第5話 王子の想い……

「エメリナから説明を受けていなかったのか?」


王子はレオンの問いかけに驚いているようだ。


「ああ……俺達の顔を見た途端、……だったからな。それにうちのリプスが怒って……後はまぁそんな感じだ」


「…………」


王子の無言の視線がエメリナに突き刺さる。


「……申し訳ありませんでした」


そんな王子の視線を受けて、エメリナがバツが悪そうに小さくなった。


「はぁ……道理で話がこじれるはずだ……」


王子はこめかみに手をやり、頭が痛そうな素振りを見せる。


「説明しよう……」


そう言うと、王子はこの御一行がこんな場所にいる意味を話し始めた。



「結論から言うと、僕達はこの一帯をねぐらにし、村や街、商隊……さらには他国への献上品、他国からの献上品……そんな物を狙って暴れまわる”賊”を討伐するためにやってきた」


王子の表情は険しい。


もしかして……あいつらか??

大量の略奪品に中には献上品と言う言葉に当てはまりそうな物も数多くあった。



「賊か……ということは、俺達は賊に間違われたってことか?」


「いいや……レオン達と最初に遭遇した者も、”賊”と判断しての対処は行ってはいない。 その証拠に包囲のみだったろ? 賊とみなしていた場合、即捕縛、それが難しい場合、生死を問わず無力化するように命令していた……この辺りには賊が潜んでいるだろうという情報は広く知られてはいたからね。一般の者はまず立ち入らないんだ……そんな場所での遭遇だ。レオン達の風貌から賊とは判断してはいないが、そのと言う可能性もある……レオン達が大人しくしてくれていてよかった。流石に抵抗されては、兵士達も僕が来るまでの間、黙っているというわけにもいかなかっただろうからね……」


「そういうことか……」


一般の者が立ち入らない特別な場所のの意味がだいぶ違ったな……


「で? 疑いは晴れてるのか?」


「ああ。 僕は問題ないと思っているよ。仮に関係者なら大人しく包囲されているはずがない。それに……わざわざエメリナと一悶着起こそうなんて……そんなリスクを自ら抱える者などいないだろう……もし、レオン達が関係者で、こうなることを狙ってやったんだとしたら、僕の負けでいい」


王子は両手を広げておどけて見せた。


この感じで行くと、リプスとエメリナの仲裁をした後、報告を受けた段階で既に見切ってたってことか……

王子……頭までキレるのか。

ただ、そうなると気になることがでてきたな。


「知らないうちにかけられた疑いだったが、晴れていたならよかったよ。だが、それにしてもたかが賊の討伐に、近衛兵に留まらず、王子まで同行するってのはえらく景気がいいな? そんな奴ら討伐隊でも組めば済む話じゃないのか?」



あれ? どうした?? なんで全員がそんな微妙な表情にかわるんだ?



「勿論討伐隊は何度も組まれはしたんだが……全て返り討ちにあったよ……」


王子はそう呟いた。


「嘘だろ? いや、村や街を襲うって言ってたか……献上品なんかを運ぶ場合、護衛も勿論いるよな……? それでも防げないんだから……ありえるのか」


「レオンの考えた通りだ。賊を構成する有象無象は特に問題はない。昔はそんな者達だけの集まりだったから、イタチごっこではあったが、目立ってくれば討伐隊を送り込み壊滅させる。時間の流れでまた新たなそんな連中が集まってくる、壊滅させる……そういうことを繰り返して、治安は守られてはいたんだが……が賊に成り下がってからというもの……」



「ルーウィン様……」


王子の話の続きをエメリナが遮った。

エメリナは首を横に振っている。

どうやらその先は話すな……そう言っているのだろう。


「構わないさ……そんな体裁に拘っているからこんな有様なんだろう……」


王子はそんなエメリナの静止を聞かず、レオン達に話を続ける。


「この一帯を牛耳っている男は、僕の兄……第一王子ドルハイトの近衛隊長を任されていた男だ……」


「は? なんだって? なんでまたそんな身分の奴が賊なんかに?」


思いもよらぬ展開にレオンは思わず声を上げる。


「あの男はそれは強かったよ……強靭な肉体を武器に圧倒的な腕力で相手を蹂躙する……そんな男さ。その強さに焦点を置いて、周囲の反対を押し切り、兄さんが半ば強引に近衛隊長に置いていたんだが……破壊的欲求と言うんだろうか……そう言ったものは異常なほど強かった気がする。現国王……僕の父は数年前から病に伏せっていてね……対外的な対応などを主に行っているのは、第一王子のドルハイトなんだが……」



なんだ? なんだ?? なんか込み入った話になってきてないか?

俺と王子は今会ったばかりの関係だぞ……

恐らくここから続くと思われる内政的な話を、こんな何者かも知れない俺に話していいのか?


多分だがエメリナもそう言う意味もあって話を止めようとしたんじゃないのか?

それに、そんな話を聞いてしまうと余計な面倒ごとに巻き込まれかねない……



「ちょっと待った……」


「どうした?」


「いや……そんな話俺にしてしまっていいのか? 俺はなぜ王子達がここにいたのか? ってことがわかればそれでいいんだが……」


そんなレオンの言葉に王子は驚いた様な表情をする。


「確かに……なんで僕はこんなことを今日会ったばかりのレオンに……」


どうやら王子自身、自然にそんな話をレオンに打ち明けていたことに気が付いていなかったようだ。


「あまりにもうちの国と関係なさすぎるからか……? あ……いや、悪い意味で言っているんではないんだ。どうも最近腹の内の探り合い……そんなことばかりやっていてね……どうやら僕も知らないうちに弱っているのか……」


この王子の自分を再認識したような驚きの表情とは対照的に、エメリナからはまさに”悲痛”そんな表情が読み取れた……


「そうだな……すまなかった。正直僕が口走りそうになったことには、レオン達にするべき物では無い物も含まれていた」


そう話す王子の表情からはもう何も読み解くことができない。

聞いてやるべきだったんだろうか……?


いや、でもな――


「まぁ……つまり、討伐隊は幾度となく組まれてはいた。しかし、ことごとく討伐隊は返り討ちにあい、その原因は兄の近衛隊長の影響によるものだったわけだ。内輪で色々とあってね……おかしいとは思ってはいたんだが、僕が確信にたどり着くまでに時間がかかってしまった。そして今……その賊を討伐するために僕達がここにいる……そういうことになるかな」


王子の言葉を聞き、


”対策を打たないもしくは対策を打てない”


リリスの言葉を思い出した。


どうやら近衛隊長って所がこの問題の核心ってことか……



「なるほどな……色んな理由があるんだろうな……でも王子が来てるってことは、国としてこの問題に取り組むってことなんだろ?」



王子に近衛兵まで送り込んでるんだから、きっと重要な案件として認識したってことだよな?

そしてこれは勘でしかないが、この王子が追っている賊は、俺達がぶっ潰した奴らのことだろう……

ここまで大問題になったと思われる要因はつぶしたわけだし、国も動いている。

そうなれば、もうあんな地獄のような光景は起きにくくなるはずだ。


「フッ……そうであればどれだけいいことだろうか……」


そう呟く王子の表情からは暗い影が見えた。


「ん?」


今かなり聞き捨てならないことを言わなかったか?


王子は顔を上げ、


「僕達は独断でここに来ているのさ……国として動いていない。第三王子なんて言うお飾りの僕が独断で動かせる兵なんて、近衛兵だけだからね……勿論、隊の実力は認めているが……そして、兄達うえの目をかいくぐって動かせる人数なんて、ここにいる者達くらいなんだ……」


やはりそう告げる王子の表情は暗い。

この国……いや、この場合王室だろうか。

どうやら色々な問題を抱えているようだな。



「つまり、この問題に王子は動いているが、国としてはいまだ放置ってのが基本方針ってことなのか?」


「そう……思ってもらって……かまわない……」


王子は声を絞り出している。余程悔しいのだろう。



「クソだな」



思わず思ったままを口に出してしまった。

いや……でも仕方ないだろ。

あんな地獄を目の当たりにして、この国としては放置だなんて聞かされればな……

クソ以外の何物でもない。

悪いが俺は自分の信念に基づいて、とても我慢できそうにない。



王子は少し目を丸くしたが、


「ああ……本当だな……レオンの言うとおりだ。何が王子だ……”第三”なんて本当に飾りでしかない……僕にもっと力があれば……」


そういって王子はがっくりと肩を落とした。



王子ルーウィンは……まともなんだろう。

だが、国が完全に腐敗しているのは明白だ。


なんだろうな……



俺にもっと力があれば――――



自分に重なってしまった。



「ルーウィン様……そろそろ……」


エメリナがそんな王子の様子を見かねて声をかける。


「ああ……そうだな……レオン、驚かせた上にこんな話までしてしまってすまなかったな。まだ賊を追っているんだ。この辺りにしようか……」


「あ、ああ……」


切り替えが早いというか……

もう王子からは先程のような表情は見えなくなっていた。


「レオン達はこの辺りで不審な者達を見なかったか?」


さて……


なんて答えてやるべきなんだろうな。


もう討伐したぞ。


こう答えてやりたい気もするが……

そんな討伐隊や護衛を返り討ちにするような連中を俺達三人で片付けたとなるとな……


それに、村や街が襲われっぱなしってのも気になりはする……

そっちがなんで対応してないのかは王子からは聞けなかったし、野盗が野放しになっている原因は俺が探ると、あの遺体達に誓ったからな。


王子……悪いが、嘘をつくぞ。


「いいや……幸いにもそんな者には会ってはいないな」


「そうか、いや……それもそうだな。奴らに遭遇してしまっていては……」


王子は納得しているようだ。


「最後に一ついいだろうか?」


「なんだ?」


王子の視線がレオンの後方や、リプス、イヴへと視線が移る。


「レオンのその背中には本来武器が刺さっているんじゃないのか? どうしたんだ? それに……二人も武器のような物は見受けられない……二人は魔導師マジックキャスターなのか?」


「う……」


レオンは自分の背中に目を向ける。


そうだよな……そりゃこんなでかいホルスターを背負ってんだから目立つよな……


「ああ……まぁそうなんだが、色々あってな……気になるか?」


「先程も言ったが、ここは賊と遭遇する確率がかなり高い。そういった意味で、危険な場所だ。勿論、野生動物やモンスターなどとの遭遇もある。何かの理由で武器がなく、そう言った物への対抗手段がないのであれば……案件が片付いてからにはなるが……同行してくれれば安全な場所まで送り届けるが?」



心配してくれてるんだな。

ほんとつくづく王子だな……



「それなら気にしなくて大丈夫だ。自分達で対処できる。たしかにちょと訳ありで武器は無いが、リプスは魔法をつかえるから問題ない」


「そうか……君が魔導師マジックキャスターだったんだな。では……イヴだったね? 君は??」


王子はイヴに問いかける。



「ボク? ボクはレオン様の武器だよ?」



ブッッ!!



思わず噴き出した。


「ん? どうしたんだレオン??」


王子が不思議そうにレオンを見る。


リプスにしろイヴにしろ……

本当に俺を安心させてはくれないな……


「い……いやぁ……それはだな……」


なんと言って誤魔化そうか……レオンが頭をフル回転しているのをよそに、王子はイヴとの会話を進める。


「それは、イヴがレオンのとして、御供しているという意味かな?」


「ううん! ボクはレオン様のだよ!」



おーーい! おーーい!!!



レオンは心の中で大声を上げる。



「銃? 銃か――――」 


そんなイヴの言葉を、王子は真正面から受け止める。


「魔法が主流になって以降、銃と言う武器はあまり使われなくなったんだが、愛用するものは少なからずいるとは聞くな。そして、今も尚残っている銃は、驚くほどに強力だとか……なるほど……レオンの銃か!」


なぜか王子は満足そうだ。

イヴの全身をもう一度確認すると、


「うん、外交に出た際、獣人には何度かあったことがあるが、いままで会った獣人の中でもイヴ……君のその重心の置き方、しなやかな筋肉……素晴らしいね。さぞ俊敏に動けることだろう。……うん! 素晴らしい例えだと思うよ」



どうやら王子はイヴの武器……銃という表現を、例え話だと勝手に解釈してくれたようだ。


よかった……下手にフォロー入れなくて……


安堵の溜息をもらすレオンのコートの袖をクイクイと引っ張り、イヴが小声で話しかけてくる。


「ね~ね~レオン様? ボクはレオン様の銃だよ? 例えってなぁに??」


「後で教えてやるから……とりあえず今はありがとう! って王子にうなずいとけ……」


「分かった!」


そう言うとイヴは王子に向かって


「ありがとう!」


と大きくうなずき、そんなイヴを見た王子は自然と笑顔になった。







「では、気をつけてな。 君達の旅の先に輝かしい物が待っていることを願っているよ」


「ああ、ありがとう。王子も、賊の問題……いい方向に向かうといいな」


レオンと王子はお互いに声を掛け合う。


賊自体はいなくなっているんだ……

いい方向に向かってくれる可能性はあるはずだ。


レオンは自分にそう言い聞かせた。


「ああ……そうなるように努力していく」


「じゃあな……」


レオン達はそう告げると、再び勘を頼りに足を進めるのだった。














「不思議な者達だったな」


ルーウィンはレオン達が歩いて行った方向へと振り返り、エメリナにそう告げる。


賊を探すべく、ルーウィン達はレオン達とは逆方向へと歩みをすすめ、しばらく移動していた。


「ええ……あれほどの無礼者、私は一生忘れません……」


エメリナはやはり許してはいないようだ……


「まったく……恐れ入るよ……それにしても、気になるのはレオンだ……」


「どうかされましたか?」


「彼は只者では無い……彼から受けた印象は、僕の剣の師匠よりも更に上を行く、強者……そんな感じだった」


「そうでしょうか? 私にはさっぱり……」


「いや……あんなにもビリビリと感じただろ? むしろいつもならエメリナから警戒しろと教えて来るのに……どうした?」


しかし、そう告げた瞬間、ルーウィンは考える素振りを見せる。


「ルーウィン様?」


エメリナの呼びかけにもルーウィンは答えない。


「力の大きさと言うか……感じた物は”アレ”とは比べ物にならないが……エメリナが感じない力……」


しばらく考え込んでいた王子の視線がせわしく周囲を確認する。


「!? ここはあの気配を見失った場所の側じゃないのか!??」


「それは……ルーウィン様が隊列から離れられた時のことでしょうか?」


「ああ!」


「少しお待ちください……」


エメリナは地図を広げると、更に取り出した別のアイテムを使って確認する。


「そうですね……先ほどあの者達が立っていたあたりが、ルーウィン様と私が合流した地点に近いかと……」


「戻るぞ!」


「ああ! ルーウィン様!?」


ルーウィンはそう叫ぶと、もうかなり離れてしまったであろうレオン達を目指して駆けるのだった。

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