第2話 セイリング
大槌湾 大槌孫八郎
「孫八郎様、こころなし馬に乗っているより楽しそうですな」
「そうみえるか?」
「ええ。今も口が笑っておられます」
やっぱり前世が船乗りだってのがあるのだろうな。前世の大きなコンテナ船と比べれば笹舟というか公園の手漕ぎボートに毛の生えたような小舟であっても海に出ればそれなりに楽しい。
「おそらく前世から船乗りなのだろうな」
「ヒュー、さすがは孫八郎様だ。言うことが違うねぇ」
「ほれ、そんなことよりもぼさっとするな。お前の竿が引いてるぞ」
この時代はずいぶんと魚が多いようで竿を入れた傍から魚が掛かる事が多い。波の穏やかな日はこうして海に出なければ腹が減って仕方がない。
「孫八郎様は今日もボウズですか」
「たまたまあたりが悪かっただけだ」
「昨日も同じこと言ってたような気がしますが」
「気のせいだろう?」
そうだったかなと言いながら竿を仕舞って浜に戻り、手早くワタを外して海に捨て、腹をさばいて干していく。干しても冷蔵庫が無いのでせいぜい数日、荒れてしまえば少ない米麦粟稗だけで食いつながねばならないから食糧事情が良いとは言えない。
とまあ今までならここから食糧計画を立てる必要が出るわけだが、遠野といっしょになったので遠野の神童、若様に丸投げいやいや相談すればよかろう。釜石で若様がぶっ倒れたのには肝を冷やしたが、無事に回復して遠野に戻られたと聞いて胸を撫で下ろした。ちなみに俺が転生したのはその後のことだ。
正月祝の鰈や鮑に鱈などを携え横田城に登城する。餅に魚に肉がならんでなかなか豪華なものだ。
「この鰈という魚は実に美味いですな」
「いえいえこの山鯨もなかなか美味いですよ」
滅多に飲めない酒もふんだんに振る舞われ、宴会のボルテージは最高潮だ。
翌日前世の若い頃以来の二日酔いで目が覚めると、凍った庭を井戸まで行って冷たい水で喉を鳴らす。キャベツがあればよかったのだが、どうやらこの時代には無いようだ。
顔を洗って凍える中、髪を整えているととある親子が挨拶に来ている。あれは確か若様と懇意にしているという娘か。あの娘も若様に負けず劣らぬ才女だとか聞くが、若様は女神様からの情報だとどうやら転生者のようだし、同じようなとなるとあの娘も転生者かもしれぬな。
こうしちゃおれんと慌てて髪を整え終えると若様の居室に向かう。途中で娘の母親が部屋から出ていくのが見えたのでおそらく今は若様とあの娘っ子だけなのだろう。
「もう少ししたら弥太郎や左近もなども来るから今年のやるべきことを相談しよう」
若様の声が聞こえる。なんとも無防備だな。
「その話し合いに私も混ぜていただいてもよろしゅうございますか?」
俺の話し方になにか感じるところがあるのかしばらく若様が無言になるもお許しを頂く。
「それは構わんが……其方、なんか変わったか?」
「わかりますか?」
「なんとなくな」
まあ去年とは本当に変わったな。
「若様達と同じですよ」
流石に見当がつかないのか若様が眉を顰める。
「前世からこちらに来るときに若様が転生者だとお聞きしております。下手なところに行って野垂れ死ぬならと思ったところこの孫八郎という若造の身に転生した次第です」
俺の言葉に若様が目を見開く。
「孫八郎の魂はどうなったのだ?」
「すっかり融合しておりまして、もはや一体となってございます」
そして気がつけば殿と宇夫方守義様も同席しているのだがミスったかもしれないな。
「孫八郎よ、帆掛け船はどうなっているか」
「問題なく。春には進水できるでしょう」
「操船は出来るのか?」
「問題ないでしょう」
俺がかつて乗船した練習帆船日本丸なんかとは較べるべくもないしょぼい船で、前世では当然使っていなかった筵帆を操るのだが基本は変わらんだろう。雪が解けたら様子を見に来るというので余り時間の余裕はないがなんとかなるだろうか。
それより困ったのは地図を作れという命令だ。いくら天測できるとは言っても地図用の測量とは異なるのだが。
三角測量とか期待してるのかもしれないが無理なものは無理だ。まあ天測を指導するのは必要なのでやって置けばごまかすこともできるだろう。
若様の内緒の会が散会し大槌に戻ると、ちょうど小さな帆掛け船は出来上がったところだった。
「お、ちゃんと出来てるじゃないか」
「おや孫八郎様今日も視察ですか」
太郎兵衛という漁師が出迎えてくれる。
「ずいぶんと歪な帆だな」
「孫八郎様、初めて作りますんでまあ大目に見てくださいな」
これを披露するわけか。ちょっと見栄えが悪いが仕方がないか。
「まあ構わんが、風はちゃんと受けてくれるのだろうな?」
「使ったことねえんでわかりません!」
元気よく答えてくれる。大変良い。
「とりあえず御神イレ(進水式)して使ってみればわかるだろう」
進水式を行った後に海に浮かべて乗り込み、帆を張る。
「さてどんなものか」
大槌湾から出たところで吹き流しを見ながら帆を張り、風に乗るとぐっと引っ張られていく。セイリングの要領だが今は帆を扱えるのが俺しかいないから余り細かく動かせない。
「ひゃあ、ずいぶんと速いですな!」
ざっくり帆の扱いを教えてやりながら操船させると、皆わりと筋が良くあっという間に慣れてくれるのでしばらく練習させて、大槌湾に戻るのだがここからだと風上になる。
「えぇと孫八郎様、どうやって風上に走らせるので?漕ぎますか?」
漕がなくて良いので帆桁を斜めにして見るよう指示する。揚力を使って風上に向かって航走できるのが縦帆の利点だな。
ジグザグと斜めに切り上がりながら大槌湾に戻る。あとは沖に出やすいので万が一陸が見えなくなったときのための天測を仕込みつつ若様が舟遊びに来る日を待つことになった。
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