第3話 歓待接待
暖かな日が増えてきたところで殿と奥方、そして若様が大槌に来られる。奥方は変わった乗り方をしていたがあれは横乗りというものらしい。事故率も高く馬の負担にもなるのであまり使われない乗り方らしい。それなのに奥方がその乗り方をしてきたのは大股を開くのを恥じらわれたからだそうだからまあしょうがないか。
船を見せ、海の幸を食わせたらだいたい美味そうに食ってくれた。ホヤは殿と奥方様には不評であったが。
「しっかしホヤの養殖なぁ」
「ツタや蔓を海に沈めれば良いと言われましても本当にそんなんでできるんですか?」
「とりあえず若様の言う通り蔓を沈めてみよう。早速山に入るか!」
「ああ、孫八郎様お待ちを!」
ホヤの養殖自体は興味ないが、安定して手に入るなら普段の食事に一品追加できるようになるから善は急げというやつだ。
玄蕃が引き止めるのを意に介さず、城の裏手に分け入っていく。
「ぶどうがどれかわからなかったがとりあえず蔦は手に入ったな。あとはこれを石にくくりつけて海に放り込んでおけばいいか」
とりあえず俺の倍くらいの長さの蔦を十本石にくくりつけて船から落としておいた。
「よし。今日はここから泳いで帰るか!」
「孫八郎様ぁ!」
玄蕃が叫ぶ頃にはすでに海に飛び込んで岸に向かって平泳ぎのような平体で泳いでいく。全く甲冑を着てても泳げねばならぬのだからこれくらいで慌てるではない。
まあ俺が泳ぎだしたから他のものも次々と海に飛び込んで俺のあとを追ってくる。
「へへっ!孫八郎様お先ですぜ!」
泳ぎの得意なやつが俺を追い抜いていく。
「お?やらせんぞ!」
俺もすぐに応じて競泳のようになって皆で浜まで泳いでいく。
「よっしゃー!孫八郎様に勝ったぞー!」
くそっ!まあしょうがない。流木を拾ってきて焚き火をして体を乾かしたら皆家に帰っていく。
そうして一夏を水練と操船に費やし、さらにはもう一回り大きな帆掛け船を作るべく設計を始める。
そんなことをして秋になり稲刈りが終わった頃、遠野の弥太郎が助手の女を連れてやってきた。
「遠路はるばるご苦労さまです。そちらのお嬢さんは助手の娘でしたかな」
「こ、小菊と申します。よろしくお願いいたします」
おでこを床に擦るように平伏する。
「他に誰もいないんだから気にしなさんな」
とは言ってみたが改まる感じもない。
「それで弥太郎さん、船大工じゃないから詳しいところまではわからんが舵の取り付け方は南蛮船に倣ってみた。小回りは効かないが耐候性はあがったし今後は港を整備すればなんとかなるでしょう」
小菊とやらは不思議そうに聞いてくる。
「今までの舵は引き上げられて浅瀬につけるときや浜にあげる分には便利なんだが横波に弱くてな、外海にいくには不便なんだ」
そう弥太郎さんが解説する。
「ところで孫八郎様、舵を動かすハンドルのようなものは?」
「舵輪か。舵輪が発明されるのは十八世紀になってからだぞ」
なるほどなぁとつぶやきながら弥太郎が考え込む。
「それでその舵輪ってのはどういう仕組みなんで?」
「大きなネジみたいなもので動かす手動式のものだとか、ワイヤーで舵を動かすものとかあるが、大きな船になればなるほど人力ではどうにもならんので動力式になるな。古いのだと水圧式とか、そうでなければ電動油圧式とかな」
そういうと弥太郎が再度考え込む。
「おいおい弥太郎さん、もしかして舵を作ろうってのかい?」
「やりたいのはやまやまなんだが今は農機具だけで手一杯だからなぁ」
やる気はあるんだな。じゃあそのうちやってもらうか。とりあえずは今の船を大きくするところからだな。
昼過ぎに船乗りだとか船大工だとかを集めて弥太郎を紹介する。
「弥太郎と申します。普段は山の向こうで農具やら水車やらを作っております。海のことは何も知らないので色々と見せていただければと思います。とりあえず俺の連れに海を見せたいのですが良いところはありませんか?」
そういうことなら明日筋山あたりに行こうかという話になり、そんなことより宴会しようぜ!となって宴会が始まる。転生者の弥太郎さんはともかく小菊とやらは始めて新鮮な海の幸を口にしたようだが気に入ったようで、なかなかいい勢いで食べている。
「嬢ちゃん、いい食いっぷりだな!ほれ、もっと食え!」
荒いが皆気の良い奴ばかり。小菊がうまそうに食うもんだからあれもこれもと勧められている。
「楽しそうなところごめんなさいね。小菊さんとやらそのお召し物いいわね」
母上が大正浪漫風な女学生風の小菊の格好が気になるよう。生憎と布地は飾りっ気のないものだが。
どうやら弥太郎さんがこういうのが好きで作らせたようだ。それを母上が気に入ったのか弥太郎さんを睨め付けているんだけど、そういうのは良くないと思うんだよね。
そしてしばらくすると弥太郎さんがウンウン唸りだして機織り機を見せてくれと言い出すんだが、そんなもんは遠野にもあるだろうから帰ってからじっくり見て貰うことにして、それよりも残っている魚が悪くなる前に食べて貰いたい。
翌日、弥太郎たちを連れて筋山に登る。そこまで高い山ではないからあまりまるさを実感できないが、小菊は納得したらしい。まあ丸さを実感したと言うよりは海の広さに感動して言い含められただけのようにも見えるが。
そして望遠鏡についても触れていたな。我らとしてもレンズがあれば望遠鏡だけでなく六分儀ができれば夜の航海が格段にやりやすくなる。
その後浜に戻って帆掛け船に乗って大槌湾に出たのだが、すぐに弥太郎も小菊も船酔いしてしまった。うねりの殆ど無い凪いだ海なのにな。
「そう言えば竜骨は無いのですか?」
「弥太郎さん、和船には竜骨などないぞ」
次に作る船には竜骨を使うべく研究を始めているが太い木を曲げる工程の習得が難しいようだ。そして若様にも進言したがまずはスクーナーやスループのような快速帆船を主体に建造経験を積んで徐々に大型船にしていく方針となっている。
「孫八郎様、城に狼煙が」
「狼煙とは穏やかじゃないな。急ぎ戻るぞ」
「あいよ!」
急いで浜に戻り、馬を駆って大槌城に戻ると山口の大叔父上が待っている。
「お待たせしました。一体如何したのですか?」
山口の大叔父上が差し出した文に目を通すと南部が攻めてくるかもしれぬと。そして我らには閉伊から攻めてこないか警戒してほしいとの通達だ。
「いやはや草……いや保安局が有ってよかったです。出なければ準備もできないうちに屠られていたかもしれませぬ」
「全く、若様の目には何が見えておるのだろうな」
「神仏の遣いとの噂もありますが」
などと無難に応じるとこれから戻って戦支度をするという。
「大叔父上、戦の知らせとは言え折角来られたのですから馳走致しますので今日は泊まっていってください」
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