第14話 見返り

フレムの言葉を待ってみるのだが、やはり伝え辛い内容のようで、固く口を閉ざしたままレオン達と視線を合わせようとはしない。



困ったな……



リプスとイヴもこのフレムの変化に不思議そうな視線を送っている。


「フレムさん……」


「はい……」


「今後俺達が旅をしていく上で重要なことなんだ……フレムさんが俺達のことを思って口を閉ざそうとしてくれていることは重々理解しているが、何とか教えてもらえないだろうか?」


レオンのこの言葉にフレムがやっとのことで視線をあげる。

悩みに悩みぬいた末、


「…………わかりました」


その重い口を開いてくれるようだ。




香草茶を一口飲み、フレムは心を落ち着かせた。


「まず確認したいのですが……」


「ああ」


「皆さんはこの国の内情と言うか……そう言ったものは全く御存じないのですか?」


「そうだな……お恥ずかしい限りではあるが、そう言ったものの知識は皆無だ。何も考えないでこの国に来た……そう思ってくれて問題ない」


世間知らずの馬鹿放浪者……そう思われても仕方ない。

自分でこの国を出発地点に選んだわけでもないし、そう言った予備知識なんて誰からも与えてもらってないんだから、



俺は馬鹿じゃない!



と言いたいところではあるが、こうしておいた方が話はすんなり進んでくれるだろう……


「そうですか……でもそうですよね」


どうやらフレムは、レオンが何も考えないでこの国にやってきたということになぜか納得したようだ。


「本当にこんなにも良くしていただいた皆様に、伝えたいことではないのですが……」


もう一度レオン達に前置きをする。


「ああ、心遣い感謝するよ」


「この国は……人間種至高主義……と言いましょうか……人間種こそが最も優れた種族で、それ以外のいわゆる……」


フレムの目がリプスとイヴに向けられた。


「亜人種?」


本人達を目の前にして、やはり言葉が詰まってしまったフレムにレオンは助け舟を出す。


「…………はい。亜人種は劣った種族……汚れている種族……そういう考え方が古来から定着している国……でして……」


「なるほど」


「王族や貴族の権力が強力すぎるために、他の血が混ざることをこの国は良しとしません。そのため、よほどのことがない限り新しい貴族など誕生しませんし、勿論王族などは建国当時より続いている血筋で固められているんです」


なんとなく見えてきたな……


「ですので……王族と貴族に生まれなかった私達のような存在は……ましてや、亜人種など……」


フレムは大きく首を振る。


「建国当時こそ様々な種族がいたようなんですが、徐々に他国へと移住できる者は移住していったと聞いています」


「移住できなかった者はどうなったんだ?」


レオンのこの質問にフレムさんの顔が大きくゆがむ。


「…………私も辺境の村人でしかありませんので……聞き及んでいるだけですが、男性は見せしめのために観衆の前で大量処刑……女性は……その……娼館と言う……牢獄に捕らわれたとか……」


「この国に住んでただけで、亜人種はそんな扱いを受けたってのか?」


フレムが悪いわけではないとわかっていても、レオンは少しだけ声を荒げてしまった。


「…………勿論そんなことで処刑などできないですから、表向きは亜人種が国家転覆を企てたことへの制裁……と国民には示されてます」


「嘘だろ……」


「そのせいで、この国には亜人種の方々は生活していません……。皆さんがこの国の人間ではないとすぐにわかってしまうのは……そう言った理由があるからなんです……。国を挙げてこの事実を隠蔽しているようなんですが、いくらかは他国にも漏れているようです」



立ち居振る舞いどころか……

リプスとイヴの存在そのものが異国出身者の証明とは……

こりゃ、直せるもんじゃないな。



――――ん?



エメリナってだったよな?

よくこんな国でダークエルフのエメリナがそんなポジションにつけてるな……



「お気を悪くしましたよね……」


王子とエメリナの関係を考えようとしていた俺の態度が、どうやらフレムさんは怒っていると感じたようだ。



いや、実際怒ってはいるが――――



「そうだな……正直気分のいい話じゃなかった。リプスにしてもイヴにしても俺にとって大切な存在だから」


「そうですよね……」


フレムは肩を大きく落とす。


「でも、教えてもらえて助かった。伝え辛かっただろうが、フレムさんが教えてくれなければ、この国の行く先々で困り果ててたかもしれない……ありがとう」


「いえ……」


ありがとうと言われてフレムは困惑しているようだ。


「質問してもいいか?」


「え? ええ……大丈夫ですが」


「そう言った考えが根付いているこの国の、この村で……俺達をここに迎え入れてくれたのはなぜだ?」


そう……こんな考えが根付いているならば、

俺だけならまだしも、

リプスとイヴを目にした時点で門前払いされてもおかしくはなかった。



「根付いている……と言っても王族や貴族達の間での話なんです。王都の住人は知りませんが、私達のような末端の人間はそんなこと思ってもいないんですよ? 信じてもらえるかはわかりませんが……」


「いや……信じるよ」


レオンのこの言葉にフレムは驚いて目を丸くする。


「なんでしょう……レオンさんにはすべて見透かされているというか……そんな不思議な感覚を覚えますね……」


そう言うとフレムは少し視線を逸らし、再びレオンの目を見据える。


「先程……王族や貴族に逆らうなんて考えたことがない……そのようなことを言いましたね? あれは嘘です……」


「だろうな」


「高貴な血……らしいのですが、その血に生まれないものは……そんな扱いを受け続けて、誰が心から従うでしょうか……」


口調こそ穏やかだが、フレムの目は険しい。


「私達や亜人種の方々は生まれながらにして劣っている……そんな考えなんて受け入れられませんよ……」


フレムの頬に一筋の涙が落ちる。


「でも……怖いんです……力がないんです……逆らうと大切な家族や村の皆が恐ろしい目に……」



フレムは声を押し殺して泣き出してしまった……

そんなフレムが落ち着くのを、レオン達は静かに待つ。


15分ほどたっただろうか?

フレムは徐々に落ち着きを取り戻したようだ。


「ごめんなさい……取り乱してしまって」


「気にしてないさ」


「そんな中で、主人や息子……村の皆まで領主に連れ去られて……そんな国の教えより、皆さんを慕うのは当然のことです……」


思っていたことをすべて吐き出せたんだろう。

フレムの表情はスッキリとしている。


「そう言うことだったんだな……理解できたよ」


レオンはゴソゴソと鞄をあさると、大きく膨らんだ30cmほどの麻袋を2つ取り出し机の上に置く。


ジャラッ!!


金属同士が袋の中でぶつかるような音が部屋にこだました。


「すまない。この国の物価が全く分からないからこれで足りるのか分からないが、明日……これでこの村を立て直すために必要な物の買い出しに出ようと思う。薬や食材、調味料に必要ならば衣服なんかも揃えていい。足りるか見てもらえるか?」


突然の申し出に、フレムはまたしても困惑の表情を浮かべながら、恐る恐ると言った感じで麻袋の縄を解き、中を確認する。


「き、金貨!? そ……それもこんなに!?」


フレムの視線は麻袋とレオンを間を行ったり来たりとせわしない……


「どうだ? それで足りるか?」


「た……足りるも何も……これだけあれば……村の皆が何年も問題なく暮らせるどころか、壊れてしまった家の修理、手放してしまった農具や家畜も買い戻せますし……それこそ元の村以上の姿に戻れます……」


「そうか! よかった」



”今度こそ使わせてもらうぞ……”



略奪品のほんの極々一部ではあるが……レオンはあの遺体達にそう詫びる。


「受け取ってくれ」


「そ……そんな!? こんな大金……」


そりゃ……そんな反応にもなるよな……

こんな物、いきなりやると言われても困惑するなと言う方が無理だ……


「実は昔……俺も大きな力に押しつぶされたことがあってな……」


「え?」


「その時は何にもできなかった……」


レオンの雰囲気に感付いてか、リプスとイヴがそっとレオンに寄り添う。


「辛かった……いや……辛いなんて言葉じゃ表せないな……。泣いた……でもすぐに泣けなくなった……泣いても変わらないって気が付いたから……色んな感情が渦巻いて……もう何が何だか分からなくなって……最後の残ったのは……」


「レオンさん程の方にもそんなことが?」


フレムはかなり驚いているようだ。


「俺も元々は弱者だったからな……自分が無力だと言うことへの悔しさ……」


レオンの拳がギュッと音を立てる。


「あの時はそうだったが……今の俺は違う……あの時無力だった俺ができなかったことを、俺はこれからやっていきたい」


レオンは改めて麻袋をフレムの前に差し出す。


「こんなものをいきなり渡されて困惑するのはわかる。だが、これは俺のエゴでもある。馬鹿でかい理不尽な力に押しつぶされる人を俺はもう見たくないんだ。……ただし、これを受け取るなら見返りは求めさせてもらう」


「み、見返り……ですか?」


フレムが恐る恐る聞き返す。


「ああ……必ずこの村を再建してくれ。その手助けはしてやる。村の皆が心から笑える日を迎える自信がないのなら、この金は受け取らないでくれ」


レオンは真っ直ぐにフレムの目を見る。


「そんな……そんなことって」


フレムの目から再び涙があふれる。

しかし、その涙が先程の物と明らかに違う物なのは言うまでもない。



「必ず……必ず! 皆で心から笑える日を迎えて見せます!!」




フレムは力強くレオンに答えた――――








明日買い出しに出る大まかな項目をフレムと詰めはしたが、やはり村の皆や村長の奥さんにも伺いは立てるべきだろうということで、とりあえずこの話は落ち着いた。



「ではそろそろ寝ましょうか? お部屋は……ここでよろしければ自由使って頂いてもかまいません。今布団をお持ちしますね」


フレムはそう言って部屋を出ていこうとする。


「いや……その必要はない」


「え? お休みにならないのですか?」


「ああ……まだ少し気になることがあってな。ちょっと村をでる」


「夜に活動するモンスターは凶暴なものが多いので危険です。村の外に出るのはやめた方が……」


「心配してくれてありがとう。でも俺達のことなら大丈夫だ。どうしてもやっておきたいことがあってな……明日の朝には戻る」


「…………そこまで言われるのでしたら……どうかお気を付けて……」



渋々……そんな感じのフレムに見送られ、レオン達はネートル村を後にするのだった。

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