2-5

「断る」

「がーん、っす!」


 十分後、校舎へと戻った屋代たちを待っていたのはレイアの容赦ない一言だった。体をのけぞらせるほどに衝撃を受けた絡亜に、屋代はさもあらんと呆れた目を向けた。

 事前に調べていたのか一直線に教室に飛び込んだ絡亜が、訝しむレイアを強引に連れ出した結果がこれである。


「なんで、どうしてっすかっ?」

「何故も何も、私に引き受ける理由はない」


 瞳の端に涙を浮かべんばかりの悲痛な表情。演技ではない、見る者の同情を誘うその絡亜の泣き顔に、けれどレイアはにべもなかった。鬱陶しげに眉間に皺を作り、話は終わりだと踵を返そうとする。

 そこに縋りつく絡亜。


「ちょっと話を聞いてほしいっす。一緒について来てくれるだけでいいんす。ホントちょーっと、知識を貸してほしいだけっす。なんなら島に行く3日間、こっちの人を自由にこき使ってオーケーっす!」

「おい」


 力を尽くすとは言ったが、何も好き勝手に使っていいなどと言った覚えはない。

 身を売られかけた屋代はジト目になって絡亜を睨んだ。


「………私には関係ない」


 屋代に視線を合わせたレイアだったが、僅かな沈黙ののちに首を振った。そうして教室に戻ろうとする足を再び止めんとする絡亜。先の光景の逆戻しである。

 まるでどこかの寸劇のような光景だが、やっている当人は全部が全部本気だ。腰にしがみついて同行してくれと頼む絡亜は、周囲の生徒など目に入っていないようだ。臆面もなく喚くその姿は我儘を叫び散らす子供そのもの。おかげでレイアは辟易とした顔を止められない。それでも力づくで振り解かないわずかに残っている優しさゆえだろう。


「ぐ、こいつ、意外と力が――、おい、見てないで引きはがすのを手伝え」


 違ったようだ。かなり力を込めているのだろう、顔を赤くしたレイアが奮闘するも、ピクリとも動かないようだ。それどころか、離されまいとさらに大声をあげて泣きつく絡亜に、レイアの頬が引きつりつつあるよう見えた。普段から重い物を持ち、祭具を打ち鍛えているのだ、こと腕力に関して舞や歌を習熟する神職より上のようだ。それでもどうにか離れようとするレイアは、絡亜の声に引き寄せられるよう周囲から無数の視線が飛んでくるのを感じ取ったのだろう、苛立つよう唇を噛み締めた。


「止めとけって。これ以上は逆効果だ」

「なんすか!? 手伝ってくれるって言ったのは噓だったんすか?」

「いや、そういうことじゃないが……ほら、一度深呼吸しろ。それからアルクセイさんを話してやれ。彼女、顔色が悪くなってるぞ」


 屋代に言われるまで気づいていなかったのか、惚けた声を漏らした絡亜がレイアの顔を見上げた。腰を思い切り捕まれ、初めのうちこそ余裕そうにしていたレイアの顔から脂汗がにじんでいる。明らかに苦しむその反応に、絡亜が慌てて飛びのいた。

 が、しゃがんでいた体勢からの無理な動きに重心が追いつかず後ろに倒れこむ形となる。


「のうっ」「――、っはあ」


 がこん、と小気味よい音が絡亜の頭部から響くのと、レイアが安堵したのはほぼ同時だった。

 悶えることはなく、けれど打ち付けた後頭部を手で撫でながら立ち上る絡亜に屋代は苦笑した。


「なあ、そもそも、どうしてアルクセイさんなんだ? 危険な場所に行くからには護衛がいたほうが安全だろうが、他の生徒じゃダメか?」


 太眉さんと言われて首を傾げていた屋代は、レイアを指名していることに訝しむ。

 レイアは、本人が言ったように絡亜を手伝う義理はないし、義務すらない。学校愛の強い生徒であれば、あるいは引き受けてくれるかもしれないが、留学生である彼女にそれを望むのはあまりに図々しい。暴神と戦ったことのあるレイアなら戦力という意味で頼りになりすぎるが、多少技量は落ちても積極的な生徒に、何なら征徒などに頼めばいい。きっと、快く受けてくれるはずだ。

 そんな屋代の提案だったが、絡亜は迷いことなく拒んだ。


「戦力的な意味で誘ってるわけじゃないっす。むしろ、発掘作業のために頼んでるんすよ」

「発掘のため? それこそなんでだ?」


 乱れた服を適当な仕草で治すレイアを眺めながら、絡亜は答えた。


「さっき島でとれる鉱石が輸入品だって言ったすっよね? あれ、太眉さんの出身国から取り寄せてるものなんす。司祭だった太眉さんなら本物を見たことがあるんじゃないかと思ったんすよ」


 そんな繋がりがあったのかと目を丸くした屋代であったが、絡亜の台詞に違和感を覚えた。それがいったい何なのか、数瞬沈黙を挟んでその正体を突き止めた。


「本物を見たことがあるって……まるで絡亜さんは見たことがないような言い方だな?」

「そうっす。図鑑や資料なんかで見たことはあるっすけど、実物を見たことは一度もないっす。だからこそ、確実に鉱物を見分けるために一緒に来てほしいんす」


 そこまで希少な鉱物なのかと、内心驚愕する。市場にさえ出回ることが少ないという話だったが、祭具職人を目指す絡亜でさえ目にしたことがないというのは、相当数が少ないのだろう。それを確実に見つけ出すために、産出国が故郷であるレイアを呼び込むと。

 黙って話を聞いていたレイアも理由を把握したのか、いささか憮然としながらも納得したと腰に手を当てた。


「話は理解した。確かに、そちらの言う鉱石は私も知っているし……実物を見たこともある」

「本当っすか!? それじゃあ、あーしと一緒に来てほしいっす!」

「だが、だからと言って同行する理由はない。悪いが他をあたってくれ」


 レイアが必要なのは屋代側の理由。彼女がそれを受ける理屈はない。がっくりと肩を落とした絡亜に気の毒な視線を向ける。


「………ところで、さきほどから気になっているのだが。成実はなぜここにいる?」

「ん? 詳しい理由は省くけど、俺も一緒にいくんだ、その鉱山に」


 レイアが眉を動かした。

 それがどうかしたのかと、屋代が首を傾げるが、レイアは口を閉じて沈黙。そうして何を思ったのか絡亜に目を移した。


「…………………気が変わった。その話、受けても構わない」

「本当っすか!?」


 項垂れていた絡亜はその言葉に、がばっ、と音が聞えてきそうな勢いで顔を跳ね上げた。


「ああ、ただし条件を付けさせてもらう」

「いいっすよ、どんとこいっす!」


 まだどんな条件かも口にしない段階で受け入れ体勢万全の絡亜。ダメだと断られてから一転した反動だからだろう、どんな無茶でも応えて見せようという気概に溢れている。その気持ちは分からなくもない屋代は、突然の心変わりに驚きつつレイアの台詞を待った。

 大きな胸の下で腕を組み、己の特徴を無意識で強調しながらレイアは言う。


「条件は成実。お前が対象だ。私をファナディア・ソーサーと合わさせてほしい」

「ソーサーさんと? 会わせろって言われてもな……俺はともかく、ソーサーさんの予定もあるし……」


 誰っすかそれ、と身構えていた絡亜が気を抜いた横で、屋代は難しい顔になった。

 どうしてここでファナディアの名前が出るのか。以前、知り合いのような雰囲気を出していたが、二人の関係性を把握していない屋代は即決できない。伺うようにレイアを見やれば、鋭くした瞳と視線が重なった。


「この条件以外で話は受けないぞ」

「……それは、会って話すってことか?」


 確認の意味を込めた屋代の問いかけに、レイアは深く頷いた。


「………一応、本人に確認してみる」


 本人は嫌がっているが、英雄と呼ばれるほどの存在だ、害意を持って行動するとは考えずらい。万が一、襲撃するために会わせろと言っていたのだとしても、ファナディアであればむしろ返り討ちにできるだろう。なので、屋代としては会わせること自体それほど否定的ではなかった……決して、話を受けるっすと、呪いのようにしがみつく絡亜に負けたからではない。


「出ないな…………、悪い、確認は必ずしておく。だから、返事は今度でいいか?」

 

 教えてもらった番号を呼び出すも、応答はなかった。いつまでも続く携帯端末の呼び出し音に屋代は顔を渋くした。


「構わない。だが、会えなかった場合は同行するつもりはない。しっかりと了解を得てほしい」

「………分かった。なるべく言っておく」


 出来ればその執着の理由も知りたいところだったが、頑なな態度のレイアはそれ以上の言葉を紡ごうとしなかった。


「なら、それまでは一応協力してくれるってことでいいっすよね!?」

 

 両手を天に突き上げ、喜びを表すさまは傍目からも勝利を確信した者の動きに見える。それほどまでにレイアの協力は不可欠だったのか。やはり、資料などで見ているだけの者よりも、実際に目にした人が必要なのかと納得していると、ふと、屋代の脳裏に少女の存在がよぎった。


「それじゃあさっそく、島に行く準備をするっすよ。採掘に必要な道具はあーしが全部揃えるっす。お二人には宿泊準備と、あと、あーしから渡しておきたいものが」

「待ってくれ、絡亜さん」


 すでにこれからの予定で頭を一杯にした絡亜を途中で遮る。


「同行者の人数制限とかってあるのか?」

「? 人の数に制限はないっす。島でとれた鉱物の持ち出しに重量制限があるくらいっすね……もしかして、ほかにも助っ人の心当たりでもあるっすか?」

「ああ、名門の出だから、その鉱物も実際に見たことがあるかもしれない。そいつにも頼んでいいか?」

「大歓迎っすよ! 可能性は1パーセントでもあげておきたいっすから」


 島に行って、何も採れませんでしたでは話にならない。そう語る絡亜に、屋代は頷いて携帯端末を操作し始める。受けてくれるかどうか、はっきり言えば自信はない。呼び出そうとしている少女にも、レイアと同様、同行する理由がないからだ。しかし、己の進退が懸かっている手前、確率は上げておきたかった。

 断られませんようにと、内心祈りながら、聞こえてくる応答の声に喉を震わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る