第15話 不思議な夜

「やっぱりそのまま寝ちゃったのね……」


フレムは優しく微笑む。

その視線の先には自分と一緒に大勢の子供達の面倒を見ている女性が、子供に寄り添う形でスゥスゥと寝息をたてていた。


フレムはもう一度全体をゆっくりと見渡し、子供達が寝入っていることを確認すると、


「おやすみなさい」


そう言って静かに大部屋の扉を閉める。


レオン達が外に出ていくのを見送った後、裏口をしっかりと施錠、最後に子供達の様子を確認し、自分も寝室へと向かったようだ。



どの子供達も幸せそうに眠っている。

満腹感と言うものは何物にも勝る子守歌……と言うことなのだろう。


ゴソゴソ……


そんな幸せそうな面々の中で、何やら動く者が……


「皆寝ちゃったよね……?」


小声より少し大きめの声であたりに呼び掛けているが、誰からの反応もない。


「ママも行っちゃったし、もう起きても大丈夫だよね?」


そう言うとエマは一人起き出して、静かに扉を開ける。

扉から少しだけ顔を出すと、


「……よし!」


静まり返った廊下をみて、フレムも寝たことを確信したのだろう。

エマはソロソロと部屋の外に出た。



静まり返った深夜の廊下……

普通の子供であれば怖いと泣き出してしまう子もいるかもしれない……

しかし、エマはそんな素振りは見せずに息を殺して階段を上っていく。

そして、階段を登り切った先にある小さな踊り場にやってきた。

手摺りにつかまり、下の様子を覗き見る。


「うん……誰も起きてきてない」


エマはここまで誰にも気が付かれなかったことに安堵の溜息を洩らすと、踊り場にある垂直に上る梯子へと足を進める。


暗闇の中、音をたてないようにゆっくりと慎重に上り、押し上げるタイプの扉をこれもまた音をたてないように慎重に開き、外に出た。


フレムからここに出てはダメだと常日頃から言われてはいるのだが、エマは見張り台に出ることが日課だった。



理由は……

連れていかれてしまった家族が帰ってくるのを心待ちにしているから――――



しかし、そのことはフレムにさえも話してはいない。

鍵をかけられたこともあるのだが、裏口同様、エマにはあまり意味をなさない。

何度かは迷うのだが、結局器用に開けてしまうのだ。

今ではフレムも半分諦めてしまっていた。


「少し寒いかな……夜に出たのは流石に初めてだもんね……」


冷たい夜風を受け、少し体が震えてしまったようだが、それでもエマはかまわず見張り台のふちへと手をかけ、外の様子を眺める。


「やっぱり外に出たのお兄ちゃん達だ!」


エマは外の様子を見てそう確信した。

理由は簡単だ。

この村全体を包み込む障壁が張り巡らされている為である。



「キレイ……」



障壁を眺めるエマは思わずそんなことをつぶやく。

しかし、本人はリプスの障壁に夢中で、どうやら言葉に出していることには気が付いていないようだ。



障壁は透明ではあるのだが、時々青白い光を放ちながら、大きい物から小さい物まで様々な魔方陣が現れては消えていく……


その背後には満天の星空。


まるで、深夜に行われる幻想的な光のショーだ……

エマは時間も忘れ、見惚れてしまっていた。





どれ程そうしていただろうか、


「!?」


エマは突然何かを感じたかのように、ショーから視線を逸らしある一カ所を見つめる。


視線の先にあるのは、危険になる前はエマもよく父に連れられて木の実の採取などに行っていたあの森だ。


「…………?」


何かを感じはしたのだろうが、特に変化のない森の様子にエマは首をかしげている。



「気のせいなのかな?」



エマがそう呟いた瞬間……何かが一変した。



それは、とてつもない力の津波……いや、こんな一言では片付かない。

突如森の中で大爆発した力の波動が周囲に襲い掛かる。

それは見張り台に出ていたエマも例外ではない。


襲い掛かってきた力は2種類。


1つ目は、とてつもなく凶悪な力――――


この力が襲い掛かって来た者には、背後から巨大かつ凶悪なかまで有無を言わさず、命を刈り取られるような絶望を覚えることだろう……


自分は生きているんだろうか?


思わずそんな確認をしてしまう者がいても不思議ではない。

そして、その事実を確信できなかった者は、そのまま絶命してしまうかもしれない……



そして2つ目は、抗うことが許されない力――――


全てを包み、守ってくれる代わりに……全てを見透かされているというか……

そのあまりにも圧倒的な力の前には、全ての者が自分は弱者であることを悟ることだろう。

もし神が目の前に現れたなら、恐らくこんな力を感じるのかもしれない。



2つのこの世の物とは思えない……実際この世の物では無いのかもしれない、この力の前に、エマ程の年齢の知識では理解することなど不可能だろう。


いや……年齢など関係ないのかもしれない。

誰がこんな力を説明できるだろうか?



不規則に襲い掛かるこの力を感じ続けているエマは、森を見つめたまま呆然と立ち尽くしてしまった。



何とか気を取り直し、エマは視線を村に向ける。


「皆は? こ……こんな……こんなの……」


どうやらエマは村の皆を心配しているようだ。

確かにエマの考える様に、こんな力を感じ取ってしまえば……



「そんな……」



しかし、村には深夜に相応しい静けさが保たれていた。


「そうか! これのお陰なんだ!!」


エマの視線は障壁を捉える。

みれば障壁は先程と違って、引っ切り無しに魔方陣が姿を現し続けていた。


「でも……だったらなんで私だけ?」


エマは村人達には感じないこの力の波動を、自分だけが感じていることに驚きを隠せないようだ。





エマは再び力の発生源である森へと視線を向ける。

縮こまりそうになる身体にムチを打ち、心を奮い立たせて見据えてみる。



「でも……不思議……怖いのに……怖くない……」



不思議と恐ろしさよりも、


守られている――――


そんな安心感に包まれた。


エマは、この不思議な夜の出来事を自身に襲い掛かるもう一つの力……


”睡魔”と戦い続け、


その限界まで、眼と身体、そして心で受け止め続けたのだった。

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