第33話 はめられたレオン……
「よ~し、あと1つだね」
リリスは作業に没頭していたので、レオンは邪魔することなく隣でコーヒーを楽しんでいた。
「ふ………あ~~~~」
声のする方に目をやれば、イヴが犬の様に伸びをして目を覚ましたところだった。
「よく寝てたな」
「あ! レオン様おはよう!!」
イヴの寝起きは良いらしく、まるで太陽の様な笑顔をこちらに向けている。
「あのね! ボクね夢見てたの!!」
「ほぉ。 どんな夢だったんだ??」
「す~~~っごく柔らかくて、ふわふわで、いい匂いがするお菓子の夢!!」
「なるほど……」
イヴはキラキラと目を輝かせながら嬉しそうにレオンに報告する。
そんな報告を受け、レオンは思い当たる節があり、その対象へと目を向けた。
「ん……」
その対象もイヴの元気な声で目を覚ましたようだ。
「私眠ってしまっていたのですね……」
こちらはイヴとは対照的に静かな目覚めと言った感じだろうか。
「な!?」
しかし、そんな目覚めは自らの声で変化した。
「私の胸元が……粘性を持った液体でベトベトに……」
どうやらリプスは自分の胸元の有様に困惑している様子だ。
それもそうだろう……
誰だって目が覚めて自分の胸元が涎まみれになっていれば困惑する。
しかし……粘性を持った液体……なんともまぁ……な表現だな。
そんなリプスの様子をその惨事の犯人は指をくわえて不思議そうに見つめていた。
「え……? あの幸せな出来事は……夢だと思っておりましたが……まさか現実?」
そう言いながらレオンを見つめる視線は、熱を帯びていた。
「なんだ……? なにが現実なんだ?」
「ああ……そんな……レオン様。私の口からその様な……ですが、レオン様からの言いつけです」
しばらく内股になりながらモジモジしていたリプスは覚悟を決めたようにレオンを見据える……
これは――
「レオン様が……私の胸を……ていね……」
「その胸元の涎の原因は俺じゃないからな!!」
皆まで言わせず、即座に否定した。
そして、その胸元の原因がイヴの仕業だとわかったリプスは心底残念そうにしていた。
ごめんね? と謝るイヴに、やはり愛情は感じているのだろう。
”いいんですよ”
そう言いながら、リプスは優しくイヴの髪を撫でていた。
あ、そう言えばリリスに作ってもらったリング、二個はもう完成してるんだよな……
残りの一個もさっきまでの感じで行けばもうすぐ完成だろうし、先に二人に渡しておくか。
「リプス、イヴ」
レオンは声をかけ、カウンターの上に置かれていたリングを軽く投げ渡す。
二人はそれを受け取ると、不思議そうにリングを見つめている。
「リリスに頼んで作ってもらったんだ。俺の分ももうすぐできるだろうから、つけてみてくれ」
「ん~? これ何処に着ければいいのかな??」
どうやらイヴはリングの使用方法がわからないようだ。
「あ~……それはな……」
レオンがリングについて説明しようとした時、
「イヴ……イヴはレオン様のこと、大切ですよね?」
リプスによって遮られた。
「え? うん! と~~っても大切!!」
突如問いかけられたイヴは驚いた様子を見せたが、レオンに関する質問に気を取り直し、即座に返答している。
「そうね」
そんなイヴの返答にリプスは非常に満足そうだ。
「一生レオン様の御側にいますよね?」
「一生いる!!」
この即座の返答にも深く二度うなずき、満面の笑顔でイヴに返している。
なんなんだ?
「でき……」
ん? リリスがなんか言ったか?
そう思い俺が後ろに振り向こうとした時、とんでもない言葉を聞き、リプスの方へを首を向けなおす。
「そう……であれば、大切な殿方……私達の生涯の主人であるレオン様から指輪をいただけたんですから……私達二人が着ける場所は決まっているんですよ?」
「そうなの?」
おい……待て……なんか話がおかしくないか??
「イヴ……左手を出してくださいますか?」
「ん? はい!」
リプスの誘導になんの迷いもなく左手を差し出すイヴ。
「レオン様のいた世界では、愛する殿方から頂いた指輪はここにするものと決まっているの。左手の薬指……私達がレオン様の物であるという証……そして、レオン様も私達の主人であることの証明として、同じ場所に指輪をつけるものなの」
そう言いながらイヴの左手薬指に指輪をはめ込んだ。
「わー! ピッタリ!!」
イヴははめ込まれた指輪を見つめながら喜んでいる。
そりゃピッタリだろうさ……そう言うリングなんだから!!
「よく似合ってますよ」
にこやかにそんなことを言うリプスの左手薬指にも、いつの間にか既にしっかりとリングがはめ込まれていた……
どうすんだよコレ……
完全に勘違いされてるじゃないか……
レオンがこの現状をどうするか頭を悩ませていると、
「ほっほ~……」
リリスがそんな声をだした。
「どうした? リングできたのか?」
「ん~? あ~~……ごめん、ごめん! あと一工程忘れてた」
そう言うとリリスは再び魔法陣の上にリングを置き、作業を再開した。
視線を二人に戻すと、
”イヴ……二人でレオン様の御力になっていきましょうね”
だの
”リプスとならレオン様を半分こでもボク嬉ししいよ!”
など……
もう完全に修正不可能なほど二人の勘違いが出来上がりかけていた……
なんて言えばいいんだ。
いや……普通にそれは”言語理解”と”気配減少”の効果を持ったアイテムだって言えばそれまでか。
二人に悪い気もしないでもないが、それが事実だしな……
ちゃんと伝えないと……
そのためにもまず、俺は違う位置にリングをはめなければ……
「よし! 出来たよ!! ちょっと機能するか試しにはめてみるけど、レオン君さっき左手にはめてたよね?」
「ああ……そうだ」
「オッケー! じゃあちょっと失礼するよ」
リリスは返答も待たずに俺の左手をとる。
とりあえず完成したら、二人を止めて……
視線を二人に向けたままだったレオンの指にリングがはめ込まれる。
しかし、その感触が伝わってきたのは人差し指では無かった。
「デロデロデロデロデロデロデロデロデ~~デロロン♪」
リリスが何やら訳の分からない音楽を口ずさむ。
「ちょ!? 俺がはめ込んでた位置そこじゃないから!! それになんだよその不気味な音楽!」
リリスによって薬指にはめ込まれてしまったリングを慌てて抜こうとする。
しかし……先ほどとは違ってリングはビクともしなかった。
「は? なんで!!??」
力ずくで抜こうとしても変化はない。
「レオン君は呪われてしまった――」
そしてリリスが聞き捨てならない台詞を棒読みで口ずさむ。
「どういうことだ?」
レオンの問いかけに、リリスはニヤニヤと笑いだした。
「レオン君の国ではそんな風習があるんだね~。特別な美女からあんなにも熱烈に思われてるんだから、答えてあげるのが
なんて……爽やかなウインクをしやがるんだ……
「え? マジで??」
「
無表情のレオンと、満面の笑みのリリスはお互いに無言で見つめ合う。
「レオン様」
「レオン様~~!!」
そんなレオンの元に、満面の笑みで二人がやってきた。
「嗚呼!! レオン様。 やっぱり!!!」
「本当だ! リプスの言った通りだ! やっぱりレオン様もそう思ってくれてるんだね」
レオンの左手を見て、そのテンションは数倍にも膨れ上がり、ギュウギュウと二人でレオンに抱き着き、喜びあっている。
もうだめだ……
これは完全に修正する機会を失った。
ここまで持ち上がった二人にあの言葉をかけると、きっと想像を絶する奈落の底へと突き落とすような行為にも等しいのかもしれない。
こんなにも喜んでいる大切な二人にそんなことをするのは非常に酷だ。
それに、自分自身この状態が嫌なのかと言われると、嫌ではない……
しかし、これは……
リリスにはめられた……と言わざるおえない……
こいつ……完全に俺がどういう行動をとるかわかってやったな……
リリスは俺の視線に気付き、したり顔だ。
「二人の事……よろしくね? レオン君」
先程とは違う口調の念押しに、
「…………言われなくても」
レオンはリリスに白旗を上げた。
上機嫌な二人に左右から挟まれ、既に事の成り行きに身を任せたレオンは、
”レオン様……本当にうれしいです”
”ボクね~! 大事にするね!!”
そんなことを言いながらいまだにリングを見つめ続ける二人に相づちを返しながら、冷めかけたコーヒーを飲み、なんとか気持ちを穏やかにしようと努めていた。
そんなレオン達を、やわらかな笑顔で見つめているリリスに気が付いたので、まぁ……いいかと、思えるまでにそう時間はかからなかった。
気を取り直し雑談を続けるレオンの耳に、どこからか、キラキラと言った感じの美しい音色が聞こえてくる。
レオンに聞こえるくらいなので、もちろんイヴはとうの昔に気が付いていたようで、そちらの方向に耳を立ててジーッと見つめていた。
「ああ……案外早かったね」
レオン達の様子に気が付いたリリスは、音の正体に思い当たる節があるようで、
「ご苦労様」
そう言ってそちらに声をかける。
すると、手の平に乗ることが出来そうなほどの大きさの
”
そう表現するのが最も自然に思われる、透き通った羽を4枚持ち、美しい金髪の長い髪をサイドでまとめた可愛らしい妖精が姿を現した。
服装も淡い色が多く、可愛らしい印象は受けるのだが、以外にも肌の露出は多めだ……
しかし、腰にパレオの様な物を巻いているため、派手なイメージは抑えられている気がする。
少し恥ずかしそうにレオン達の方に視線を向けながら、はためかせるたびにキラキラと輝く音と、その音を表すように、
そして何やらヒソヒソとリリスに耳打ちしている。
「え? まだ整理する物無いかって?? 本当に整理するのが好きだね~。ん~……」
リリスは少し考える素振りをみせ、
「ごめんよ……生憎、今は君達にあげられる仕事は無さそうだね」
その言葉を聞き、妖精はションボリと肩を落とす。
少女趣味なんて持ち合わせていなかったはずのレオンだが、その姿を見て、人形を可愛いと言って遊ぶ女子達の気持ちが少しわかった気がした。
「ほら……落ち込まないの。そうだ! とっておきの花の蜜が手に入ったんだ。これをあげるからもっておいき。 皆で食べるんだよ?」
リリスは鞄からハチミツの様な液体の入った、なかなかに大きな瓶を取り出した。
昔駄菓子屋で飴なんかがいっぱいに詰め込まれていた瓶くらいの大きさである。
しかし、それいっぱいに液体が入ってるのだ。
重量を考えるとそんな物を渡されても、妖精の体格じゃ持って行けないのではないだろうか?
しかしそんな心配をよそに、妖精の表情はパッと明るくなる。
そして、リリスの周りを回ったように、瓶の周りをクルクルと飛行すると、液体が満載された瓶がリリスの手からフワリと浮き上がった。
リリスに頭を下げ、その後恥ずかしそうにレオン達にも手を振りながら、入ってきた扉の方に飛び去って行く。
そして妖精の後を追う様に、液体がいっぱいに入った大きな瓶もフワフワと飛び去って行った。
「驚いたかい?」
飛び去った後もそちらを見つめたままのレオンにリリスが声をかける。
「え? あ……ああ。本当に魔法ってのは俺が元の世界で持ってた常識ってのをことごとく裏切ってくれるなってな……」
「ん~……あの子のは魔法って言うよりは特殊能力って言った方が近いんだけど、まぁ似たようなものだね」
「なんか整理がどうのこうの言ってたが、もしかして?」
「せいか~い! あの子達はね、”
「あ~……それはな……あの倉庫みたいな店の方の商品の数、半端なかったからな……店にはリリス一人しかいないようだったし、あれだけの数だ。流石に手で一個一個並べてないだろう……って思ってな。そう言う魔法なんかがあるんじゃないか? そう考えたのさ」
「なるほどね~」
リリスはうんうんと頷いた。
「そう言えば蜜を皆で食べるんだよって言ってたが、さっきの子以外にもいるのか?」
「うん、いるよ。 さっき姿を見せたあの子以外に11人いる。私の同居人さ」
「あの倉庫みたいな店にいるのか?」
「そうだね~。基本的にはあの店で陳列変えたり、掃除したりしてくれてるかな」
「へ~……でも、俺が初めて店に行ったとき、姿は見えなかったな……」
「そりゃそうだよ。あの子達の種族は基本的に極度の恥ずかしがり屋さんだからね。人知れず、活動するのが普通なんだよ。レオン君が入ってきたのに気が付いて奥に引っ込んでたんじゃないかな?」
「なるほどな……」
レオンは昔、姉が読み聞かせてくれた”小人とくつ屋”と言う絵本を思い出した。
多分あんな感じなのだろう。
「でも、さっきの子は?」
恥ずかしそうにはしていたが、レオン達の前に姿を見せてくれていた。
「あの子はね、
「了解した」
「かしこまりました」
「は~~い!」
レオン達はリリスに揃って返事をした。
「あ~! でもレオン君達からは寄っていかないこと。本当に恥ずかしがり屋だからね……多分心が折れると二度と顔出してくれないかもしれないから……」
「わかった……心に留めておく。リプスは……いいか。イヴ? 動きにつられて妖精に飛びついたりするなよ?」
「うん! がんばる!!」
アレアの時、あのままだと確実に飛びついてたからな……
心配だが、まぁいざとなれば俺かリプスで止めればいいか……
パタパタと嬉しそうに尻尾を揺らすイヴの決意を、俺達は温かく受け止めるのだった。
「これで最後かな?」
「ありがとな」
「よし! じゃあルクスにもどるぞ」
「はい」
「は~い!」
十分に休養が取れたのだろう。
二人もニコニコとレオンの後について店の入り口へと歩みを進める。
「また何かあれば気軽に来てくれてかまわないから」
見送ってくれるのだろう。
リリスがレオン達の側へとやってきた。
「ああ、その時はよろしく頼む」
「ほら! そんな所に隠れてないで……気になるんだろ? 出ておいで」
ドアノブに手をかけたとき、リリスが店の奥へと声をかけた。
するとあの妖精が、また恥ずかしそうにしながらこちらへとやってきて、そしてそのままリリスの後ろに回り込む。
「ほら? レオン君達出発するって! 挨拶してみたら?」
そう促され、リリスのサラサラの髪の毛を掻き分けながら、
妖精がひょっこりと顔を出した。
「整理、ありがとうな。 お陰で助かったよ」
「ありがとうございました」
「ありがとう」
レオンにならって二人も妖精にお礼を言う。
そんな様子を見て、少し戸惑っているようだが、
「…………バイバイ」
はにかみ笑いを浮かべ、小さな手を振りながら、そう言って見送ってくれる。
三人で妖精に手を振り返し、今度こそレオン達はルクスへと戻るべく、リリスの店のドアを開くのだった。
「~~~~~~♪♪」
レオン達が去った店内にリリスの鼻歌が響き渡る。
どうやらかなりご機嫌のようだ。
カチッ!!
「あ……いけない、いけない……」
食器洗いをしていたリリスは、右手で持っていたスポンジのような物を置き、心配そうに食器を見つめている。
「よかった、傷にはなっていないみたいだ。位置変えたから気を付けないとだね…………」
リリスは左手の指を少し意識する様子をみせながら、
「~~~♪~~♪」
再び食器洗いを再開するのだった―――
――――――――――――――――――――――――
あとがき
このエピソードを持ちまして、第一章は終了です。
リニューアル前の作品からお付き合いしていただいている読者の方、リニューアル後のこの作品からお付き合いしていただいている読者の方、本当にありがとうございます。
リニューアル前は作品を多くの方に知ってもらおうと、旧Twitterでの宣伝等(効果があったのかは不明……)、なにか色々とやっていた気がするのですが、どうやってあの人数の読者の方に小説のフォロー等をしてもらったのか、正直よくわかっていません……
コンテストに応募して、読者選考を突破でき、多くの方の目に触れたからでしょうか?
とはいえ、しばらくそういったコンテストに出すって気がないので、どうやって新規の読者さんの目に触れるようにしようか……とは悩んでる次第です。
SNS等にてこの小説の感想や紹介等していただくことは一向に構わないどころか、嬉しくて喜びますので、気が向かれた読者の方がいらっしゃれば、お知恵やお力をお借りできればありがたいです。
zinto
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