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 店頭に飾られた画面の中、愛らし少女たちが踊っていた。

 曇色の雲が覆う空の下。穏やかな音楽に合わせてデフォルメされた2等身の体を一生懸命動かす姿は、見る者の心を温かくさせる。飛んだり跳ねたりといった派手な動きはないが、お互い協力し合って1つの作品を作り上げていくような舞である。


「………晴天の型」

 

 成実 屋代(なるみ やしろ)は少女たちが踊る型の名を呟いた。

 朝、太陽が中天に昇りだした頃。通勤する人混みが落ち着き、開店し始める店がちらほら見えだす中。作務衣に身を包んだ屋代は1軒の店の前で足を止めていた。その血走った目は可愛い少女たちを絶えず追いかけ、荷物を持つ手は無意識に強く握られている。顔を紅潮させて息を乱すその様子は、やや不審者然としていた。


「むぅ……ほぅ……」


 周囲を歩く人から向けられる不信感一杯の視線に気づくこともなく、屋代は癖の強い黒髪を揺らしながら息を吐き出した。

 あまりに集中しているせいか店主に覗かれていることにも気づかない屋代は、見開いている目と相まって刺激の強い恰好になっている。好意的に見るならデフォルメ少女好き、悪意的に見るなら白昼堂々興奮する変態だ。どちらにせよあと数分もすれば怖いお兄さん方に肩を叩かれることは間違いない。

 とはいえ、屋代が見ているのは彼女たちではなく、彼女たちが踊る舞のほうなのだが。


『やあっ』


 少女たちの舞踊が佳境に入る。

 気合十分、といった様子で、踊る速さが徐々に増していき、音楽も盛り上げる楽調に変化していく。手を滑らかに動かし、足を自在に運ぶ。すると少女たちの前に1つの光が生まれた。彼女たちの踊りにつられるように大きくなっていき、まばゆくあたりを照らしだす。

 音楽が、少女たちの舞踊が、最高調に達する。


『たあっ!』


 そして、締めの柏手。

 少女たちが一斉に打ち鳴らす音に促され、今や岩よりも大きくなった光の塊が空に打ちあがる。一拍置き、光がはじけた。


「おおっ」


 さらに前かがみになる屋代。画面にかぶりつくその姿に顔を背けるのは善良な市民。店主の手が通信機器へと伸びる。

 画面の中、空が晴れた。少女たちの放った光によって、これまでの薄い鈍色の景色が一新される。突き抜けんばかりの青色と化した頭上から温かな日の光が降り注ぐ。少女たちを称えるよう、あるいはその舞踏に祝福を授けるように、1人ひとりを照らす。

 成功を喜び合う少女たちに画面が寄せられる。二頭身だからこそ持つ、独特の愛らしさを前面に押し出した少女の顔が鮮明に映った。

『皆、見てくれたかなっ? 儀式は成功したよ! イジワルな神様のせいで降り続いた雨も、今日でおしまい。これからは皆で楽しく暮らそうね!』

 

 ねー、と隣にいる仲間に笑いかける少女。どうやら彼女たち固有の物語があるようだが、あいにくと屋代は全く知らなかった。というか、少女たちという創作物を知ったのも今が初めてである。なので、神様がどんな神なのか分からないし、人を苦しめた理由も考察できない。少女たちの熱烈な信者でもないので、今後の展開を期待する気はなかった。

 屋代の興味はただ1点だ。


『晴天の儀なんで、本当だったら私たちだけじゃできなかったよぉ』『ねー?』『ほんとホント』

「やっぱり………!」


 そうだと思ったと、屋代は重々しく頷いた。

 晴天の儀は、本来であれば正式な資格を取った神職が何十人も集まって行われる広域環境操作の術なのだ。どこからどう見ても成人に達していない少女たちが、力を合わせた程度で発動するはずがない。儀式の手順だけは正確だったが、そこに何らかの仕掛けがあるはずだ。

 目を皿のようにする屋代の前で、少女の1人が腰に差していた玉串を掲げた。


『じゃあどうして成功したのかって? ふっふっふっ、すべてはこの楽命社が作り上げた玉串のおかげだよ!』

「そうなのか!?」


 屋代の大声に周囲の人が速足で去っていく。携帯端末を構えていた店主が、不審者を見る目から気の毒な者を見る目に視線を変えた。


『持ってるだけで頭がさえるし、体が思った通りに動いてくれるの。なにより凄いのは儀式を補ってくれるすっごい機能までついてること! これがあれば私たちみたいに少ない人数で難しい儀式も出来ちゃう優れもの!』『すっごいね!』『嘘じゃないよ嘘じゃないよ?』

「そんな機能が……!!」

 

 興奮した屋代が画面を掴みにかかる。


「それがあれば俺も祈相術がっ」

『ほんのちょーっとだけ勉強は必要だけど、安心して? 本なんて一回読んじゃえば覚えられるんだから!』

 

 詐欺、ではないにしろ酷い謳い文句もあるなと、店主。

 なによりたちが悪いのは、何の保証もしていないところだろう。勉学が必要と言っている時点で、あとは当人の努力次第だと投げている。これで騙されるのは純粋無垢な子供くらいだな、と思ったところで未だ目を離さない屋代を一瞥。

 胸を張って宣言する少女に勇気づけられたように、何度も頷いていた。


『さあ、今すぐ玉串と巫女装束を揃えて! 今日からあなたも神に仕える神職よ!』

『神職なりきりセットのお求めは安心と実績の楽命社まで。期間限定で選べる三色の宝玉もご用意しています』

 

 その言葉を最後に軽快な音楽が流れ、少女たちの姿は消えていった。黒く染まった画面に屋代の顔が映る。


「――――――」


 くわっ、と目を見開いた屋代が荷物の中から財布を取りだした。潤沢とはいいがたい資金だが。


「買える……!」

「何をだい?」

「っうぉ?」


 それまで異常な集中力を発揮していた屋代は、唐突に聞こえた返事に驚いた。口から意味のない言葉を飛び出させながら振り返ると、すぐ近くに屋代と同じ服装の少年が立っていた。


「東雲? なんでお前がここに?」

「目的地が同じなんだ、道程だって被る。 それより屋代こそ、どうしてまだこんなところにいるのさ」


 フレームの細い眼鏡、律儀に揃えられた髪型と整った顔立ち。若干呆れ気味な屋代の組仲間、東雲 征徒(しののめ せいと)を前にして座り悪げに頷く。


「あ、ああ。その、少し買い物をな」

「今から? 必要な物なら仕方がないけど、事前準備はしっかりしておこうって話はしたじゃないか」


 屋代は首を横に振った。


「いや、俺だってそこまで考えなしじゃないぞ、必要な物は全部持ってきた。でもな、見つけたんだよ。俺が求めていたものを」

「何のことだい?」

「これだよこれ」

 

 自信をもって屋代が指し示すのは、先ほどまで眺めていた画面横に張り出されている掲示物だ。二頭身の少女たちが、玉串を大きな身振りで振るっている。


「見てくれ、これが俺の求めていたものだったんだ……!」

「神職なりきりセット………?」


 屋代を見る目が怪しくなる征徒。


「ああ,さっきまで見てたが、玉串を持ってるだけで祈相術が簡単に使えるようになるんだぜ? これはもう買うしかないだろ!」


 意気込む屋代とは対照的に、征徒は目を彷徨わせた。

 店先に飾られた子供向け玩具の数々と、色とりどりの掲示物。なにより自分たちが玩具店の前に立ち尽くしているという事実を鑑みて、全ての事情を悟った征徒は可哀そうな者を見る目を屋代に向けた。


「あー、えー……うん、大体わかった」

「? とりあえず今すぐ買ってくるから、東雲は先に行っててくれ。なんなら東雲の分まで買ってくるぞ?」

「………その気遣いは嬉しいけど、やめて。割とまじめに」 


 一瞬遠い目になった征徒は、屋代の肩を優しく叩いた。


「屋代、キミの事情は分かっているつもりだ。周りの目は厳しくて、辛いことも多いだろう。嫌な言葉を投げかけられることもあるはずだ」

「う、うん? なんだ急に。というかなんでそんな目で俺を見る?」

「それでも腐らず努力を重ねるキミのことを、僕は友人としてとても尊敬している。だけど……神職なりきりセットだけは買わないでほしい」

「これがあれば祈相術が使えるんだぞ!?」

「うん、それは嘘だね」

「………………………嘘?」


 喜色満面から一転、恐ろしいほどの無表情となった屋代。征徒の目は慈愛に満ちていた。


「嘘と言うのは言い過ぎかもしれないが、とにかくキミの言う祈相術を使えるようになる、なんていう効果は絶対にない。断言できる」

「な、なぜ………?」

「そもそも、本物の祭具は神職や関係者しか購入できない。値段だってこれの百倍以上はするはずさ」


 がくぅっ、と屋代の膝が折れた。

 薄々は、薄々は気づいていたのだ。神職に就く者、目指すものにとって憧れともいえる祭具が、学生のお小遣いで買えるわけがないと。しかし、もしかしたらと思ってしまった。屋代が知らないだけで、誰でも気軽に購入できるようになったのかしれないと考えたのだ。


「まあ、なんでも額面通りに受け取るキミの素直さは美徳だと思うけど、こればかりはね」

「ほ、ほんとうに効果なし? これっぽっちも?」

「うん。まるで、まったく、全然効果はないよ。玩具だからね」


 ほんの少しの希望に縋ろうとする屋代の心根を読み切ったように、征徒は一蹴。あたかも断頭台に立たされた囚人のごとく屋代の淡い期待を、容赦なく蹴り飛ばす。

 両手を地面につき、項垂れた屋代は叫んだ。


「返せ、俺の希望!」

「むしろどうして玩具にそこまで期待したんだい?」


 征徒がちょっぴり冷や汗を流す。


「もういいから。ほらっ、早く立つんだ。遅刻してしまう」

「せっかく見つけたと思ったのにぃ」


 征徒は、子供のように駄々をこねだす屋代の腕をつかみ強引に立ち上がらせた。腕時計に視線を落とし、待ち合わせの時間が迫っている事実を確認する。


「これ以上は彼女に怒られてしまう…あ、すみません朝から騒がせて。すぐ行きますので」

「くっそー。なんでだよっ。使えるって言ってただろうが! 嘘つくんじゃねぇよ!」


 焦り顔の征徒に、屋代は口から文句を吐き出しながら引きずられていく。

 地面に2本線を残しながら去っていく若者の後姿を眺めて、店主は盛大に肩を落とした。

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