第二章

第1話 白と黒の衝突

レオン達がリリスの店からルクスに戻ると、

あの幻想的だった空は既になかった―――


「あ~あ、結局夜明けの絶景見逃したな……」


「残念です」

「うん……」


レオンに習って二人も残念そうな態度をとる。


「まぁ夜明けに関してはこれから毎日見る機会はあるか……」


そう思いながらレオンはあたりの様子を伺った。

しかし、何かひっかかる……

濃い緑の香りが立ち込める、綺麗で、すがすがしい空気だ。

小鳥のさえずりも聞こえてくる。


不穏な雰囲気と言うわけではない……

何がひっかかるのか?


リリスの店ではなんだかんだあって結局長居したため、丸一日程あの店で過ごしていた。

翌日にここに戻ってきた……

そう考えるのが自然……だと思うのだが――

レオンの脳裏にリリスの店に初めて訪れた時の出来事がよぎる。


2時間くらいたったと思ってたのに、店を出たら10分しか経ってなかったんだよな……

もしかしたら……リリスのいるあの空間は、通常の時間の流れから逸脱しているんじゃないだろうか?

となると……

ルクスを離脱してからそんなに時間がたってない可能性もあるのか――


レオンがそんなことを考えていると、



「なんだお前達は!!」



背後にあった茂みの向こうから突如男が一人現れた。



またか……

気配が読みずらいったらありゃしない……



「お前……呼ばわりですか……」


リプスの背後からザワザワと不穏な空気が溢れ出した。


俺を”お前”よばわりされたことに怒ってんのか……

何とか慣れなせないと、先が思いやられるな……


そんなことを思いながらレオンは男へと視線を向けた。


男の服装……と言うか装備は、あの野盗達とは大きく異なった。

ハーフプレートと表現するのだろう。

フルプレートよりも体を覆う部分が少ない分、軽量で、尚且つ使う素材も少ないので量産に向いている……そのような印象を受けた。


しかし、丁寧な細工が施されている所を見ると、量産品とは少し違うのかもしれない。


「あれは……」


レオンの目はその装備のある一カ所で止まった。


「どうした! なにがあった!?」


すると、その両脇から同じ装備をした二人が飛び出し、


「こんな場所に!?」


「おい! すぐに本隊へ!!」


「わかった!!」


男達のうちの2人が、レオン達への警戒を続ける中、すぐさまもう一人が何かのアイテムを取り出し発動させる。


パリンッ!


ガラスの弾けるような音を響かせてアイテムは消滅した。

間違いなく仲間を呼んだんだろう。

そして事が終わるとその3人目も加わり、レオン達への警戒をさらに強めた。



無駄のない動き……そう言う訓練を受けていることは明白だ。

兵士……そんな所だろうか?

同じ装備を身にまとっている所を見てもそう考えるのが自然だな。

そして、装備に手が込んであることを考えると、一般兵士よりも身分の高い者。

もしくは一般兵士よりも優れた兵士なのかもしれない。



男達は仲間を呼んだ後、間合いを詰めるわけでもなく、レオン達が逃げづらい陣形へとジリジリ変化していくだけで手を出してくる様子は一切ない。

レオン達をどういう対象として捉えているのかはわからないが、とりあえずいきなり切り殺そうとは思っていないらしい。


いざとなったらどうとでもなる……事の成り行きを見てみようとレオンが決めかけたその時、


「おじさん達、こんなことをやったのは今回が初めてですか?」


「なに? 初めて……なわけないだろう」


緊張感や含みなどが微塵もないイヴの子供の様な口調に、思わずそのうちの一人が答えてしまう。


「おい! 警戒を怠るな!!」


「すまない……つい」


すぐさま別の男が質問に答えた男を咎める。

男は気を取り直し、俺達への警戒を元に戻した。



おい……まさか……



「いっただっきま~す!!」



元気のいい宣言の後、イヴの身体の輪郭がブレる。


ガシィ!!


周囲にそんな音を響かせて、レオンは即座に男達を殺しにかかったイヴを後ろから抱きとめた。


「な!? なんだ!!」

「????」

「目が……」


普通に立っていたイヴが一瞬のうちにレオンに抱きしめられているので、男達はかなり驚いているようだ。


「レオン様? どうしたの??」


抱きしめられていることがよっぽどうれしいのだろう……

レオンの股の間に垂れ下がった尻尾が全力で左右に振られ、両内ももにバシバシと当たる……

見上げる顔も満面の笑みだ。


「この前教えたやつな……とりあえず忘れていいぞ。まぁ……すでに大分忘れてるみたいだが……」


確か俺は一番最初にを確認しろと教えたはずだ。


「わかった! 忘れる!!」


そう言うとイヴはそのままレオンの腕に頬ずりしながらじゃれだした。


「あ~……イヴ……ずるいです。私も……」


そう言いながら全く関係のないリプスがレオンを後ろから抱きしめてきた。


とりあえず、さっきまでの機嫌の悪さは落ち着いたようだ……が!

二人とも勘弁してくれ……恥ずかしい……



警戒を続けていた三人の男達は、このあまりの緊張感の無さに、お互いの顔を見合わせる。


しばらくして、男達の仲間と思われる同じ装備の兵士が、次々に現れては即座に状況を判断し、レオン達を包囲していく。



「なるほどね……」


「囲まれてしまいましたね……」

「ましたね~」


恐らく後から来た連中には、この状況に怯えた二人が俺に抱き着いている……

そう見えているのかもしれない。

いや……そう見えててくれ……

この状況で俺にじゃれついてたなんて……



「まぁこの連中の親玉が来るのを待ってんだろ……」


この言葉を待っていたかのように、俺達を包囲していたうちの一カ所が開けた。

そこから1人の女が姿を現した。



あれは……エルフ? いや……肌の色がリプスと違うからダークエルフってところか……



「こいつらは?」


女が包囲している男達に向かって問いかける。


「ハッ! 痕跡をたどっていた所、この場所にこの者達がおりました。場所が場所です。 普通の者達ならばこのような場所には足を踏み入れないだろうと考え、即座に報告の後、包囲を行っていた次第です」


「そうか……ご苦労」


ダークエルフの方が、包囲している連中よりも地位は上か……


レオンはそんな状況を見ながら、一つずつ整理していく。

ダークエルフはレオンを見ると、スタスタと無警戒で歩みを進めてきた。



ひざまずけ」



余りにも唐突過ぎて一瞬何を言われたかわからなかった。



「言葉が通じないのか? ひざまずけと言っている」



顎をしゃくり、レオン達を見下すような視線を向け、もう一度そう言い放つ。


「は?」


初対面の相手にそんな態度をとってはいけませんって習わなかったのか?

あれか……これがいわゆるって呼ばれる部類のやつか……

よく真顔でこんなことできるな……


レオンが逆に感心しかけていると、


「そちらが……そのおでこを地面に擦り付け……骨が擦り切れ、空っぽの中身が露出するくらい平伏したらいいのではないでしょうか?」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………



美しい笑顔のままなのだが、そんな地鳴りのような音が聞こえてきそうな……

ただならぬ雰囲気を漂わせ、レオンの後ろからリプスがダークエルフの前へと歩みを進める。


イヴは俺の腕をギュっと抱きしめてきた。

見れば耳と尻尾は力なく垂れさがっている。

このリプスの様子に俺もビビったけど……イヴもビビったんだな……


「今なんと……?」


「言葉が通じないのでしょうか? ひ・れ・ふ・せ……と申したのですが?」


そう言うとリプスはもう一歩踏み出し、ダークエルフとの距離はほぼ0になってしまった。



白と黒のエルフが……プライドなんだろうな……

お互いが一歩も引くことなく至近距離で睨み合っている。

あのダークエルフ……すごいな……

俺とイヴだったら、多分あの状態のリプスには、


”ごめんなさい”


と言う他に選択肢はないだろう……

気にくわない相手だったとしても、殺すという選択肢に行かないのは流石リプス……

多分俺の出方を見るという考えを、すでにくみ取ってくれているんだろう。


だよな?



「貴様ら……ただではすまさん……」


をつけて呼べたことは褒めてあげますが……間違っていますね。しっかりと、尊敬の念をもっておっしゃらなければ意味はありませんよ? それともダークエルフの頭ではそんなことも理解できないのですか?」


「コレだから……エルフは……」


見える……2人の目から火花がほとばしり、激しくぶつかっているのが……



「今からここは、グレオルグ王国第三王子ルーウィン・ウィル・グランツ様の御前になる! 無礼は許さない! 即刻ひざまずけ。これ以上はないぞ」


ついにしびれをきらしたダークエルフが武器に手をかける。


あれはダガーか?


……」


その言葉を聞いてリプスが少し考える素振りを見せた。


お? 引くのか?? 王子だからな! 俺なんてだし。

ここで引くのが間違いないぞ!


下手に割り込んで飛び火をくらいたくないレオンは、イヴを抱きしめたまま固唾をのむ。


「何を言い出すかと思えば……王子ですか? そんな存在が、レオン様にひざまずけなどと……冗談にしても面白くなさすぎて、逆に笑えますが、更に半周回って笑えませんね……」



あ……リプスがキレる。


流石に止めないとやばいと思ったその時、



「エメリナ!! その辺りにしないか!!!!」



さわやかだが、それでいてしっかりと力強い声が、周囲に響く。

その声の主に目を向けると、立派なフルプレートに身を包み、深紅のマントをひるがえしながらダークエルフに遅れる形で兵隊の後ろから現れた。


主人公――


それは、そんな表現が自然と思い浮かぶような青年だった。

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