第7話 敵将捕縛ッ!

大槌城 大槌孫八郎


「船はどうだ?」


「特にどうってことなさそうでえす!」


 遠野から戻って船の整備を始める。春の航海は意外とすんなり行けたからもう一度蝦夷に行けるかもしれない。


「もしかしたらもう一度船を出せるかもしれねぇ、隅々までしっかりと確認してくれ」


「あいよ!」


 若様がいつ上方から戻ってくるかわからねぇが、戻ってきたら上方の珍しいものを土産に蝦夷に行きゃあまたたんまり鮭などをくれるかもしれん。


「しかし暇だな」


「暇と申したか!」


「父上!?」


「ならば政務をせい!」


 ドサリと書類が置かれていく。


「こんなに……」


「決裁はこの大槌の当主である貴様がやらにゃ意味が無いからな。溜まった分を処理せい」


 適当にサインだけしていくか。


「ああちゃんと中身は確認しろよ?適当だと小ずるい奴が出てくるからな」


 ぐっ……わかってるわかってるんだ。でも面倒くさい。


「水軍の頭なんだろう?これからこんなもんじゃすまぬ量の決裁がでてくるだろうからこれくらいの量は慣れておけよ」


 そう言い残して親父が出て行く。慣れの問題じゃないと思うんだがな。


「これが航海日誌とかなら未だ良かったんだが、海仕事が増えたら領地と二重に仕事が出来るって訳か……」


 参ったな。領主仕事を返上したいけどこの時代にそんな概念ないだろうし。


「まだまだあるな……」


 日暮れまでやっても残っている。しかしろうそくも油も高級でおいそれと使えるものじゃあないし、綺麗な満月で海も凪いでいるようなので仕事を終える。こんな月の綺麗な日は夜釣りにでも行って疲れを餌にしてくるに限る。


「お頭じゃねぇですか。なんだってこんなところに」


「副長か。いやはや領主としての仕事も多くてな」


「それはそれは……まあ船のほうはあっしがやっておきますよ」


「助かるよ」


「それでどうですかね?」


「ん?魚ならご覧の通り全く掛からんな」


「頭はあれですな。船の扱いは巧くても棹の扱いはまだまだと」


 そう言いながら副長が糸を海に投げる。


「魚は臆病ですからな……っと来ましたぞ」


 ちっ……俺は太公望していただけなんだよ。と思っていたら俺の糸にもあたりが来た。


「蛸か」


「良いものが掛かりましたな」


「そうだな」


 とりあえず蛸を締めて魚籠に入れる。


「頭はこれで上がりですかい?」


「思いがけず良いものが上がったからな。あまり欲をかいては海の神様に怒られる」


「そうですな。ではあっしもこいつを釣り上げたら上がりまさぁ」


 まあ良い気分転換になったな。


 しばらくして若様が帰郷されたと聞いたのでいよいよ二回目の蝦夷航海かと思ったが。


「千徳を攻めると」


「はい。代わりに宮古湾まで船を出すようにと殿様からのお達しです」


 狐崎玄蕃が遠野からの通達を告げてくれる。まあ致し方ないか。


「閉伊川にも鮭があがりますし、そう悪いものでは無いと思いますぞ。それにあわせて孫八郎様の元服の儀も執り行うと聞いております」


「そういえば父上が臣従したことで元服も初陣もまだだった。そしてこれが初陣になるのだな」


「そのとおりです!」


 突然玄蕃が大きな声で応える。


「千徳城はなかなか堅固な城でございますが、数の利は我らにあります故、間違いなく落とせることでしょう」


「であれば気楽な初陣になるか。しかしあまりのんびりしていると九戸やらが援軍を差し向けてくるのでは無いか?」


「そうなんですが、何でも工部大輔殿が何やら新しい武具を持ってくると」


「弥太郎がか。一体何を持ってくるつもりだろうな」


 鉄砲を作ったとか聞いたがあんなもので城壁は崩れんだろうし如何するんだろうな。


「で、これが弥太郎の秘密兵器か」


 まず何故か殿様が来て元服の儀を行い、俺は得守と名乗ることになった。さらに数日して弥太郎等がえっちらおっちら油紙に包まれた大きな棒状の何かを運んできた。


「潮風で錆びるからご開帳は千徳に着いてからだ」


「まあしょうがない。それと殿様は本当に船で千徳に向かうのですか?」


「一度船に乗ってみたくてな!」


「はぁ……」


 まあいいか。口答えする訳にもいかんし。


「まさか殿がお乗りになるとは思っておりませんでした。航海中、といっても一日も掛かりませんが、此方の船長室をお使いください」


「おお。船は揺れるが中々良い部屋だな」


「船になれていないようでしたら甲板に上がっていただくのもよう御座いますが」


「……そうしよう」


 湊に泊まっているうちは良いけれど少しの距離だが外海に出ざるを得ない。


「ようし!積み込み良いか!?」


「へい!万事問題御座いやせん!」


 艀のカッコが離れたことを確認する。


「ヨシ!錨上げぇ!」


「錨あげぇ!」


 皆で揚錨機を巻き上げ帆を張るとゆっくりと船が出て行く。


「殿、今日は風が穏やかで波も穏やかです故余り早くは行けませぬ」


「そ、そうか」


 早くも殿の顔色が悪い。まだ湾内なのだがな。

 そうして千徳に乗り着けるとすでに本隊が到着していたようだ。初めて見るこの船に皆目を丸くしているな。


「殿、着きましたが……」


「お、おお。よしでは陸に上がろうか」


 よろよろと危なっかしい手つきで船を下りていく。一応落ちてもすぐに沈まないよう首回りに革袋を着けていたが無事に降りてくれてほっと一息つく。


「し、しかし、この船は素晴らしいな。やはり、山道を行くよりも随分と楽だ。……船酔いさえしなければ」


 締まらんなぁと思いつつ工部大輔の大荷物を降ろして荷車に乗せる。


「ありゃいったいなんなんだい?」


「ありゃあ大筒だ。試験前に戦になってな。折角なので実戦で試験させて貰おうと思ってな」


「大筒……大砲か!」


 そう言って千徳城の近くで梱包を解いて大砲を設置していると鱒沢殿が興味深げに寄ってきた。


「それが新しい武具か?」


「ええ。先日お目にかけた鉄砲を大きくしたものです」


「鉄砲を大きくしたもの?そんなものでどうするのだ?」


「破城槌に変わるものになりましょう」


 といっても試射もしていないそうだから当たるのかどうか。

 そんな俺の疑念を他所に砲弾と火薬を詰めていっている。


「さぁて撃ちますんで皆様離れていてくだせえ」


 そう言って皆が離れたのを確認し、弥太郎も三重に置いた矢盾の裏に隠れて火縄に点火し発砲する。


 しかし一発目は城門の手前に着弾した。煤を拭って火薬の量を調整して再度発砲すると今度は城壁にあたった。


「おお、当たればなかなかの威力だな」


 そして周りを見れば皆腰を抜かしている。


「弥太郎!まだ撃てるか?」


「ひびは入っていませんからな、まだ撃てますぞ」


「ではもう一撃、お見舞いしてくだされ。そしたら俺が突入します!」


「初陣でそこまでせんでも良いのでは?」


「周りが皆腑抜けておるからな。ここで一番槍を得たら目立つだろう」


 まあ初陣くらいは派手にいきたいよな。と思いつつ三射目が発砲され城門に命中する。


「いよぉし!城門が崩れたぞ!手柄を立てたいものはこの大槌得守につづけぇ!」


 腰を抜かして動けない他の武将らを尻目に、やりを振るい掲げて突撃する。


「わ、若!危のうございます!」


 狐崎が正気に戻り慌てて付いてくる。


「おらおらおらあ!大槌様のお通りだ!腰抜け共は道を開けぇい!」


 しかし山城は歩きにくいな。階段も段差がバラバラだし。もっと歩きやすいように段差をそろえてくれりゃあ良いのになっと。


「ここが本丸か!」


 開きっぱなしの門を駆け抜け陣屋に押し入る。


「それ!てつはうを食らえ!」


 弥太郎からもらい受けた爆竹みたいなものに火をつけて投げつけると、パンパンと小気味良い音が鳴り、陣屋の中がちょっとしたパニック状態になった。


「玄蕃!」


「ここに!」


「行くぞ!」


「ええ!ちょっ!若様!」


 玄蕃が止めるのも聞かず陣屋に飛び込み鎧を着ける最中だったと見える小具足姿の一戸政明に玄蕃が思い切り体当たりし、怯んだところを俺が全力で鳩尾に当て身を入れて無力化し適当な帯で手足をくくって確保する。


「敵将ッ!捕らえたりぃ!」


「若!初陣で敵将捕縛は価千金で御座いますぞ!」


「いょっしゃあ!」


 遅れて本隊が陣屋になだれ込んできて完全に制圧し戦が終わった。


「はっはっは、弥太郎殿の大筒のおかげで初陣で一番槍に敵将捕縛の大手柄を得たぞ!」


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