エピローグ

「………屋代、どうして来たのです。危うく死んでしまうところだったのです」


 どこか咎めるような白穂神の声。屋代の身を案じるからこその言葉に、自然と頬が緩んだ。


「当たり前でしょう。俺が白穂神を助けない理由がない」

「まったく。私のことなんか放っておけばいいのです。屋代が命を落とすことの方がよほど恐ろしいです」


 白穂神がため息を吐く。その姿を眺めながら、


「……白穂神に訊きたいことがあるんだ。今まで俺は、神々の中で確たる居場所を作ることが白穂神の幸せにつながると考えてました。けど、それは俺の勝手な思い込みだと気づかされたんです……勘違いしたまま白穂神様を失いたくなかった。もしできることなら何でもしてあげたい。だから、俺に教えてもらえませんか? 本当に望んでいることを」


 言葉に偽りはない。屋代にできることであれば何でもする覚悟はあった。これまで思い違いをしていた分も含めて、白穂神の望みを叶えと拳を握る。


「………………はぁ」

「白穂神様?」


 穏やかだった白穂神の目がじとり、としたものに変わる


「何ですかそれは……私の望み? そんなもの、とっくに叶っているのです」

「あの、白穂神。何か怒っていませんか?」

「ふん、ええ、ええ。そうです、今ちょっぴり怒り気味なのです。まさかそんなことを考えていたなんて思ってなかったのです。しかもそれを聞くために命を賭けるなんて。まったくもって反省するです」

「その、すみません……」


 だが、この機会を作るためには命を賭す必要があった。結果良ければ、というつもりはないが、もしも同じことがあればやはり白穂神のために走っただろう。


「いえ、はっきり伝えなかった私も悪かったのです。隠しているつもりはなかったですが……」


 屋代から視線を逸らし、白穂神は瞳を彷徨わせた。

「屋代の言う通り、確かに私は居場所を欲してたです」


「やっぱり……」

「当たり前です。皆から腫れもの扱いされてどこにも行き場がなくて……神様だって寂しくなるに決まってるのです」


 唇を尖らせて、すねた表情を見せる白穂神は、見た目相応の子供の用だった。


「ですが、あの日から変わったです」


 そっと、屋代の頬を撫でた時には子供の顔ではなくなった。天から見下ろす神の威厳でもなく、傍に寄り添い見守ることを第一とする母の顔がそこにあった。


「屋代。貴方と一緒に暮らし始めてから、私の願いは叶ったようなものだったのです」


 そこまで言われて、ようやく屋代も自分の愚かさに気づいた。瞼を強く閉じて、大きく息を吐き出す。


「そうか……そうだったのか……」

「はい。私は貴方と家族になりたかった。偶然出会っただけですが、それでもあの日、私は私を手に入れたのです。屋代はよく救われた、なんて言ってくれるですが、それは私の台詞なのです」


 慈愛に満ちた目は、けれどそっと伏せられる。


「屋代は気づいてないかもですが、私は意外と浅ましい神です。あの日、もしも屋代と出会わなければ別の子を引き取っていたかもしれないのです。私は、私の寂しさを紛らわせるために屋代を養子にした。最低な神様なのです」


 そうだったのか。見ず知らずの子供を、ただ神だからという心情だけで引き取っていなかったことに、むしろ納得した。白穂神にしてみれば、まるで愛玩動物のごとく扱ってしまっていることに負い目があるのかもしれない。しかし、それだけで終わっていないからこそ、今があった。


「白穂神、家族って何だろう」


 ふと口をついて出た言葉は、考えたものではなかった。


「俺には生んだ人がいても、家族がいなかった。だから普通の、とか一般的って言われるような家族の形を知らないんだ。だから白穂神がどういう理由で育ててくれたのか、正直あんまり興味はなかった。むしろ、俺がいたことで白穂神の助けになれてたなら、良かったと思っているくらいだ」


 だが、屋代が可笑しな思い違いをした結果、白穂神を蔑ろにしてしまっていた。だから必要なのは。


「話し合おう。いつでも、いつまでも。お互い腹を割って。もちろん秘密があってもいいけど……それも含めて家族になるために」


 屋代がするべきだったのは、白穂神の居場所を外に求めるのではなく内に作る努力だった。一方的な享受、庇護の対象、自分勝手な思い込みによる生活ではない。心行くまで話し合い、どういう形に成りたいのかを知っていくことだ。


「屋代……」

「だからさ、えぇと」


 口ごもり、照れながら。

 屋代は手を差し出した。


「改めて、家族になろう――義母さん」

「――――はい。これからもよろしくです」


 握り返された手は、柔らかかった。

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