第2話 凍り付いた刻

ルーウィンの声を聞き、エメリナが我に返ったような表情をする。

そして、さっきまでいがみ合っていたリプスを放置し、即座にルーウィンの後方に移動すると、跪き、頭を下げた。


「エメリナ……あのうるさい連中のいる城でならまだしも、そんなことはしなくてもいいと常日頃から言っているはずだが?」


「申し訳ありませんがその御命令だけは聞くことはできません。ルーウィン様の威厳を落としかねない行為を自ら行うなど……」


顔をあげ、ルーウィンに向かってそれだけ告げると、エメリナは再び頭を下げてしまった。


「ヤレヤレ……まったく……」


どうやらルーウィンはエメリナに言い聞かせることをあきらめたようである―――


このエメリナと言うダークエルフの態度。

そして跪きまではしていないが、俺達への警戒を続けながら尊敬の念を送る周りの兵士たちの視線。

立派なフルプレートに身を包んではいるが、その身のこなしは身軽に見える。

とてつもない筋力の持ち主なのか……

それともそういう効果があるフルプレートなのか……


なるほど……


「あんたが……ルーウィン……なんだっけ?ルーウィン……ボン……ゲレンデ王子だっけ??」


あれ?

……マジで忘れたぞ。



「貴ッ様~~~~ッッッ!!!!!」



眉間に深いシワを寄せながら、ギリギリと奥歯を噛みしめ、ダガーを抜いたエメリナがレオンへの殺気をMAXにしてにらみつけている。

恐らくこの視線だけで小動物ぐらいなら即死に追い込むことは可能かもしれない……



こええわ……



それに伴い、周りの兵士達の表情もかなり険しいものへと変化している。


挑発するつもりなんて微塵もなかったんだがな……


しかし、周囲のこの様子から、ルーウィン言う人物は、周りに認められているタイプの王子だという事が伺える。


ダガーを構え、エメリナが踏み込もうとしたとき、



「僕はその辺りにしないかと言ったはずだが?」



静かな口調だったが、


”有無は言わせない”


そんな凄みのある声だった。



「も……申し訳ありません……」


エメリナの動きが即座に静止し、その場で再び跪いた。

だが、その表情は相変わらずでレオンを睨んだままだ……


「エメリナ!」


遂にエメリナの顔がうつむき、やっとのことでレオンはあの殺気MAXの視線から解放された。



共鳴の雫レゾ・リンゼルを使ったものは?」


「は! 自分であります」


「すまないが状況の説明を……」


なんだ? あのアイテムの名前なのか?

俺達と最初にあった男のうちの一人が、ダークエルフに話したことと同じ内容を王子に報告しているようだ。



「なるほど……よい判断だった」


王子が兵士の労をねぎらうように手を挙げると、兵士は頭を下げ、元の位置へと戻った。

そしてレオンの方を向き、またもや無警戒で歩み寄ってくる。



「僕は、グレオルグ王国第三王子ルーウィン・ウィル・グランツという。という飾りみたいな存在ではあるが……一応この国の王子だ。僕の名前を知らないということと……」


ルーウィンは僅かに視線を反らし、レオンの左右を見た。


「……この国の者じゃないな? こんな場所で何をしていた? 教えてもらえるとありがたい。この者達が”こういう”態度をとっている意味がこちらにもあるものでね」


そう言うと、王子はいまだ警戒を解こうとしない周辺の兵士達へ視線を向けた。



確かにな……

不審者に対する職務質問にしてもこれは異常だ。

抵抗なんてしていないし、受け答えを間違った……どころか質問すらされていないからな。


つまりは、こいつも言っているようにそれだけの理由があると……

ではその理由はなんだ?

俺達を取り囲んで逃がさないようにしていた所から見て、この兵士達では判断がつかなかったと言うのが思い当たる。

上の指示……つまりは王子の指示を仰ぎたかったわけだ。

では……なんの判断がつかなかったのか?

そういえば、こいつ、さらには俺達と最初にあった男達も”こんな場所”と言っていたな……

と言うことは”ここ”に俺達がいるということが異質ってわけか?

一般人が本来いない場所と考えるとどうだ?


…………なるほどな。


そう考えればこいつらのこの警戒態勢にも説明がつくか……

ここがこいつらにとって”特別”な場所……なのかもしれない。

そこにノコノコと俺達三人が現れたと……



「どうした? 答えられないか?」



考え込むレオンの様子をみて、王子がすこし眉をひそめた。


「いや……そんなことはないんだが……」


何も返事をしないというのはよくないと思い、とっさに口は開いたが……

さて……どうしたものか。



問. 何をしていたか?


答. 異次元から帰ってきました。



うん……だめだ。

となると……なにかもっともらしい答えを考えなければ……



――――――――――。



思い浮かばない。


特別な場所に入れるそれっぽい理由……

その”特別”な理由がわかれば考えようがあるかもしれないが、情報がなさすぎる……

見ればダークエルフが何か手で合図を送り、それに伴って俺達を囲む兵士達の輪がジリジリと狭まってきている。



仕方ない……これだって嘘ではないぞ……



「道に迷ってしまってな……」


理由を告げたレオンの言葉を聞き、兵士達の動きが止まる。


「道に迷った……か……」


王子はレオンの目を見据えて少し考える素振りを見せ、


「ああ……」


レオンは少し肩をすくめて答えた。


まぁそうだろうさ……

案の定そんな答えをすぐに信じてくれるわけもなく、王子の視線は疑いの色がより濃くなる。


「道に迷ったということは、目的地があるわけだ……どこに行こうとしていたのか、教えてもらえるか……?」


そうくるよな……

正直想定していた質問だ。

これを言われてしまうと受け答えとしては”詰み”だ。

とは言え、以外で選べそうな返答はなかった。



腹をくくるか――



「明確な場所は決めていなかった。とりあえず人が住んでいる場所を探して歩いていたら、ここであんたらに出くわしたってことさ」


「明確な場所を決めていない……」


どうやらレオンの方から疑いが強まるであろう言葉を発したのが意外だったようだ。

王子の疑惑の視線の方向が少し変化した……ように感じた。



「では、人が住んでいる場所にいって何をしたかった?」


「俺達の目的はこの世界を見て回ることなんでね。訪れた国で人々の生活や文化を見て回りたいってことさ」


「放浪者……つまりはそういう存在だと?」


「そう捉えてくれて構わない」


この答えに王子は再び考え込む。


「なるほど……ここにいた理由は……まぁいいだろう。次に出身国と名前を教えてくれないか?」


出身国と来たか……


アレアから一応、国の名前は聞いてはいるが、下手なことは言うもんじゃないな……

もしかしたら敵対国かもしれないのだから、適当に出身国を告げると取り返しがつかないかもしれない……


にごす……しかないか。


「すまないな……出身国は明かせない。こちらにも理由があってな。何でもかんでも答えてやるわけにもいかないんだ。それと名前だったな。レオンだ」


「出身国は明かせない……と。レオンというのは姓名どちらかな? できればフルネームを教えてほしいんだが?」


「レオンだ。レオン以外に名前はない」


俺のこの返答に、ずっとワナワナと震えていたダークエルフが爆発した。


「レオンといったな! 貴様……ルーウィン様がと分かっても尚その態度……この、グレオルグ王国……そしてルーウィン様への侮辱と捉えて構わないな!!そして、その返答内容……何者なのか名乗らないのならばそれでいい。こちらとしてもあとくされがなく始末できる。放浪者レオンゴミクズとして死ね!」



おい……踏み込んでくるな……死ぬぞ……

恐らく俺以外気が付いていないだろうが、リプスとイヴの準備はできている。

あと一歩踏み込んでくれば、ダークエルフにもう未来はない……



そして――

悪いが先程と違って俺はもうそれを止める理由を持ち合わせてはいない。



しかし、そんな未来を変えたのは王子の剣だった。

すさまじい速さでさやごと引き抜かれた剣は、エメリナの進路を遮る形で地面に突き立てられる。


すでにスピードに乗り切ってしまっていたエメリナはなすすべなく、王子の見事な剣の腹の部分に衝突し、はじき返されてしまった。


「ツァ!!」


エメリナから苦痛の声が上がる。


まぁあんな速度でぶつかればな……

そりゃ痛いだろう……



「エメリナ……僕に対する忠誠心……うれしい限りだ。だがいかんせん、その忠誠心が強すぎて周りが見えない場合が多すぎる。――その辺りにしないか?」



ビリビリと空気が張り詰めるのがわかる。

この王子……格好だけの軟弱王子じゃないな。

俺は王子という言葉に勝手に抱いていた”軟弱者”というレッテルをそっと自分の中ではがしておいた。



そして、エメリナは今度こそ我に返ったようだ。


「出過ぎた真似を……申し訳ありませんでした」


そう告げると完全に毒を抜かれたエメリナの表情はしおらしいものに変わり、王子の側に跪く。



「すまないな……レオン」


意外だな……


こいつ王子のくせに俺みたいな素性の分からない奴に謝るのか?

話が分かるタイプの奴か?


「…………いいや、きにして」

「…………様をつけてください」


そう思い、話を進めてみようと思ったレオンの返答にリプスがかぶせてきた……



「同時にしゃべられては聞き取るのは難しいな……」


少し困り気味の王子に対して、レオンが止める間もなく



「レオンです。まず、をつけてください。そして、レオン様に行った無礼の数々。”すまない”の一言で終わらせられると考えられているんでしょうか?ルーウィンと言いましたね。あなたの頭もそこのダークエルフからっぽと同程度ですか?」



100人いれば100人が同じ内容を理解できる程、気持ちのいいくらい通った美しい声と活舌で、リプスが王子に言い放った。



さらにレオンの腕の中では、それに合わせてイヴが


グルルルル……


そんな低い唸り声をあげ、王子に敵意をむき出しにしている。



王子を含むあちら側の人物すべての刻が凍り付いた。



終わった……



どうやらレオンは、このグレオルグ王国と言う国との良好な関係をあきらめなければならないようだ……

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