第7話 招かれざる客

もっと長く続くかと思われた森林の終わりは案外早く訪れた。

勿論、アロクネロスの速度が規格外だからと言うのが理由ではあるのだが……


森林を抜けた先に広がっていたのは広大な草原。

さわやかな風が吹き抜けるたび、青々と生い茂る草が、まるで大海原の穏やかな波のように揺れている。



「気持ちいいな……」


レオンの口からはそんな言葉が自然に漏れ出し、大きく背伸びをする。

それにつられて、目の前のイヴ、そして後ろのリプスも、ん~! っと言った感じでレオンにならっている。


そのままゆっくりとこの広大な草原を見渡してみると、


「お? 道だ」


草原の中に道ができていた。

石畳、なんて言う立派な道ではないが、踏み固められた土の道は、明らかに人の手で造られたものだ。

道はこの森の直前でなくなっていた。


「この森に用がある時に使ってんだろうな……と言うことはだ……この道を進んでいけば村や町につながっている可能性が高いな」


この意志をくみ取り、アロクネロスは道の方へと歩きだす。

先程は、いい加減見飽きた森林の中を早く抜けたかった為走ったが、もうそこまで急ぐ意味もない……

この世界についた時のようなスピードでレオン達は移動を開始した。




穏やかな気候の中、緑の香りを含むさわやかな風を全身に感じながら、道の上をのんびり歩くアロクネロスの揺れに身を任せる。


平和だ……


平和すぎて……



試しに目を閉じてみる。



………………


――――やはり眠気は感じない。


普通の感覚で行けばこんなもの……今寝てください!

そんな場面だろう。

だが俺からは、どうやら眠るという行為は完全に抜け落ちてしまったようだ。


神と悪魔の混血……

確かにどちらも眠るって印象はない。

本当にそんな者の仲間入りをしてしまったんだなと、こんな所で実感した。



「Zzzzzz……」



レオンの前方からはそんな誘惑に抗うことをせず、本能のまま生きてそうなイヴから規則正しい寝息が聞こえてくる。

今回はアロクネロスの首に抱き着いているため、イヴのよだれの犠牲になったのはアロクネロスの見事なタテガミだ……



しかし、イヴはよく寝てるし……リプスだってリリスの店では眠っていた。

リリスは確か”新たな神と悪魔が~”みたいなことを言っていたが、

俺のこの状態が神や悪魔……そんな物だとするならば、二人はまだ不完全なのかもしれない……



そんなことを頭の隅で考えながら、スゥスゥと寝息を立てているイヴをしばらく見つめていた。


「気持ちよさそうだな」


「クスクス。本当ですね」


レオンの言葉にリプスが身を乗り出してイヴの様子を確認すると、優しい目を向けながら同意する。


「しかし、今のところモンスターはおろか、野生の動物にも遭遇しないけどこの辺にはいないのか? 王子はいるみたいなこと言ってたけどな?」


辺りを見渡してみてもそんな気配はない。



”草むらからモンスターが飛び出してきた!”



少し背の高い草などが生い茂る部分もあるので、そういったことも起こりそうなものである……



「それはアロクネロスのおかげでしょう。この子の気配を感じて、逃げているようです」


リプスの言葉を聞いたのか、アロクネロスが軽く一吠えする。

もしかしたらドヤ顔を決めているのかもしれない。



俺達の力の気配は普通にしてれば基本的には感じないらしい。

となると、めんどくさいのにいちいち絡まれるかもしれないってことか……

アロクネロスに乗って移動する意味ができたな。


「ありがとな」


レオンはイヴのよだれの犠牲になっていない方のたてがみを軽くなでる。

アロクネロスは穏やかに吠え、主に答えているようだった。





そんな調子で一時間程アロクネロスに揺られただろうか。

結局誰ともすれ違うこともなければ、道沿いで休憩などをする人物に遭遇することもなく……

最初の目的地と決めていた村と思える集落が見えてきた。


遠目から見る限りは石造りの家で、数などもなかなかあるように見える。

そして、畑と思われる所も見えはするのだが、作物の姿は見えなかった。


更に、気になるのは人の姿が見当たらないということだ。

まだ太陽は燦々さんさんとあたりを照らしている。

夜が近いというわけでもない。

村の中心と思われる広場のような場所が見えはするのだが、人っ子一人姿が見えない。


「無人なのか? あの賊に襲われた後とか……」


「いえ……」


リプスは集落をしばらく見つめる。


「人の気配はあります。しかし、建物の中に身をひそめている……そんな所でしょうか?」


リプスに遅れて気配を探ってみる。

確かに……気配はあった。


「とりあえず行ってみるか……アロクネロス、ありがとな」


リプスと二人でアロクネロスからおり、召還を解除する。

アロクネロス上で寝ていたイヴは突然の浮遊感に驚き、慌てふためく……

なんてことはなく、そのままレオンの腕の中に落ちてきた。



「ほら、イヴ起きろ。 歩いて村目指すぞ」


「ん~~~? もう着いたの??……あれ? まだ原っぱだよ?」


イヴは眠たそうに目をこすりながらあたりを見渡す。


「ほら、あそこに村が見えるだろ? 目立つとめんどくさいから後は歩いていくぞ」


「は~~い」


返事はしたものの、イヴはボケボケと目をつぶったまま歩いている。

フラフラしてはいるが、小石など避けるべき物は避けているので、転ぶ……なんてことはないんだろう。


「レオン様? イヴは私が見ながらいきますから、どうぞ気になさらず目的地へ」


「そうするか……」


イヴの様子はリプスに任せ、レオン達は村を目指して歩き出した。




「…………?」


丁度村までの距離が半分ほどになったとき、村に異変を感じた。


「結界ですね」

「うん……」


結局ここまでボケボケと歩いていたイヴもこの変化に流石に目を覚ましたようだ。


「なるほど……あれが結界か……」


大きなドーム状の薄いガラスに村全体が覆われている……そんな感じだ。


「俺達を認識して張ったのか……たまたま他の要因に反応して張られたのか……」


さっきまではこんな物はなかったのだから、このどちらかを警戒して結界が張られたことは明白だ。


「目視できる程の結界ってことは強力なのか?」


レオンはリプスに問いかける。


「そうですね……確かに、強力になるあまり目視できる状態になっている結界もあるのですが、あれは……正直お粗末な物です。あれで防げる物は下位も下位のモンスターくらいでしょう……更に結界は本来不可視な物ですが、どうやら術式もおろそかなようです。そのためにあのような形に……」


リプスの言葉を聞きもう一度結界を見る。

こんな物を即座に張らなければならない状況で……

そして、そんな状況にもかかわらず、張れる結界がこんなお粗末な物……

そういうことだとすると、どう考えてもこの村はいい状況ではないな……


「とりあえず向かってみるか」


「かしこまりました」

「了解~」


結界がレオン達に向けてだった場合……

まず間違いなく歓迎されてはいないだろう。

しかし、異世界を見て回りたいという欲求のため……

そして……あの賊が好き放題に暴れられた原因を探るため。


レオン達は結界の目前へと向かうのだった。

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