戦国大航海
海胆の人
第1話 これが転生か
いつも通り見慣れた金華山灯台を通り過ぎ、銚子灯台の手前で鹿島港に入る。
いつもの通り接舷し、舫いを掛け、アンカーを落とし、機関を止める。そのはずだった。
「不味いな」
窓の外を眺めながらぼそりとつぶやく。副長以下皆は船の姿勢維持のためできる限りのことをしている。
「副長、救難信号は?」
「出してますがこの波じゃあ来れませんぜ!」
そうだろうな。鹿島港まであと80kmだっていうのになんて運がない。時季外れの嵐でコンテナが崩れはじめている。
「総員退船だ」
もはや転覆は時間の問題。そう判断し救命信号を出して救命ボートを準備する。
「船長!準備出来ました!」
「よし!若い奴からボートに移れ!」
「大丈夫です!」
皆が退船したことを確認し、最後に救命ボートへと乗り込んだその時だ。大きな三角波がコンテナ船もろとも俺たちを海の底に引きずり込んでいった。
◇
さてここはどこだろうか。水底なら光も届かない漆黒の世界のはずだが、ここは白い空間だ。
「はぁい。お疲れ様」
「海の底に顕れる女?乙姫様とやらかな」
童話の乙姫と出会えたのならまあ悪くはないか。惜しむらくは家族にそのことを伝えられないくらいだな。
「好きに呼べば良いわ。それにしても冷静ね」
「海では冷静さを喪うことは危険だからな」
まあ今回は出港が遅れた分、遅れを取り戻そうと焦ったのが不味かったな。他の皆は無事だろうか。
「ところで転生、って知っているかしら?」
「最近子供向けの小説で流行っているそうだね」
「そうね。でも貴男達の言葉で言えば輪廻転生というものがあるでしょう?」
「確かにあるな」
「そう。これは輪廻なの」
「なるほどな。それで俺は何処に輪廻させてくれるんだい?」
「色々選べるわ。古代からポストアポカリプスまで、なんなら獣人だったり魔王に滅ぼされた世界だってあるし魔法が使える世界もあるわよ?」
「それだけ色々あると却って困ってしまうな」
少し考えてしまうが、
「なあ転生しても船乗りになりたいんで船乗りをやりやすいとこで、魔法や魔物とかはよくわからんのでそういうのはなしってのはあるか?」
「魔法が要らないなんて珍しいこというのね。勿論有るわよ。あんたの居た世界に近いのなら第二次世界大戦だとか日露戦争とか幕末とか戦国時代とか、あるいは近世ヨーロッパとかもあるわよ」
戦争というのもな。戦国時代なら丁度大航海時代と同じ頃か。日本なら飯もそんなにこまらんだろうし。
「戦国時代だとどこかで転生者の居る世界なんかも有るのか?」
「有るわよ。ここなんかはどうかしら?領主の息子が転生者で海路がどうのこうのとかいってるの」
「へぇいいじゃないか。それに三陸か。俺が死んだところに近いな」
「やめておく?」
「いいやそこにしてくれ。何というか直感が囁いてるんだ。そこに行けってね」
「そ、じゃあ行ってらっしゃい」
その声を聞いて再び視界が漆黒に染まる。
◇
「ごほっ!げほっ!」
「若!ご無事ですか!?」
揺れると思って周りを見ると戸板に乗せられどこかに運ばれているところだ。
「ここは何処だ?」
「お気を確かに。まもなく館で御座います」
若と呼ばれていること、館という場所に運ばれていることから偉い人間なのだろうと言うことは分かる。そういえばここは大槌というところだったか。む、何故この土地を知っているのだ。大槌なんて土地は知らない。知らないはずなのだがそこの電線も無い掘っ立て小屋と勘違いするような家々も、襤褸の様なくたびれた服を着た男女も知っている。そうだ俺は大槌孫八郎という名だ。そして前世では船乗りをし、大きな波に攫われ転生したと言うことを思い出した。
館に運び込まれるやいなやドタドタと頭に響く。
「孫八郎!無事だったのね」
母上……、そういえば遠駆けしているときに落馬したのだったか。なんとも情けない。
「情けないところをお見せしてしまいました」
「何を言う!孫八郎が無事ならそれで良いのよ!」
まあ一度死んだ身なのだがな。幸い前世の知識が在るとは言えこの時代はまだまだあらゆることが発展途上だ。
とりあえず船の改良と象限儀の作成からと言いたいが、落馬の影響で節々が痛むので記憶と気持ちの摺合せをやってから動こうか。
ええとそう言えば我らは遠野の阿曽沼に再び与することになり、家督を隠居させられた父上から譲り受けこの大槌を預かっている。そして新しい船を作れと言われていたな。和船に詳しいわけじゃないがとりあえず今ある船を一回り大きくして帆を付けて操船の練習でもさせるか。
「母上ご心配をおかけしました。今日はもう休ませていただきます」
そう言うと母上もホッとしたようだ。
「それにしても人が変わったように落ち着いてしまったわね」
「ははは。打ちどころが悪かったのかもしれませんね」
これには母上も冗談だと思ったのか笑って下がっていった。
「明日から、だな」
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