第4話 グレオルグ王国第三王子
「では、さっそくですまないが……もう一度最初から聞かせてもらおうか……」
王子の雰囲気はやはり気楽なものに変化した。
友人とまでは流石にいかないにしても、顔なじみの店員と客の会話……
そんな雰囲気だろうか?
「ああ……」
レオンもそんな雰囲気に合わせて、特に敬意は払わなかった。
しかし、その雰囲気に、やはり三人は思うことがあるようで、ヒクヒクと顔を引きつらせている……
「まず、改めて……僕の名前はルーウィン・ウィル・グランツだ。このグレオルグ王国の第三……なんていうお飾り王子をやっている。そして……僕の側近のエメリナだ」
王子に促されて、頭は下げたがその表情は相変わらずだ……
「すまないな……」
もう怒る気も失せたのだろう、王子はレオンにヤレヤレと言った視線を向けてきた。
「まぁお互い様だろう……」
左右からエメリナと大差のない表情を王子に向ける二人に少しばかり視線を移し、レオンも王子にそう返す。
「そして……君達を包囲していたのが、僕付きの近衛兵だ。いきなり危害を加えるような連中ではないと僕は信じているが、大丈夫だったか?」
なるほどな……
王子直属の近衛兵か……道理で無駄のない動きだったし、装備もあんな感じだったわけだ……
「ああ。驚きはしたが、特に手荒なマネはされていない。その認識で問題ないと思うぞ」
この返答に、王子は満足そうにうなずいた。
「俺達も名乗っとかないとな……俺はレオンだ。そしてこっちがリプス。で……イヴだ」
せめてイヴだけでも愛想よくさせようと、顎の下を指先で撫でてみる。
しかし、やはり王子のことが気に入らないようで、ジト目のような視線は変化がなかった。
だが、尻尾は正直だ――
嬉しさを隠そうともせずに、パタパタと音を立てながら感情を全力で表現する。
この一部始終を見ていた王子は、また笑いそうになるのをこらえて、そっとイヴから視線を外した。
「俺を含め全員、姓、名の区別はない。”レオン” ”リプス” ”イヴ”これが俺達のすべてだ」
「なるほど……」
王子は顎先を親指と人差し指で触りながら考える素振りを見せ、その表情は少し含みのあるものに変化した。
「では次だが……率直に聞こう。リプスに……イヴといったね。二人のその……僕に対する振舞の件だが……」
「ああ……それに関してはさっきも言ったが、すまなかった……王子に対してあの振舞は無いな」
「すまなかったで済む話では……!!」
「エメリナ……」
「はい……」
俺のすまないに反応したエメリナは王子の一言でまた鎮火していく。
「そういうことを言いたかったんじゃないんだ。僕自身、この王子なんて肩書を振りかざしてどうのこうのっていうは好きではなくてね。だから、僕自身としては特に気になりはしないんだが……王子というこの肩書の僕に対しても様をつけて呼ぶことが望ましいとする、レオン……君のその存在というものを教えてくれないだろうか?正直そのような存在が本当だとするならば、グレオルグ王国の王子として対応しなければならない」
そう告げた王子の視線は真剣だ。
人の上に立つ人間としての、”威厳”というか……
そんな物を感じることができた。
王子なんて肩書はどうでもいいと口では言っているが、要所要所でにじみ出る、このルーウィンと言う人間から発せられるオーラのような物は、紛れもなくレオンが想像する、真っ当な方の王子その物である。
多分年齢は俺と変わらないと思うが……できた奴だな……
レオンは素直にそんなことを思って感心した。
さて……どうする?
正直に答えるという選択肢は無い。
となるとだ、王子よりも上の存在となると……国王とかそんな所だよな?
無理だろ――
どの国の王だって話になるし。
しかも国王の名前となると、この王子であれば全ての国の物を把握してそうだ……
嘘をつく……のは正直不可能だろう。
王子は考え込むレオンの返答を待っている。
リプスとイヴがちょっとおかしい……
この返答ならばもしかしたら……とは思うが、二人のことを、たとえこの場しのぎだとしても、そんな風には口が裂けても言いたくは無い。
こうするより他はない……
レオンはこの場での方針を固めた。
「王子……その問いかけには
レオンがまじめな表情をとったからだろう、王子は一言一句聞き逃さないように聞き耳を立てている。
「だが……その問いかけに答えてやることはできない。王子側にたとえどう受け取られても……だ」
そう……本当のことは言えない。
しかし、この王子の様子に嘘はつきたくない……
ならば俺がとる行動は一つ。
伝えられないと言うことを嘘偽りなく伝えるということ……
アレアの時とは少し違うが、やはり、真っ直ぐ向かってくる相手には、それに相応しい返答をするべきだ。
後は王子側に任せよう。
仮にここで相反したとしても、それは仕方のないこと。
俺のことを思うあまりにとった二人を責めるつもりもないし、王子側にだって勿論立場がある。
そして、俺達のとった態度はその立場をコケにする行為ではある――――
レオンは王子の視線から目を逸らさない。
そして王子側もそんなレオンの視線を真正面から受け止め、しばらく無言で見つめ合っていた。
すると王子は視線を外し、リプス、イヴと順番に視線を合わせていく――――
「誤魔化しはしないんだな……」
そう呟いた王子の表情はどこかすがすがしかった。
「いいだろう……これ以上そこには追及しないでおく」
「ルーウィン様!?」
王子の決定にエメリナは相当驚いているようだ。
「こんな行いを許しては……示しが付きません……」
……もっともだな。
こんなことを御咎め無しにしていると、確かに秩序は乱れまくるだろう……
「この場にいる者以外で、レオン達の振舞を見たものは?」
「そ……それは……おりませんが……」
王子が言いたいことに感付いたであろうエメリナの語尾が、どんどん小さくなっていく。
「そうか、それは朗報だな。ならば、ここにいる者達が目をつぶれば問題ないな?すまないが、ここで彼らと遭遇したと言う事実はなかった! いいかな?」
エメリナへの確認を飛び越え、周囲の近衛兵達に王子が問いかける。
すると、
「私共はルーウィン様に決定に従います」
二つ返事で近衛兵達からそんな言葉が返ってきた。
そして表情だが、嫌々従わされている……
そんな表情を取るものはいないように見えた。
「よし、これでこの問題は片付いたぞ? エメリナ」
にこやかな笑顔をエメリナに向ける王子。
エメリナは苦虫を噛み潰したような表情を王子に向けてはいたのだが、しばらくすると諦めたようで、大きなため息をついた後に、
「貴様ら……ルーウィン様の懐の広さに助けられたな……だが次はないぞ……」
そう言い放つと、ついにエメリナからレオン達への敵意というものが完全に抜け落ちたのが分かった。
そんなエメリナをみて、王子は満足そうにうなずく。
そして王子はレオン達の方をみると、真剣な表情で
「レオン……だが、これはあくまでもこの場に僕達しかいなかったからできる行為だ。他の者が見ていてはこうはいかない。それはしっかりと理解してもらいたい」
そう付け足した。
「ああ……それは心得ておく。何者かも名乗れない俺達に対するこの行為……エメリナっていったな? あんたが言うように懐の広い王子だと認めるよ」
その言葉に、エメリナはわかればいい……
そんなぶっきらぼうな態度をレオンに向けた。
「二人とも……そういうことだ。だから、王子達にそういう態度を取るのはもうやめろ。いいな?」
「レオン様の御心のままに」
「うん! わかった!!」
王子達と打ち解けたため、二人もこの言葉を素直に受け入れてくれたようだ。
レオンは安堵の溜息を心の中でついた。
「やはり綺麗な女性達には睨まれるよりも、そういう表情を見せてもらえた方が男冥利につきると言うものだね」
素のリプス、イヴの表情を見た王子は、そんなことをさらりと言ってのける……
しかし、そんな浮ついた台詞を放っても、この王子の場合鼻につかないのだから、普段から言い慣れているのか、はたまた天然でそんなことをサラリと言ってのける性格なのか……
台詞の向いた先……
二人の反応は全くの無だ。
恥ずかしがるでもなく、嫌そうな顔をするでもなく……まったくの無……
仮に話のきっかけにしようとしていたり、もしくは口説こうと意識してのさっきの台詞だった場合……
こんな何も無かったことにされてしまうと多分俺なら心が折れる……
しかし、王子は全く気にするそぶりはない。
狙って言ったわけではなく、ただ思ったことを口に出している可能性が高い。
ということは……天然か――
容姿端麗、威厳を兼ね備えた王子で?
口からサラサラと女性を褒める言葉を天然で発する……
主人公か?
こんな完璧超人って存在するんだな。
異世界だからか?
いや……関係ないか……
「まだ聞いてみたいことがあるのだが、かまわないか?」
くだらないことを考え出していたレオンの思考を、王子の言葉が遮る。
「ああ、かまわない」
「訪れた国で、人々の生活や文化を見て回りたいと言っていたが、何か最終的な目的でもあるのか?」
「最終的な目的……か」
――俺はこの世界を見てどうしたいんだ?
元の世界で”世界を見てくる”って言えば、最終的にその経験を生かして就職なり起業するなりってイメージがあるが……
もしくは俗に言う”自分探し”ってやつか……
どれも違うな……
それはあくまでも同一世界でのことであって、異世界にいって世界を見たいというこの思いは……興味以外の何物でもないしな……
「考えてないな……この世界を隅々まで見てみたい。そういう欲求だと思ってくれ……」
レオンの言葉になぜか王子は驚く。
「素晴らしいな……そういう欲求にしたがって素直に動けるというのは……僕もそんな風に振舞うことができれば……」
王子はどこか遠い目をする。
そんな王子の様子にエメリナは思うことがあるのだろう。
すこし複雑な表情が読み解けた。
「もうどこか見てきたのか?」
「いいや……まず最初の第一歩がここからになるはずだ」
「そうか……最初が ”
なぜか王子の表情は曇っている。
「先に国の代表として謝っておく……すまない」
「どういうことだ?」
「…………すまない。これ以上は……自分達で感じてくれ……」
それ以上語る気はない……そんな意志が王子から明確に伝わってくる。
「ルーウィン様……」
エメリナは悔しそうに唇をかみしめていた。
俺だって踏み込んでくるなと言って、それを飲んでもらっているんだ……
こんな表情をする王子達から聞き出すというのは違うだろう……
「そうか……まぁよくわからないが受け取っておく」
「ああ……」
さっきまでの王子とは別人のような覇気のない返事にレオンは少々戸惑いを隠せなかった。
「こっちからも聞いてみたいことがあるんだが構わないか?」
恐らく、放っておいてもこの雰囲気が変わりそうにないので、話題を変えようとレオンは気になっていたことを聞いてみることにした。
「ん? なんだ?」
今度はレオンが王子の思考を遮ったため、気を取り直した王子の声はさっきまでの覇気のある物に戻っている。
「なんでこんな深い森林の真っただ中で、王子に側近……そして王子付きの近衛兵御一行様がいたんだ? ここはそんなに特別な場所なのか? もしそうであるならばすまないな。道に迷ってたからそんな場所だと気が付かなくてな……」
レオンは、この取り囲まれた真意を知るべく、王子に問いかけるのだった。
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