2-3

「いらっしゃいませー、いらっしゃいませー」

 

 死んだ魚の目とはまさにこのこと。


「いらっしゃいませー、神様が特別に浄化した美味しい水ですよー」


 朝のやる気に満ちた顔は幻だった。覇気に満ちた瞳は暗く濁り、声色からは感情が消え、肩を落として呼び込むさまは傍目に見ても落ち込んでいることが伺える。


「美味しい水でーす。この値段でこの量はお買い得で―す。買ってくださーい」

「こらそこっ、もっと声を張り上げなさいよ! 聞いてるこっちまでやる気が無くなっちゃうでしょ」

「そう言われてもな……」


 少し離れたところで呼び込みをしていた波嬢の文句に、屋代は口をすぼめて息を吐いた。

 商店街、その中心部より少し離れた店舗。ちょうど昨日、神社に向かう途中で捕まっていた玩具屋からそう遠くない場所に屋代たちは来ていた。学校指定の簡易な作務衣ではなく、販売員にふさわしい整えられた服に着替え、その手には厳かな文字が印刷されたペットボトルを何本も抱えて、だ。

 自身の姿を見下ろして、まだ天高い太陽を見上げることしばし、屋代はぽつりと呟いた。


「俺たち何してんだっけ?」

「何を言ってるのさ。神水の販売に決まってる」


 即座に返ってきた答えに目を向けると、屋代と同じ格好で道行く人に声をかけていた征徒が振り向いた。

 日の光が和らいでいるとはいえ、きっちりと整えられた髪の毛と眼鏡を崩すこともなく制服を着こなす姿は販売員というよりどこかの執事を思わせる。そんな立ち居振る舞いが身についている征徒に対して、両目を暗い色に染めている屋代が纏う雰囲気はひどく重かった。


「販売っていってもなぁ」

「これも立派な実習のひとつさ」

「いや分かってる、分かってるんだが……」


 神職成分はどこよ?

 そんな台詞を口にする代わり、屋代はもう一度深い息を吐き出した。

 屋代たちが商店街の一角で商売を、しかも水を売っている理由は当然実習である。


「もっとこう、神職ってものは壮大な儀式をしたり、祭りの準備とかするものじゃないのか?」

「昨日藤芽さんがおっしゃっていただろう? 神職の仕事は幅広い。ほかの班は境内の掃除を担当しているんだし、僕たちもしっかりしないと」


 地味だ。ひたすら地味である。いや、確かに話には聞いていたし想像もした。神様の前で舞い踊るだけが仕事ではないと。しかし、水を売るなど想定外にもほどがある。


「そもそも、これは売っていいものか…?」


 屋代は幾分懐疑的な視線を手に落とした。お盆の上に並べられた、透明な水を蓄えたペットボトルを見やるが、そこに何かを感じ取れるわけではない。

 それも当たり前。ここに並んでいるのは正真正銘、ただの水である。もちろんこうして販売している以上品質的には最上級であり、体に有害な成分など一切なし。飲めば飲むほど渇きを癒す、命を繋ぐための大切な物ではある……が、しかし、ただの水だ。


「なんか、罰が当たりそうな気がするんだが……」

「屋代の言いたいことは理解できる。僕もあまりいい気持ちにはなれないけど、これもまた仕事の一環さ。それに健康志向の強い人は飲み水にも気を遣うだろうから、求める人も多いよ。きっと」

「……まあ、体の健康は大事だが」


 それでも、わずかな誤差というか、神の権能が使われている水という意味で大差ないのでは、と疑問を覚えてしまうのは否めない。


「ちょっとそこっ、何さぼってんの!? しっかり働きなさい!」

 

 と、征徒と話していると屋代たちの分まで動き回っていた波嬢に叫ばれた。眉を吊り上げて迫りくる様は一目でお怒りであると察せられた。


「悪い。ちょっと考え込んでた」

「はあ? 何を考えることがあるのよ。こんなのただ声かけて買ってもらうだけじゃない。何も難しいことないでしょうが」


 そう言って波嬢は、屋代の手元も見やり嘆息を漏らした。

 まだ大量の水が残っている屋代に対して、波嬢の盆にはほとんど残っていなかった。意外と商売の才能があるのかもしれない。


「アンタのことだから、どうせ昨日の失態を思い出して恥ずかしがってたんじゃないの? ま、それも無理ないけどね。なんせあれだけ巨勢張っておいて失敗するなんて。アタシなら恥ずかしくて今日出てこれないわよ」

「ぐっ」

 

 波嬢の言葉は、屋代の急所を的確に射抜いた。思わず膝が折れてしまう。


「……屋代の舞はとても良いものだったよ」


 同じ舞を踊り見事な光を演出していた征徒の苦い笑みに、抱えていた盆を落としかけた。慌てて両手で押しとどめる。


「あんたそれ、隣でしっかり祈相術を使ってたやつが言うことじゃないでしょ」

「それはそうなんだけど……けど、屋代の動き自体に過失はなかった」

「そうね。動き自体は問題なかったわよ。いつも通り型も外してなかった」


 波嬢の含みのある言い方に、屋代は唇を曲げて何も返さない。

 古い家の出である波嬢が言うからには、舞の型に問題があったわけではないはずだ。そも屋代自身、舞を踊ることについては自信がある。それだけでの練習をしているという自負もあった。


「けど何故か発動しない。それが現実よ」

「だとすれば、その原因は屋代にないさ」


 すっぱりと鋭い切れ味を持った台詞に征徒は両肩を上げた。

 そう、屋代の祈相術は発動しない。生まれてこれまで一度たりとも発動したことがなかった。どんな種類の型を舞っても、どんな複雑な動きをしても祈相術のきの字も見えない。たとえ子供であっても使えるような祈相術でさえ、発動には至らない。

 流堂が屋代を見下すのもこれが理由だ。有史以来、というのはさすがに言い過ぎかもしれないが、屋代の知る限り祈相術を使えない人は他に聞いたことがなかった。どんな幼子であっても決められた型さえ外さなければ使えるのが祈相術だというのに。

 その事実一つで屋代は貶められる。


「体に問題はないんだろう?」

「ああ、別にどこも変わってないな。医者にも健康体だって言われてる」


 祈相術が使えないのは何故なのか、屋代本人も分かっていない。白穂神に拾われてから時を置かずその事実が発覚した時は慌てたものだ。まだ明確な将来を思い描けていなかった当時の屋代をして、多大な不安に襲われもした。いくつもの病院を回り、白穂神の知り合いという神にも診察を受けたが、結果は問題なし。きわめて健康体という返事であった。


「原因が分からない以上、今後も発動できる見込みはほとんどないってことも言われたな」

「へぇ、それじゃああんたは諦めるわけ?」

「まさか」


 波嬢の挑発的な視線を受けて、屋代は瞳に闘志を燃やした。


「俺は神薙になるさ。絶対に」


 自分を救ってくれた白穂神に少しでも恩を返せるように、彼女の居場所を作るために。

 屋代は舞を踊る。

 祈相術が発動しない舞など、どれだけ素晴らしく踊れていても、いや素晴らしい動きだからこそより滑稽に映るだろう。昨日のように周囲から嘲笑されることも多々ある。それでもほかにやり方は知らなかった。発動できない原因が不明であるということは、何がきっかけで使えるようになるか分からないということでもある。そうして、多様な型をなぞり、体を動かしていれば、もしかすると使えるようになるかもしれない。薄い期待だとしても、チリのような可能性だとしても、屋代は縋りついてでも神職を目指すのだ。


「ならせいぜい頑張ることね。こいつも言ってたけどあんたの舞自体は悪くないんだから」

「お、おう。ありがとう?」


 馬鹿にされたのか、褒められたのか、それとも貶されたのか。

 波嬢の台詞をどう受け取っていいのか分からず戸惑う屋代の横で、顔を険しくしていた征徒が頬を緩めた。


「まったく、素直じゃないな」

「はあ? 何のことよ」

「いいや、なんでもない――さあ、そろそろ仕事を再開しようか。あまり立ち話していると怒られてしまうからね」


 それはアタシの台詞だ、という波嬢の文句が吐き出される直前、新たな声がかけられた。


「そうですね。息抜きは必要ですがあまりされるとお仕事になりませんよ?」

「あ、藤芽さん」


 なかなか仕事を再開しない三人を見かねたのか、店の方で別の班員を指導していた藤芽がやってきた。征徒が慌てて頭を下げた。


「すみません、すぐに戻ります

「ふふ、いえいえ、なかなか面白いお話をなさっているようでしたので。ただの飲み水を売ることは退屈かもしれませんね」

「い、いえいえそんなまさか、退屈だなんて」


 この人初めから聞いていたのでは?

 屋代は滲んだ脂汗に身を震わせたが、特別怒っている様子もない藤芽は屋代が抱えている盆から水を一本引きぬいた。


「ここに入っている水ですが、確かに成分でいうのであれば特別でも何でもありません。ただのお水です。ですが、神様が直々に浄化したこの水は特別なものになります」

「な、謎かけですか?」

「なんでそうなんのよ」


 頭の上を疑問符で一杯にする屋代の様子にジト目で突っ込みをいれる波嬢。

 その二人の横で眼鏡に手を掛けながら征徒は答えを出した。


「信仰、ですね」

「はい。神がそうしたから。神が触れたから。たとえ目に見える奇跡がなくとも、そこには特別性が生まれます。悪い言い方をすると思い込み、と呼べるかもしれませんが、信じる心というものは確かに私たち人間を動かす原動力になりえるのです。それは、この水一本取っても同じこと」

 

 藤芽が軽く揺らした容器の中で、水が静かに波打った。見た目は普段使用する水と変わらないが、そこには神様直々に権能を使ったという価値が生まれていた。


「神にとってどれほどの価値になるかはわかりかねますが、少なくとも私たち人にとってこの水は信仰の証となります。だからこそより信心深い信者は神とのつながりを強固にするため購入されるのです」


 そこで、藤芽はそっと水を差しだしてきた。


「あの、これは……?」

「屋代さん、昨日の祈相術は残念でした」


 唐突に変わった話の流れに戸惑う屋代を、真剣な目をした藤芽が顔をのぞき込んでくる。


「聞けば、屋代さんは今まで一度も祈相術を仕えたことがないとか。これはもう、才能や型の出来の可否で済むような問題ではないかと考えます。そこでこの水です。信仰の表れ。神が浄化した清らかな水。屋代さんに足りないものはきっと信仰心です。それは神に仕える者にとってあってはならないこと。これを飲み、体の内側から邪気を浄化するといいでしょう。そうすれば貴方もきっと祈相術を使えるようになるはずです」


 藤芽の顔はあくまで穏やかだ。屋代を侮蔑しているわけでもなく、まして嘲るような声色でもない。真面目な顔で諭すような口調は屋代を気遣ってのものであり、その身を案じている雰囲気が伝わってくる。藤芽の性根が分かるようで嬉しかったが、しかし屋代は差し出された水を素直に受け取れなかった。


「どうしたのですか? ささ、この神水を飲みましょう。そうすれば貴方もきっと立派な神薙に成れます。――あ、代金は後ほどいただきますので悪しからず」

「お金取るのね……」「この人もしかして……」


 何やら微妙な顔になった二人の横で、屋代はずずい、と突き出される水を前に煩悶する。これを本当に受け取るのかと。

 藤芽の話を疑うわけじゃない。現役の巫女に言われたからには、屋代の信仰心が足りないのかもしれない。それを補えるというのであれば喜んで飲むし食べもする。しかし、もしこれで本当に祈相術が使えるようになってしまえば、それすなわち白穂神に向ける信心が足りなかったということになる。そんなことは断じてないし、あってはならない。かといって飲まなければ使えないままかもしれない。屋代は悩ましい二律背反を抱えてしまい、頭を抱えて悶えた。


「ち、ちなみに藤芽さん。その素晴らしい水はどれだけ売れたのか教えていただけませんか? 僕らが呼び込みを始めてからかなり時間が経っていると思うのですが」

「売れ行きはまずまずといったところでしょうか。取り立てて良いわけではありませんが………ちっ」

「ちょっとこの人、今舌打ちした?」

「ふふふふふ、何のことでしょう?」

 

 楚々として頬に手を当て小首を傾げる。藤芽の可愛らしい仕草に東雲はさっと目を逸らし、波嬢は半目となった。


「そうですね。やはり今日は少し伸びが悪いでしょうか。普段であれば、昼前の今頃ならもっとお客様が来てもおかしくありません」

「それはやはり、僕らの努力不足ということでしょうか?」

 

 売り上げが伸びないのは呼び込みが足りないせいではないか。

 思わず顔を固くした征徒に、藤芽は苦笑いで首を振った。


「いえ、責めたつもりはありません。どうにも時節が悪いようです」

「時節? 何かあったかしら?」

 

 波嬢は記憶をたどるよう空に視線を投げるが、特別なことがあるとは記憶していなかった。征徒も知らないと戸惑い気味だ。


「よぉし、決めた! やっぱり飲む! たとえ祈相術が使えるようになっても俺の心は揺るがないぞ!」


 と、勢いよく器を掲げた屋代の叫びが轟いた。


「え、ていうか、まだ考えてたの? 話聞いてた?」

「ん、何がだ?」


 瞬きを2、3度。悩みに悩んだ末、自らの信仰心ではなく白穂様への恩を取った決断に自画自賛していた屋代は、難しい顔をしている波嬢たちに気づいた。


「屋代、今日客を呼び込んでいて何か気づかなかったかい?」

「? いや特に。まあやけに神職が多いとは思ったな」


 ごくあっさり返ってきた屋代の答えに、征徒と波嬢は道を見渡した。道行く人は、時間もあってか幼い子供連れや主婦層、老人が大半だが、その中に混じって袴姿の人が行きかっていた。数でいえばそれほど大勢の団体ではないが、少数の塊がごく短い間隔で街を駆けている。その表情はやや険しいものであった。


「かなり忙しそうだけど あの人たちってどこの神社に所属してるんだろうな?」

「彼らは全国神職組合に所属する巫女・神薙たちですね」


 屋代の疑問に、こちらも少し顔を厳しくした藤芽が答えた。その視線を動かさないまま、何やら思案しているようである。


「全国神職組合、ですか。全国の神職に就く者たちを取り仕切る大本ですね。事件でもあったのでしょうか……」


 まだ見習い以下とはいえ、それでも神職を目指すものとしての使命感からか。口にした征徒の表情は不安が滲んでいたものの、それ以上にやる気に満ちていた。もしも手を貸せることであれば喜んで助けようとしているようだ。


「あ、そういうこと。どこかの神様が癇癪でも起こしたのね、きっと」


 それまで沈黙していた波嬢が言葉を漏らした。誰に聞かせるものでもなく、自らに向けた言葉に納得したと何度も頷く。

 その呟きに藤芽も同意した。


「癇癪って……。神様がか?」


 逆に納得できなかったのは屋代である。癇癪という言葉ほど神様に似つかわしくないモノだったからだ。幼児、子供、あるいは若者や高齢者といった、感情の抑制が難しい年頃の人が起こしてしまう情動。自身でさえも抑えきれない急激な感情の変化に引きずられて暴力を振るってしまう、という想像が頭をよぎる。


「まあ癇癪っていうのは言いすぎたかもしれないわ。悪戯って呼ぶほうが合ってるかもね」

「いや、ますます分からないんだが? いったいどういう事だよ……」


 ひたすら意味を飲み込めない屋代を見かねて、征徒が眼鏡の位置を直した。


「昨日も言ったけど、この国は多くの神がその腰を下ろす国だ。司る権能も多様にあり、その領地とも呼ぶべき守護範囲もそれぞれ違っている。そんな方々を統率しているのが大神様だけど、屋代は疑問に思わなかったかい? 統率と言っても古くは自らこそを頂点とした神々だ。いくら争いの中で纏まったと言って、そのあともずっと大神様に従い続けると?」

「それは――」


 どうだろうか。神の思考形態など考えたこともなかったが、仮として人に当てはめてみよう。

 それまで自分こそが世界の全て、その上に立つ存在だと思っていたところに、自分と全く同じ考えを持ち、しかもはるかに強い存在が現れたとする。当然、力で人を従えていた自分は、より強い者に従わざる負えないだろう。だが、一度上に立った全能感、人を従える征服感を知った自分が、いつまでも従う立場に甘んじているとは考えにくい。だが、力で叶わないものに抗うことは難しく、そんな自分ができることと言えばより下の立場の者を従えることくらいではないか――?

 屋代の考えがまとまるのを待って、征徒は話を続けた。


「人に害をなすことを良しとする神様もいる。そんな方々は大神様によって従わせられているだけで、その本質は何も変わられていない。つまり、災厄を引き起こすことこそが存在意義としているんだ」

「でも実際にはそんなこと起こっていない。その理由は大神様がいらっしゃるから。いわば危ない神々に対する防衛存在てところね」


 波嬢の台詞に頷き返して、征徒はここより遠く、浄環ノ神がいる神社の方に視線を投げた。


「でもいくら大神様とはいえ、すべての神々を抑えることは難しい。また、神は自らの権能に純粋な存在だ。どれだけ上から押さえつけられても、神自身どこかで限界が来る。もちろん定期的なガス抜きの祭事もしているけれど、それとは別に、神自身が大神様や上位神の目を盗んで人にちょっかいをかけてくることがある。おそらく、今まさにそれが起きているんだろう」

「はあー」


 東雲の解説に、屋代は大口を開けて感嘆を吐いた。勉強不足を言い訳にしたくはないが、それでも征徒の知識には驚かされる。加えて、そんな征徒より先に思い当たった波嬢は、さすがに神との付き合いが長いゆえか。こういうところも己に足りないんだと自覚させられ、ちょっと落ち込む。


「ん、でもそれでどうして、その神職の元締め? 組合が動いているんだ。そういうのは悪戯した神に仕える神職が諫めるもんじゃないのか?」


 二人の話を受け入れた屋代ではあったが、そこでまた疑問を覚えた。神を止めるのも、落ち着かせるのも本来はその神に仕える神職の役目だ。いくら元締とはいえ、彼らを飛び越えて動くというのはどういう理屈なのか。

 この屋代の疑問に答えたのは、街を走る神職を眺めていた藤芽であった。


「屋代さんの疑問は当然でしょう。お二人が悪戯と称したように、神々も決して人を殺めるような真似はしません。そういった方面の神々であっても同じです。人に何らかのちょっかいをかけてきても、後遺症が残るような危ない真似は滅多にありません。ただ、中には特定されなければ問題ないと考える神もいらっしゃるのが実情です」

「……だから悪戯なのか」


 大神に知られては諫められ、最悪殺されるかもしれない。そこまでいかなくても今後の自由は失うだろう。そうならないために、人へちょっかいをかけていることを隠したいと思う。まるで子供と一緒だ。


「それは自身に仕える者に知られても同様です。彼らもまた神を止める者ゆえ、自分の邪魔をしてくる存在だと疎んでいることでしょう。なので大抵、一般人を狙って悪戯を仕掛けます。特定の神社に所属する神職ではなく、組合が直接動くのもこれが理由です。人々への悪戯が発覚した段階で組合が対処し、その犯神を特定して所属する神職に連絡を入れる。あとは神を止めてもらうといった手順になっております」

「そこまでは知らなかったな……勉強になる」


 この話は初耳だったのか。征徒が藤芽の話に目を輝かせ、取り出したメモ帳に文字を書き連ねていく。屋代もまた初めての情報ばかりで目を回しそうになる。唯一、波嬢だけが退屈そうにしていた。


「と、話が過ぎましたね。とにかく、今神職が多いのはそういう理由があるからでしょう。どこの神かはわかりかねますが、皆さんも悪戯を掛けられたらすぐに報告してください。私の方で対応いたします」


 藤芽の言葉に屋代たちは頷いた。

 悪戯、と言われても具体的に何をされるか分からない。神にもよるだろうから、屋代にできることはせいぜい気を張っておくことくらいだ。


「さて、それでは呼び込みを続けて……と言いたいところですが、そろそろお昼ですね。先に休憩を取りましょう。私は他の班に声をかけてきますので、皆さんは先にあがってください」

「承知しました」

「それでは―――――はあ、今週の売り上げがぁ」


 最後に呟き残して去っていく藤芽の背をもの言いたげに見送った征徒は、気を取り直すよう咳ばらいした。


「それじゃあ持ってきた鞄を回収して、僕らも休憩だ」

「あー疲れた。ったく、結局まともに働いてたのはアタシ一人じゃない。アンタたち、午後はしっかり働きなさいよ?」

「はは、もちろん。午前の分も取り戻すつまりで働くさ」

 

 波嬢の見せる棘を微笑をもって交わしなが征徒たち移動する。その後ろをついていきながら、屋代は思い出したように一言。


「俺の神水は?」

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