2-7

「やしろぉぉぉぉぉおおお!」

「…………おぅ」


 部屋に入った屋代を出迎えたのは、顔をくしゃくしゃにした白穂神であった。


「やしろやしろやしろっ。大丈夫ですか五体は無事ですか!? 病気怪我擦り傷切り傷そのほかもろもろ体は健康体ですかっ?」

「お、落ち着いてくれ白穂神様。俺なら大丈夫だから」


 今にも涙を流さんばかりの悲鳴が上がる。いつかの日のように手足を振り乱して触れてくる白穂神に押されて軽くのけ反ってしまう。


「怪我は大したことない。そんなに心配する必要なんてないですから」

「って、やっぱり怪我してるんですっ?! ああ、よく見たらあちこち包帯巻いてる! す、すぐに医者を、いえ医療の神をここに呼び出して――」

「いやだから、そんなに大きな怪我じゃありませんて」


 屋代の服の下から覗く包帯を確認した白穂神はさらに大慌てし、どうにかなだめようとする屋代の顔色を見ては若干青白い気がするとまた騒ぎ出す。目まぐるしく表情を変える様は冷静かつ公平の神ではなく、身内を心配するただの人のようであった。

 屋代に続き部屋に入ってきた征徒たちは、神らしからぬ動揺をあらわにする白穂神を見て――しかし、驚くほど平静であった。


「お待たせいたしました、白穂神。お達しの通り、成実以下2名、並びに彼を助けたという少女、ファナディア・ソーサーをお連れしました」


 最後に扉を閉めて入ってきた白石は、襟を正し頭を下げるという簡素な礼を示した。征徒、波嬢とそのあとに続き、そうして残りの一人となったファナディアはぽかんと口を開けた。


「……神様?」

「う、うぅぅ。まさかこんな事になるなんて。やっぱり神職みたいな危ないお仕事はやめて別の道を探したほうが……って、はい?」


 首をかじりつかんばかりに屋代の周囲を歩き回っていた白穂神は、そこでようやく部屋の中にいる者たちに気づいた。まるで猫のように体を硬直させて一時停止すると、ささっと定位置である一段上に作られた校長机に腰かけた。


「よ、よくきました。顔をあげていいのです」

「はっ」


 ようやく解放された屋代が、怒涛の勢いで浴びせられた言葉によっておぼつかなくなった足で白石の後ろに回る。


「立って話すのもなんです。まずは座ってください」


 白穂神に促され、校長室に常備されている革張りの、いかにも高級品だと主張しているソファに腰をおろした。飾りつけの一切ない部屋は見る者に寂しい感慨を抱かせ、ここが温かみのある場所ではなく完全な仕事場であることを暗に伝えてくる。しかし同時に、部屋の使用者ゆえか揃えている道具の数々は、その色艶から見ても高級な物ばかり。おそらく値段を聞けばそれだけで屋代の目玉は飛び出すことだろう。


「疲れているところ来てもらって申し訳ないのです。特にファナディア・ソーサーさん、ほとんど関係のない貴女に無理を言ってしまったのです。あまり時間を取らせるつもりはないので、もう少し私たちに付き合ってほしいのです」

「い、いえ、大丈夫です」


 まだ唖然とした様子から抜けきっていないファナディアに、屋代は仕方がないと胸の中で頷いた。彼女が驚いている理由は、この学校に入学したほとんどの生徒が受ける衝撃と同じものであることを理解していた。


「早速ですが、話を聞かせてほしいのです」

「かしこまりました。まずは」「あ、その前に、その言葉遣いはやめてほしいのです。いつも言ってるですが、畏まったものではなくもっといつも通りの話し方でいいのですよ」

「…………………あー、はい。それじゃあお言葉に甘えて」


 そうして経緯を話し出した白石の声を左から右へと聞き流す屋代は、驚愕の眼差しを辞めないファナディアに眉を寄せた。


「ソーサー、さん。あんまり見つめないでくれ」

「ごめんなさい。つい」


 短い付き合いだが、なぜだろう、屋代は今とても貴重な顔を見ている気がする。何度も瞬きを行い、どうにか顔の表情筋を緩ませたファナディアであったが、それでも疑問は残るのか屋代と白穂神との間で視線を往復させている。


「あの方は神様?」

「まあね。名は白穂神。俺が崇める神様だ」

「……神様が校長? それに、やけにあなたと距離が近しい気がする」


 やはりそこが気にかかるか。ほぼ間違いなく、初対面の人間であれば困惑するだろう点を突かれて屋代はため息を吐きたくなった。もう何度となく言ってきたことを今日も口にする虚しさと、自分への嘲りを込めて。


「それは俺が神様の養子だからだな」

「!? 養子? 神様が貴方を育てた?」


 絶句とはこのこと。しかし、ファナディアが驚くのも無理はない。神様が人の子を

 引き取って育てるなど初めて聞いたはずだ。屋代も自分以外にそんな人がいるとは思えなかった。


「で、白穂神様がどうして校長かって言えば、まあ、校長として働いているからとしか言えないな」

「――」


 屋代の説明にファナディアは声を失った。それほどまでに、屋代の発言が予想外だったのだろう。広義的に見れば、この世にいる神様は世界を管理するという仕事に従事していると言えなくもないが、そうではなく、これほど身近で、それも人が就く職業を行っている神がいるなど想像すらしなかったはずだ。こうして屋代が巻き込まれた神の悪戯について知ろうとするのも、校長としての義務の一環だ……さっきは暴走していたが。


「………」


 目まぐるしく顔色を変えていた先ほどと違い、真剣な顔つきで白石の話を聞いている白穂神を一瞥して、屋代は複雑な思いを抱く。

 曲がりなりにも神である白穂神が校長という職に就いた経緯は、言ってしまえば屋代が原因だ。記憶もなく各地を放浪としていた白穂神だったが、屋代を引き取るにあたり衣食住が必要になったのだ。神一柱だけであれば、特別な役割もないため、そこかしこにある神社にやっかいになるなり適当に過ごせるが、生身の屋代はそうもいかなかった。生活拠点がどうしても必要で、生きていくために食事もいる。学校の、それも神職を育てる学校の校長になった経緯までは知らないが、白穂神が職に就いたのはそういう理由からだ。

 そうしてそれは、屋代にとってありがたいことであると同時、返すべき恩が加速度的に増えていることも意味していた。ただでさえ返しきれないものが積み重なっていく現実に心が疲弊する。

 それでも止まる気はないが。


「……白穂神様の権能は何? お金が必要なら、権能を使って稼ぐことも出来るはず」

「知らない。白穂神様は記憶障害なんだ。自身が何を司っていたのか、元はどこにいたのかさえ判然としないんだ」

「うそぉ……」


 思わず、といった様子でファナディアが声を漏らした。

 人を養子に。自身も職に就き。そうして極めつけに自分がどんな神様だったのかも忘れてしまった。何もかもが異例ずくし。それが白穂神という神なのだ。

 ファナディアは、悪い意味で浮いた存在の白穂神に目を向けて、その頭の上からつま先までをつぶさに観察しだした。幼い少女の姿をした白穂神の外見から得られる情報はほとんどない。むしろ白穂神に見覚えがあるのなら、屋代のほうが教えてほしい位だったが、もどかし気に首を傾けたファナディアからはそれも期待できないだろう。


「…………なるほど。話は分かったのです」


 白石から事の経緯を聞き終えた白穂神がゆっくりと頷いた。ファナディアとの会話に集中するあまり気づいていなかった屋代は慌てて姿勢を正した、


「大変な事態だったのですね…ご苦労様でした白石先生」

「あーいや、私は何にもしちゃいませんよ。全部終わった後に尻持っただけです」


 白穂神は気まずげに頬をかく白石から視線を移し、屋代たちをその視界に入れた。


「ファナディア・ソーサーさんには多大な感謝を。そして3人は………大きな怪我も

 なく帰ってきてくれて本当によかったです」


 大きな怪我、と口にした瞬間屋代への視線が強まった気がした。この場で唯一治療を受けている屋代はその居心地の悪さに体を揺らした。


「申し訳ありませんでした。僕らが勝手な判断を下し行動したために多くの方々にご迷惑をおかけすることになってしまいました。いかような罰も受けるつもりです」


 真っ先に頭を下げたのは征徒だった。その言葉通り自責の念を覚えているようで、辛そうに顔を歪めている。

 それを見た白穂神が何かを言おうとする前に、屋代が身を乗り出した。


「いや、東雲は俺たちを止めようとしてたんだ。それを強引に駆り出したのは俺だ。罰なら俺が受ける」


 正直なところ、納得はしていない。人を助けるため眷族を相手にしたことに後悔はなく、あの場ではむしろああするべきだったと考えているが、それとは別に祈相術を使わせてしまった事への懸念もあった。組合からは説教だけで済んだが、屋代の養親とはいえ校長からの罰が下されるのならば、それは屋代が受けるべきものだ。

 そうして口を挟んだ屋代に追従するように波嬢も手を挙げた。


「そうね。足手まといだったけど、こいつらを巻き込んだのはアタシの責任だものね。いいわ、罰でもなんでも受けるわ」

「……うーん、この、なんていうか……うーん……青い」


 屋代たちの言葉に何故か微妙な顔になった白石を横目に、白穂神からの沙汰を待つ。黙っていた白穂神が、やがて考えをまとめたのかゆっくりとした動作で唇を動かした。

 その端に苦笑を浮かべて。


「三人を責めるつもりも、まして罰を与える気も私にはないです。強いて上げるなら、組合から言われた通り立ち向かうのではなく逃げることを優先すべきでしたが、それとて後から話を聞いた者の言葉。実際にその場に居合わせた皆さんが危機だと判断したのなら、それは正しいことだったのでしょう」


 ほっと、安堵する屋代たちを眺めた白穂神は瞳を瞬かせた。


「ただ、皆さんには今更だと思うのですが、祈相術は使い方を誤れば容易に人を傷つける武器となります。今回はそれが良い方向に作用したからこその結果です。資格の有無にかかわらず、その使用は常に人命に関わるものとして細心の注意を払ってください……っと、なんだか説教臭くなってしまったのです」


 そこで言葉を区切り、一呼吸。


「とはいえ、事実として皆さんのおかげで助かった命があったのです。そのことは誇ってもいいと思うです」


 見た目が幼いといってもやはり神なのか。彼女の台詞を拒絶感なく受け入れた屋代は素直に頷いていた。


「……お聞きしていいでしょうか? 校長先生」

「はい、何でしょうか波嬢さん」

「ここに来るまでに白石先生から眷族の主が分かっていないと聞かされました。生み出したのがいかな神様であるか、何かわかったことはありませんか?」

「………それを聞いてどうするのです?」


 僅かに目を細めた白穂様に見つめられ、波嬢は勘違いしないでほしいと首を振る。


「知ったからって何をするつもりもありません。ただ、これでもかなり多くの神様を知っているつもりですけど、泥の眷族と言われても思い当たる存在が居なかったので。少し、気になっただけです」

「そうなのか? 地に関する神様とか結構いそうなもんだけど」


 思い付きで口を挟む屋代。


「水に関わる神様も考えられるわ。けど、神の悪戯にしては時期が外れているし、そもそも人を襲う理由が分からないのよ。そこが変に引っかかるのよね」


 水の神、という波嬢の台詞に、屋代の頭の中でつい最近対面したばかりの浄環ノ神の姿を浮かんだ。考えてみると、眷族のとっていた姿かたちも似ている気がする。しかし、人を襲う理由が分からない。仮に浄環ノ神が眷族を暴れされた犯神だったとして、ガス抜きならぬ神の悪戯を仕掛けるなら、むしろ屋代たちを標的にするのが順当のように思えた。無差別に街で暴れる意図も不明だ。


「波嬢さん、僕らはもうこの件に関わる必要はないんじゃないか? あとは神職たちに任せよう」


 波嬢の質問は学生の身分を超えているのではないか。そうたしなめる征徒に、波嬢が鼻を鳴らした。


「首は突っ込まないわよ。けど、少なくとも危ない真似をなさった神様くらいは知っておくべきでしょ。これからも神様と関わっていくんだから、どの神様がどんな考えをお持ちになっているのか知っておくのは悪くないでしょ?」

「それは……いや、やはり聞くべきじゃない。好奇心で神様を知ろうだなんて不敬すぎる」

「はん、将来仕えるかもしれない相手のことを知らないほうが不敬じゃない?」

「おーいお前ら、その神様の前だぞー?」

「「あ」」


 白石に指摘され、ねめつけあっていた二人が白穂神を振り返る。


「…………ニコ」


 怒るわけでもなく、どころか何故か微笑まし気に自分たちを見ている白穂神に気づき、征徒と波嬢はそそくさと席に座り直した。


「いがみ合うならせめて時と場所を選べよなぁ」

「……すみません」「そんなつもりじゃなかったわよ」


 白石の嘆息に、二人の反論が空しく響く。


「ふむふむ。仲良きことは良いことです――波嬢さん。残念ですが私が知っていることは何もありません。組合からの情報だけでなく、私個人として知っていることも、です。なので眷族を暴れされた神については不明のままなのです」

「……承知しました。ありがとうございます」


 それが嘘なのか本当なのか判断はつかない。しかし、神からの返答を前に、問いを重ねるほど波嬢も愚かではなかった。瞼を閉じた波嬢に変わって、征徒が白穂神に目を向けた。


「もう一つ質問をお許しください、校長先生。実習は継続されますか?」

「あ」


 征徒の疑問に真っ先に声を上げたのは屋代であった。


「そうだよ実習! どうなるんだっ、まさか中止じゃないよな!?」

「や、屋代。落ち着いて」


 思わず詰め寄った屋代は、抑えようと肩を叩く征徒を無視して考え込む。

 指摘されるまで全く気付かなかったが、確かにあれほどの事態が起きたのだ。今日だけで済むのであればまだ継続される可能性もあるが、神の悪戯が明日以降も続くのなら話が変わってくる。浄環ノ神の巫女たちが駆り出され、屋代たちにかまっている暇が無くなれば、実習が中止になるかもしれない。そうなると単位が、進級が――。

 自らの進退が瀬戸際であることを自覚した屋代が一瞬で青ざめた。


「……まだ確定したことは言えないですが、おそらく実習は継続されるのです」

「ほ、本当ですか……?」


 続けられなかったらもう一回一年生ですが、と屋代の恐恐とした表情に、白穂神は何とも言えない複雑な顔で頷いた。


「これから向こうと協議するつもりなので絶対とは言い切れないです。ですが、どういう形にせよ実習は継続されると考えるです」

「……あー、なるほど」 


 口を曲げて不本意そうに話す白穂神に、思い当たるふしがあった白石は納得だと息を吐いた。その二者の反応の原因は分からないが、とかく中止されることがないのはありがたかった。


「他に何か気になることはないです? 今ならある程度は聞くですが…」


 話を振られた屋代たちであったが、お互いの顔を見合わせてこれ以上の疑問がないことを確認しあう。誰からも声が上がらない数秒が過ぎると、白穂神は少女に水を向けた。


「ファナディア・ソーサーさん」

「……あ、はい」


 屋代たちの空気に一人取り残されていたファナディアは、名を呼ばれて数瞬後に反応した。その落ちかけていた瞼に白穂神の眉を下がる。


「呼び出しておきながら放っておいて、申し訳ないです」

「いえ、お気になさらず」


 そう言って首を横に振るファナディアであったが、半分眠りこけていた事実を前にしては否定も意味をなさない。


「先にも伝えましたが、もう一度感謝を述べさせてほしいのです。この学校の大事な生徒を。私の大切な子を助けていただいて、本当にありがとうです」

「……はい。どういたしまして」


 座ったままとはいえ、それでも神様に頭を下げられるという経験はなかったのだろう。

 真摯につむじを見せる白穂神に対し、ファナディアは驚愕と困惑を絶妙に混ぜた目を泳がせる。


「来てもらったのは校長としてお礼を伝えたかったからです。そしてもう一つ、何か要望があればそれを叶えさせてほしいと考えたからです」

「要望、ですか?」

「はい。なんでも、とは言えませんが、私に叶えられる願いがあれば、ぜひとも」


 白穂神の提案に、ファナディアはしばし沈黙した。思いもよらなかった言葉を飲み込んでいるのか。膨大な処理に時間を要している機械のごとく一時停止している。

 その固まり様に、屋代は言葉を重ねた。


「俺からも改めて礼を言わせてくれ。あの時は本当に助かった。死なずに済んだのはソーサーさんのおかげだ。俺にできることがあれば言ってくれ」


 白穂神様に頭を下げさせてしまった。その不甲斐なさは筆舌に尽くしがたいものがあったが、その感情はすべて己に向けてのものだ。命を救われた感謝を忘れることはない。

 本心からの言葉を出した屋代に、ファナディアは口ごもった。


「あの、大したことは何もしてないから、気にしないで……」

「いやっ、そうはいかない。命を助けられたんだ、相応に返したい!……まあ、無理にとは言わないが」


 願いの押し付けは望むところではない。しかし、もし何か返せるものがあれば叶えておきたかった。ファナディアにしてみれば、ただ踏み潰されかけていた屋代を助けただけで、これほど感謝されるとは思っていなかったのだろうが、本来なら死んでいた、良くても二度と歩けない体になっていただろう事態を避けられたのだ、感謝してもしきれない。


「う……」


 引く様子のない屋代の眼差しに押されるよう、ファナディアは上半身をのけぞらせた。そのまま部屋の中に視線を彷徨わせて、こちらを興味深げに観察している他の三人を順に眺める。悔やむ表情の征徒、つまらなそうな波嬢、面倒臭そうにしている白石と、そこまで見て視線が止まる。


「あ、」

「何かあるです?」


 白穂神の問いかけにファナディアが首を縦に振った。


「え、っと。それじゃあ――街を案内してください」

「…………それだけ?」


 屋代が問いかけ直すが、ファナディアの返答は変わらなかった。


「そういえば、この国に来たのもちょっと前のことって言ってたな」


 車内で交わした会話を思い出し、屋代はなるほどと納得する。命を助けてくれた礼が、街の案内だけというのは釣り合っていないように思えるが、しかし当のファナディアがそれを望むというのなら屋代に否はない。

 白穂神も同じ意見なのか、さらなる要望を尋ねなかった。瞼を閉じ、再び開眼した時にはその目にやる気が満ちていた。


「分かったのです。ならば、この町を知り尽くす私自ら案内するです! 美味しいお店から隠れ名店、ちょっとさび付いてるけど実はまだ営業している甘味屋まであらゆるお店を紹介しようではないですか!」


 私に任せなさい、と薄い胸を張る白穂神。

 話を聞いていた白石が呟いた。


「白穂神が案内しちゃまずいんじゃないですかねぇ…」

「はっ」


 思わず硬直する白穂神。屋代も間の抜けた声を漏らす。

 助けてくれたお礼に神自ら案内する。なるほど美談であるが、事情を知らない人から見れば奇異どころか神を冒涜しているとして怒りかねない絵面だ。しかし、わざわざ事前に告知して案内しよう、などとすれば大掛かりなものになる。ファナディアの言い方からすると、もっと気軽に、それも今日明日くらいに案内してくれるとありがたい、という雰囲気だ。それほど時間をかけてまで街を案内していれば余計に迷惑をかけてしまう。なので、白穂神が案内人となるのは却下だ。

 そうなると、残る一人にお鉢が回ってくる。


「屋代……」

「分かってます。俺がしっかり案内しますよ。ソーサーさんも、それでいいか?」

「どちらでも構いません」


 特に拒否感もなく頷くファナディアに安堵の息を吐く。これで嫌だと言われた日には、案内人を見繕うところから始めなくてはならなかったと、胸を撫でおろした。

 さっそく行くかと腰を上げかけた屋代だったが、ふと窓から見える景色は赤やけに染まっていた。同時に気づいた白穂神は眉を寄せた後、提案する。


「今日はもう遅いですし、案内するのは明日でどうです? 幸い、明日は実習の中日。休日で人通りが多く案内するには少し不向きかもですが……」

「大丈夫、です」

「なら明日の朝。待ち合わせ場所は駅前ということに……白石先生、ファナディア・ソーサーさんを家まで届けてあげてほしいのです」

「ぅへい。了解です」


 半笑いだった白石の口角が下がった。が、神の言葉には基本逆らえないのでしぶしぶ了承する。


「話はこれで終わりです。征さん、波嬢さんも今日はこのまま帰宅して構わないです。明日一日じっくり体を休めて実習に備えてください―――屋代は帰りに食材を買ってください」

「承知しました」「はーい」

「何もここで言わなくても…、いえ、はい。買って帰ります」


 最後に余計な言葉を付け加えた白穂神の号令に、一同は頭を下げた。

 実習二日目、終了である。

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