを育てるとか言い始める。
(よくわからない人だな……)
フィデスは溢したコーヒーを拭き取りつつ、ピスティの顔をチラリと見たが、わかることなど何一つなかった。
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