第3話 隊長に向いてない

9番隊に配属されて一週間が経つ。

あれからピスティとフィデスは、ひたすら書類整理をしていた。


コロンとフィデスの手からペンが転がる。

そこでハッと目が覚めた。

(しまった……うたた寝してた)

フィデスはゴシゴシと目をこする。

カーテン越しの柔らかな光が、目の前の大量の紙束を照らしていた。

ここ数日、ずっと机に向かって、長らく放置されていた書類を整理する作業をしている。

(さすがに飽きた……)

フィデスが前に所属していた1番隊では、ひたすら依頼を受けた魔獣を討伐していた。

毎日毎日、魔獣を追いかけ、剣を振り回し、魔法を放つ。

じっと座って黙々と作業するのは苦手……いや苦痛だった。

フィデスは小さくため息をつく。

何気なく目の前に座るピスティを見て、ぎょっとした。

「え、寝てる……」

完全に両目が閉じている。首がカクンカクンと揺れている。

起こした方がいいかな……とフィデスがそーっと手を伸ばした時。

ピスティの肩の上で、心地よさそうに目を閉じてまったりしていたマロがパチッと目を開く。

フィデスはびっくりして、思わず手を引っ込めた。

「ちゅ、ちゅちゅ〜!」

マロが鳴くとピスティは起きる。

「ふわぁ……どうしたの、マロ」

「ちゅ〜ちゅっ!」

マロの視線は9番隊の部屋の出入り口の扉に向いている。

「んー?誰か来るのかな」

ピスティがそう呟いた瞬間、コンコンとノックされ、扉が開く。

「あ、ご苦労さまです。8番隊隊長」

「お仕事、お疲れ様。ピスティ、ちょっといいかな?」

顔を出してきたのは、ピスティが前に所属していた8番隊の隊長だった。


「それで……どうだい、ピスティ。上手くやれてるかい?」

9番隊の部屋から少し離れた階段の踊り場で、8番隊隊長とピスティは会話をする。

「まぁ……とりあえず。彼も問題行動を起こさずに過ごしています」

ピスティの主な仕事は、フィデスが問題行動を起こさないように監視することである。

元々1番隊に所属していたフィデスは、とても優秀な魔獣狩りだった。

だが先月、任務中に仲間と揉め、討伐対象の魔獣を取り逃すという失態をした。

さらに、ここ最近は、仲間同士と喧嘩することも増えていたらしい。

そのため、フィデスを1番隊から離すことにし、今に至る……というわけだ。

ちなみに、任務中に何が原因でフィデスが仲間と揉めたかは、ピスティ……だけではなく、8番隊隊長もよくは知らない。

魔獣や地形の事前調査が主な8番隊は1番隊との関わりは薄いのだ。


「それで、要件ってのはコレだけですか?」

「あ、いやいや。フィデスときみの様子を見に来たのもあるけど、実は、頼みたい仕事があって」

「……頼みたい仕事、ですか」

「あぁ、14番倉庫の片付けをお願いしたいんだ。随分前に1番隊隊長から、余裕ができたら片付けて欲しいと頼まれたんだけど、その……忙しくてね」

8番隊隊長は少し眉を下げてそう言った。

「そうですか、わかりました」

「助かるよ、ピスティ!終わったら、1番隊隊長に報告してくれ」

8番隊隊長の帰りの足取りは、心なしか軽やかに見えた。


「は?14番倉庫の片付け?」

9番隊の部屋に戻るとすぐに、ピスティはフィデスに8番隊隊長から頼まれた倉庫の片付けの話をした。

眠気覚ましのため、コーヒーを飲んでいたフィデスは嫌そうな顔をする。

「この部屋を片付けて、書類の整理して、また片付け……」

フィデスはブツブツ文句を呟く。

「嫌ならいいよ。私、倉庫行ってくる」

ピスティがさらりとそう言うと、フィデスはゴフッとコーヒーを吹き出しかけた。

「え、隊長、今から行くの?てか、嫌ならいいって……」

「うん。私は今から行く。やる気ないなら来なくていいよ。めんどくさいし」

「めんどくさい?」

「そう。やる気ない人をやる気にさせるの、めんどくさい。だったら、自分でちゃちゃっとやる。その方が速い」

フィデスは、信じられないといった顔をした。

「アンタ……隊長向いてないな」

ピスティは、少し肩をすくめた。

「自分でもそう思う」

フィデスはため息をついた。

「なんで隊長なんかに……あぁ、もしかして出世のためか?一応『隊長』っていう肩書きが手に入るし、優秀な魔獣狩りの俺と一緒になれば出世できると思ったのか?」

フィデスの目は暗く、ギラギラしていた。

対してピスティは、きょとんとした顔だ。

「え?まさか。出世とか別に……。ただ、早く帰りたかっただけ」

ピスティがそう言うと、今度はフィデスがきょとんとした顔になった。

「……早く帰りたい?」

「そう。誰かが9番隊の隊長をやるって言わないと帰れなかったの。その日の我が家の夕食はミネストローネ。私の好物はトマト料理なの。早く帰ってミネストローネを食べたかったから隊長をやることにしたの」

フィデスは、唖然とした表情になっていた。

「……そんな理由で、隊長になったのか?」

フィデスの言い方にピスティは軽く眉をひそめる。

「そんなって……私にとっては超重要なんですけど」

ピスティは、くるりとフィデスに背を向けて扉に向かった。

「私、倉庫に行って片付けてくるから。行こう、マロ」

「ちゅー!」

ピスティはさっさと部屋を出て倉庫へと向かった。


「トマト料理が好物……。隊長の髪型がボブカットなのはトマトに似せるため?いや、そんなわけないか」

フィデスは、ついそんなことを思った。


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