第6話 流れる風景の中で

今現在俺は、規則正しい心地よい揺れを感じている。

しかし、視界はそんな穏やかな揺れとは懸け離れていた。

高速道路を走行中の車内から見る風景のように、木々などが勢いよく流れていくのである……



「イヴ……アロクネロスが可哀想だからソロソロこっちに戻ってこい……」


レオンはイヴに声をかける。

王子と別れた後、気配が遠ざかったのを確認してレオン達はアロクネロスに跨り、とりあえずこの森林を抜けるべく勘で移動を開始した。


アロクネロスは”黒き閃光の一角獣”の名前に恥じることのない、とてつもない移動速度である。


初めて騎乗したときは特に急ぐ意味もなかったため、


パッカパッカ……


そんな速度で移動していたので、この二つ名を実感できはしなかった。

スピードメーターなどついていないのでレオンの感覚でしかないが、恐らく100km/hは軽く超えているであろう。


ただ……ここは直線ではない。

森林の中なので、木や岩、茂みに倒木、段差、斜面……

そんな物をかわし、跳び越え、駆け上がりながらの100km/hと言うことだ……

こんな巨体にもかかわらず、この俊敏性、さらには持久力……とんでもない馬だ……とは思うのだが……

それでも三人で走った方が速いと言う確信がある……

まったく、なんて身体になったのだろうとレオンは半ば自分に呆れていた。


でも、心地よい揺れってすごいよな……

足が速い人はあまり上下動しないって、部活の顧問だった先生から聞いた気がするが……

まさしく、それだろうな。


アロクネロスの上下動は殆どと言っていいほどない。

そのおかげでこんな速度で走っている馬への騎乗にも関わらず、喋っても舌を噛むことはなさそうだ。

本当に特別な馬なのであろう。



で……だ!


「イヴ! いい加減にしろ。 さっさとこっちに戻ってこい」


俺はアロクネロスの立派な一角の先に、片足で立ち……

なんて表現すればいいんだろうか。


ヨガ? 


そんなので見たことがあるような……

両手を大きく左右に広げ、前かがみになり、残りの片足を上半身と同じ高さまで持ち上げ、地面と平行に伸ばしている。

天へと垂直にピンッ! とのびる尻尾はどこか勇ましい……

自動車のエンブレムを思わせるイヴに声を掛けた。


「どうして? 楽しいよ??」



レオンの言葉にイヴは顔だけをこちらに向けてそう話す。


普通……こんなことをすると……

いや、普通はできないか。

できたとしても! 危ないからやめなさい……そう言う場面なはずだ。

しかし……イヴに対して危ないからと言う理屈が通用しない以上……


「何度も言わせるな……アロクネロスが可哀想だろう……」


こう言う他ない……

それにしてもアロクネロスは大丈夫なのか?

これもまた恐らくでしかないが、イヴの体重は40kg前後……だと思う。


装備の重量を入れればもう少しあるか。

そんなイヴを一角の先に乗せての全力疾走だぞ?


レオンは自分で言っておいて今更心配になり、アロクネロスの顔を覗き込む。


見た感じ……いたって普通に見える……

ただ、アロクネロスの表情なんてわからないので、この判断は正しいのだろうか?


楽しい――――


なんだ?


アロクネロスの目を見つめているとそんな言葉がレオンの頭に流れ込んできた。


「レオン様! アロクネロスも楽しいから問題ないよって!!」


その言葉に遅れて今度はイヴがレオンに声をかけてくる。


「イヴはアロクネロスと話しできるのか?」


「うん! できるよ~」


そういいながらイヴは飛び上がり、今度は一角に片手をつき、逆立ちしている……


「ね~~~!!」


イヴがアロクネロスに問いかけると、


ヒュオオオオ!!!


勇ましくアロクネロスが吠えた。


どうやら1人と1頭はお互い楽しいようだ……

でも、なんか俺にもちょっとだけ聞こえたぞ?


レオンは何かを思い出し薬指の指輪を見る。


「確か……言語を合わせられるって言ってたか……でも、ちょっとだけってのはどういうことだ?」


ん~と考えているレオンにリプスが後ろから声をかけてきた。


「アロクネロスとの会話のことでお悩みですか?」


「ん? よくわかったな」


「ええ、私にも微かにアロクネロスの声が聞こえましたから」


ちなみにリリスからもらったこの指輪……

二人の認識は、俺が二人に指輪をあげたいと準備をして、リリスがそこに言語理解、気配減少の効果をつけてくれた……

そんな認識に落ち着いている……


「そうか、リプスも聞こえたか。 ちょっとだけってどういうことだと思う?」


「憶測で申し訳ありませんが、アロクネロスは知能の高い魔獣です。その証拠にレオン様の意思を読み取り、行動をしてくれますよね?」


「ああ、そうだな」


返事を聞き、何を思ったのかリプスはレオンの脇腹あたりからもぐりこみ、イヴが座っていたレオンの股の間に移動してきた。


「アロクネロスは恐らく言語と言う概念を持っていません。しかし、その知能の高さから、そういった感情を断片的にではありますが、表現した。しかし、言語ではありませんので、リリス様から付与された魔法でも、完全なる理解までは到達できなかった……そう言うことだろうと私は考えます」


「そうか……そう考えれば確かに説明もつくか……」


「はい」


「でも、イヴは話せるらしいぞ?」


今もイヴは一人と一頭で楽しそうにアクロバットを披露し続けている。


「イヴの場合は……第六感と言いましょうか、お互いがそんなところで理解し合っているんだと思いますよ。いうなれば……そう表現するのが一番近しいかと」


特殊能力か……

嗅覚とか聴覚とかもそれに当てはまりそうだな。

動物と話せる……獣人っぽいな。

でもなんかエルフもそういうイメージあるけどな?

まぁリプスも俺と同じ程度だったってことは、エルフにはないんだろう。



「で?」


「はい?」


レオンはリプスに問いかける。


「なんでリプスはこっちに移動してきたんだ?」


話の流れに意味があってこっちに来たんだと思ったんだが……


この話題は終了したが、レオンにはそんな意味をみいだせなかった。


「それは……こちらが空いてましたので、私がこうしたかったからです♪」


そう言うとレオンの股の間で横乗りをしていたリプスが、背中に手を回し、ギュウウウウっと抱きしめてきた。


「オイ!?」


「ああああ……この姿になれて本当に、本当に私は幸せです」


抗議を無視してリプスはレオンの胸に頭をグリグリと押し付ける。

美しい髪がレオンのコートに擦れるたびに、フワッと、とてつもなくいい香りが嗅覚を刺激する……


だから……なんで元神剣のくせに、こんな女性の魅力全開なんだよ!!


どう対処するべきがレオンが悩んでいると、


「ああああ!!!」


さっきまで遊んでいたイヴが大声を上げる。


「どうした!?」


「リプスずるい! そこボクの席だもん!!」


「あら? イヴはそこがお気に入りなんですよね? でしたら空いているんですし、私がここに……」


そう言ってリプスは再びレオンを抱きしめる。


お? もしかしてイヴをこっちに戻すために一芝居うってくれたのか?

流石リプス!


そう思い、胸元のリプスに視線を落としてみる。



――――違うようだ。



そこには頬を赤く染め、瞳を少しうるませながら、

まさしく……”至福”そんな表情でウットリとするリプスがいた。



「む~~~! だめぇ!!」


イヴは言い放つと、


トウッ!


そんな感じでアロクネロスの角から飛び上がり、まるでプールに飛び込むかのようにレオン達の間をめがけてダイブ……

ものの見事に頭からレオンとリプスの間に突き刺さった。


更にそこからバタバタと足を動かすので、蹴り飛ばされ無いようにかわしながら二人は抗議の声を上げる。


「こら! イヴ!! やめ……あぶね! オイ!!」

「キャ! イヴ!!?? ちょっと……そこは!!!」


リプスの反応がおかしいと思い見てみると、もみくちゃに動いているイヴの手がリプスの胸元にかかり、さらに暴れるので、こぼれ落ちそうになっている……


レオンはとっさに目を逸らしはしたが……


「きゃあ!」


リプスの声を聞き、耐えきれなかったんだな……と悟った。





「だ~~~~~~!!!! 二人とも頼むから普通に乗っててくれ!!!!!!」





叫び声は今もまだ変わることのない深い森林の中にこだまする。


規格外のスピードで走る馬の上で行われる、規格外三人のじゃれ合い……

レオン達は無事にこの森林を抜けられるのだろうか……

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