第32話 リリスへの対価

「――――君? レオン君ってば!!」



満面のスマイルからこぼれる、色黒な肌とは対照的な白く、美しい歯並びがまぶしい……

そして、紳士的な性格の持ち主であり、ポージングを決めながらブーメランパンツを着こなす色黒マッチョと、想像の中でドラゴンを討伐しかけていた時、肩を揺さぶられ意識が戻ってきた。


「ねえ? レオン君、私の話聞いてた?」


声の主に視線を向けると、リリスが少し不機嫌になっていた。


「いいや。 全く聞いてなかった」


「ひどッ!! 普通チョットはためらったり濁したりするでしょ? なんでそんなに超ストレートなのかな……ネルメギアレフォルヌトスのタテガミ並みにストレートだね……」


「ネメギリア? なんだって??」


「ネルメギアレフォルヌトス!! ログレジオに生息するモンスターで……ってそんなことはいいんだよ!!」 


説明モードに入りかけたリリスは流されまいと無理やり話を修正した。

レオンにとっては、正直先ほどのBGM代わりに聞いていた話よりもよっぽど興味がある。


「どこから聞いてなかったんだい!?」


リリスの怒りは上昇の一途をたどっている。


「200m増設した所までは聞いてたぞ」


「ええ!? それ話のきっかけの部分じゃないか……」


そしてあまりにも話を聞いていないレオンの扱いのせいで、リリスの怒りは急降下し、テンションはマイナスの部分に入ってしまったようだ。


「悪かった……でも、リリスも人の反応待たずに、怒涛の様に俺の理解の及ばない話を続けるのもあんまりだろ」


実際あの円の下りで理解しかけたと思ったら、


”まぁこれで理解しても意味ない”


みたいな落とされ方をしたのだ。

誰だって興味はそがれはするだろう……


この意見にもリリスは両頬をリスの様に膨らませてジト目を向けるを止めない。

レオンはそんなリリスの両頬を両人差し指で潰した。



プヒュ~~



リリスの口から洩れた空気が店内にそんな間抜けな音を響かせる。


「何するのさ!!」


「悪かったって言ってるだろ。 それに少しは自分の非も認めろ」


「グヌヌヌヌ。 年下の癖に!」


「年齢関係ないだろ。 それにリリスって何歳なんだよ?」


この問いかけにリリスはわかりやすいぐらい視線をそらした。


「レディーに年齢聞くなんて、レオン君の育ちを疑うわ~」


「年齢の話題振ってきたのリリスだろ」


レオン達は無言で睨み合う。


プッ!


そして、どちらが先ともなく噴出した。


「いや~、レオン君は気を使わなくていいね」


「お互い様だろ」


「ハイハイ」


リリスは先ほどとは打って変わってニコニコと笑いながらコーヒーを口に含んだ。


リプスやイヴ……そしてリリス。

この俺の心にスッと入ってきて、ごく当たり前のように居座っている感じ……

なんなんだろな。

あの一件以来、ぽっかりと心に開いてしまった本来ならば多くの人が満たされている場所。


そこを三人が埋めてくれているような感覚……

俺はこの感覚を――



「そういえばさ?」


「ん?」


レオンの思考は再びリリスによって遮られた。


「すぐどっか行こうとするね……レオン君は」


そして、リリスはなぜかあのゲスイ笑みを浮かべだした。


「ははーん! レオン君お年頃だもんね。 リプスにイヴなんて美女連れてるから~。妄想もはかどりますな~。なんならお姉さんも妄想の手伝いしようか?」


そういってリリスは立派な胸を両方の二の腕で挟み込み、上目遣いで問いかけてきた。

確かにレオンを含む、お年頃である年代の男子達には、コウカハバツグンだろう……



「どんな勘違いしてんだよ! それに妄想の手伝いってなんだよ……」


「んも~! わかってるくせに……それをレディーに言わせるのかな? あ! それともレオン君ってそう言うことレディーに言わせたい人?」


ダメだ……ここで否定してもリリスを面白がらせるだけで、事態は収拾しないだろう……


「もう勝手に想像してくれ……それでいいから」


「…………え~、もっと否定してくれないと楽しくないのに~レオン君ってさ、クエそうなのにクエないね~」


ニヤニヤと顔を覗き込んでくるリリスを無視してレオンはコーヒに口をつける。

鼻から抜けるいい香りがモヤモヤする気持ちを落ち着かせてくれた。


「つまんないの~」


そんな様子を見て、からかうことは諦めてくれたようだ。


「で? なにがそういえばさ? なんだよ」


「そうそう! レオン君の話で気になったことが1つあってね」


「気になったこと?」


「うん。 野盗の事さ。 全部で三組の野盗が来たって言ってたろ? それも短時間の間に」


「ああ」


「それさ、で片付かないと思うんだよね」


「と言うと?」


「考えても見てよ。 その三組が共存してるのか敵対してるのかは知らないけどさ、レオン君の騒ぎを聞きつけて、短時間で三組も野盗が現れるなんていくらなんでも異常すぎるよ」


「……ほお」


「それだけその辺りに”旨味”があったとしても、それだけ被害が出ているんだから、普通は何かしらの手が打たれることが自然だろうし、もしその辺りに町や村なんかがあるんなら、野盗にいいようにされない様に対策を練るだろ? それがどうだい……レオン君が持ち帰ってきた凄まじい量の略奪品! これはきっと、”対策を打たない”もしくは”対策を打てない”そんな理由がきっとあるはずさ。そうじゃなきゃ野盗がひしめき合うなんてことにはならないと思うよ」


「確かに……」


あの時は頭に血が上ってたから冷静に考えはしなかったが、リリスの言う通りだ……

あんな短時間で野盗に三組も出くわすなんて、一昔前のRPGでエンカウントする雑魚の野盗レベルだ。


勿論現実ではそんなことは起こらないので、そこにはあんな有様の”理由”はあるはずだ。


「鋭いな」


レオンは素直にリリスの切り口に感心した。


「お姉さんを舐めちゃいけんぜよ!」


おどけた口調でそんなことを言うリリス……

本当に謎だ……


「野盗が暴れまわってた……では片付かないのか。そんな状況になってしまっている原因を探らないと、別の野盗が集まって、結局は振出しに戻るのか……」


脳裏にあの地獄絵図が思い出される。


「まぁ、その可能性は高いだろうね」


リリスは雰囲気を察して、おどけるのを止めていた。


「少しあの辺りを探ってみるか……」


「そうか……レオン君はそういう生き方を選ぶんだね?」


レオンの言葉を聞き、リリスはウンウンと頷きながら鞄を漁りだし、


「そう言う生き方をとるんなら、コミュニケーションは大事だよ。これもレオン君達にあげるよ」


そう言うとリリスは机に上に三個の指輪を取り出した。


「これは?」


「これは私が付けてるリングと同じものだよ」


そう言って腕につけているリングを見せる。


「言語を合わせられるってやつか?」


「そうそう! 今は通じてるみたいだけど、通じない相手だっているだろうからね」


「でもこれ指輪でそっちは腕輪だろ?」


まぁ見てなって……そう言わんばかりに指輪を一つとると、レオンの手を取り、全ての指をリングの穴にあてがう。


すると、ボワッ! っと指輪が広がったかと思うと、レオンの手首にはさっきの指輪が腕輪としてはめ込まれていた。


「指輪でもいいし、腕輪でもいいし……なんなら足に着けてもいい。着ける場所にあわせて大きさが変わってくれるからね」


その言葉を聞きながらレオンはリングをくまなく見つめる。


「便利な物だらけだな……」


手首にぴったりとフィットしているリングを抜こうとすると、リングは少し大きくなり、腕を抜き終えると、元の指輪のサイズに戻った。


着ける場所などどこでもいいのだが、レオンはなんとなく指輪を選択し、左手の親指につけることにした。



「便利な物ついでに、もしあれば……なんだが……」


「なんだい?」


「俺達のこの力の気配を消せるようなアイテムってないか?」


リリスは不思議そうな顔をする。


「なんでそんな物が必要なんだい?」


「他の世界の転移者がどう生きてるのかなんて俺は知らないが、俺はこの世界で無意味に厄介ごとに巻き込まれたくない。どうやらこの世界には相手の力を感じ取る者がいるらしい。その相手が良い奴だろうが悪い奴だろうが、いちいちそんな感じでよって来られてもめんどくさいからな……」


レオンの頭の中にアレア……

そして確実にレオン達を目指してきていた、あの鎧を装備して騎乗していたと思われる人物のことが頭をよぎる。


騎乗の人物に関しては、もしかしたら何かの魔法で勘付いて向かってきていたのかもしれないが……


「それは力を使わないで今みたいに普通にしている時にってことかい?」


「そうだな」


「それは興味深いね。 ルクス……」


何かを言いかけてリリスは考え込んでしまった。

思い返してみてもアレアと対面した時にしろ、ここに来るときにしろ、特に今と変わらなかったはずである。


「転移者ってのはね、当たり前だけどその世界とは別のことわりの中で生きているんだよ」


「別のことわり……? でもあれだろ? ゲームをして、NewGame+選べばその世界に対応するんじゃなかったか?」


確かリリスはそんなことを言っていた。


「あ~ごめんよ。それは私の説明が悪かったね……その世界でを果たすための能力に対応するっていうのが正しいかな。その劇薬としての力の根源は転移先の力の根源とは別のことわりだからね。流石にレオン君のような魔力なんかを用いる世界の場合、力の開放を行えばその力の強大さなんかには気が付けるだろうけど、通常時の潜在的な力っていうのかな? そういった物には性質が違うわけだから、気が付けるはずがないんだけどな……」



相変わらず難しいな……



レオンが反応に困っていると、


「まぁいいや。とにかく普段ある気配を抑えられればいいってことだよね? 力を使ってる時に気配を消すのは流石に不可能だよ?」


「ああ、それでいい。 できるのか?」


「そうだね。 それでいいなら……確か……」


リリスは再び鞄を漁りだす。


「じゃあ、コレだね」


そしてカウンターテーブルの上に親指の爪ほどの大きさの青い宝石が、これまた三個取り出された。


「この宝石はすごく希少価値が高いんだ」


レオンはそのうちの一個を手に取って眺めてみる。

透き通った青い宝石の透明度は高く、向こうが透けて見えている。

店内の照明にかざしてみると、中ではキラキラと輝く光の粒が自由に舞っていた。


まるでスノードームだ……


「すっげ~綺麗だな……」


「そう! この宝石はその美しさからまず価値が高い。そして、この宝石の価値をさらに引き上げている理由がこの宝石がもたらす効果さ」


ゲーマの血が騒ぎ、”効果”と言う言葉に反応し、宝石から視線を外しリリスを見る。


「この宝石はね、とにかく見つけにくいんだよ。今こうやってしっかりと認識されている状態では、存分に美しさを放つんだけど……こうやって布をかぶせると……」


そう言うとリリスはカウンターの上に残った2つの宝石を布で覆ってしまった。

するとどうだろう……

不思議なことにその布の下には間違いなく美しい宝石があるはずなのに、

宝石の事……さらにはその布に興味がそがれていくというか……

そんな不思議な感覚を覚えた。


「どうかな? 異変に気付いたかい?」


「ああ……なんだろ……興味が無くなっていく気がする……」


「正解!」


リリスはレオンの答えに満足そうだ。


「この宝石はね、対象に完全に認識されないとその存在を隠そうとするんだよ。それも隠れみのごとね! 砂利一つくっついてもダメなんだから! そのせいで採掘しててもこの宝石の存在には気が付かないことが大半さ。魔法を使っても無駄。でも一度認識されてしまうと、それはそれは美しい輝きを見せてくれるってわけ!」


リリスが被せてあった布を片付けると、2つの宝石はその存在感を周囲にこれでもかと主張し始めた。


「本当に……驚くことばっかりだ……」


レオンは目の前の出来事に驚愕しながらそう呟いた。


「これを身に着けておけば、普段のレオン君達の状態であれば、強大な気配から興味がそがれるはずだよ。普通は身に着けると存在まで隠れてしまうんだけど、レオン君ほどならね……多分丁度いいくらいの存在感になるだろう」


「俺ってそんななのか?」


「自覚はないだろうけどね~。そりゃもう他の転移者とは比べ物にならないからね。多分その勘付ける対象からも強者くらいには落ち着くんじゃないかな?」


「強者か……」


その程度であれば理想だろう……

弱者に見られると、それはそれで厄介ごとに巻き込まれそうである。


「ん~」


「どうした?」


リリスは何やら考え込んでいる。


「リングにはまだ余裕があるし、せっかくだからこの宝石、リングに付与してあげるよ」


「そんなことできるのか?」


「お姉さんを舐めちゃいけんぜよ!」


いや……さっきも言われたけど、リリスを舐めたことなんか一度もないんだけどな……


「この宝石をリングの内側に付与すれば、装着時は存在が隠れているわけだから、布をかぶせた時と同じ効果が現れる。着けると言ってもただはめ込めばいいってことでもないんだなぁ~。はめ込む宝石の量、数、多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ。このさじ加減でまず変わる。そして、付与する際の術式。これが一番の腕の見せ所さ……」


そう言うとリリスはカウンターに現れた魔法陣の上にリングと宝石を一つずつ並べた。


「時間かかるからね。 まぁ適当に待っててよ」


そう言うとリリスは魔法陣を操作しながらレオンには見えない……

恐らくディスプレイの様な物を目で追い始めた。


「代金なんだけどな、奥で整理してもらってる略奪品から払うことって可能か?」


さっそく使うことになってしまったが、すまない……

野盗が野放しになっている原因は俺が探るから、許してくれ。


レオンはあの遺体達に心の中で詫びた。


「え? あんな物、私は興味ないけど?」


しかし、そんな思いとは違ってリリスから返ってきた返答はあっさりとしていた。


あ~……

やっぱあれはあくまでもルクスでの通貨であって、リリスが求める通貨じゃないのか……


「そうか……やっぱ使えないか。 じゃあ代金なんだが、どうすればいい?」


希少価値が高い宝石に言語認識のリングだ。

アロクネロスと鞄はサービスだと言っていたが、流石にもう無料ではないだろう。


「あれ? 言ってなかったっけ??」


「何も聞いていないが……」


リリスは”あれ~”だの”あ~興奮してたからか……”など、一人で呟きながら何か納得したようだ。


「私が欲しいのはね……知識さ」


「知識?」


「そう、知識。金貨や普通の宝石なんて、私からすれば特に意味のない物さ。だってそんな物すぐ作れるんだから」


リリス別の魔法陣を展開すると、物の数秒でその魔法陣の中心にあの略奪品と同じ金貨を一枚作り上げた。


「できあがり」


リリスから金貨を投げ渡され、細部まで観察してみるが誰がどう見ても金貨だ。

成分分析してみないと! なんて馬鹿なことは思わない。

ここで偽金貨をだしてもリリスになんの得もないのだから。


「だから、私が欲しいのは知識! 無限と思われる各世界の知識が私は欲しいんだ。家のお客さん達には私の店の商品と引き換えに知識を提供してもらっている。その知識に関する私の興味度や希少な知識かどうか……それを判断して、お客さんが望む商品を提供してあげる、あげられないって決めてるわけさ」


なるほど……

そう言うことなのか。


「でも俺ってなにか知識を提供したか?」


思い返してみても転移して間もない。

特にこれと言って思い当たらない。


「提供したも何も、レオン君の場合そのと言う存在が私の興味対象だからね。あの子達に同時に呼ばれる+もたらされた規格外の力……この状態から始まるレオン君達の今後を見届けられるだけでも、私としてはもうお腹いっぱいなのに、龍を倒した後のクリスタルまで解析させてくれただろ?」


「ああ……あれな」


「だから、もうレオン君は代金の事なんて気にしなくていいさ。それでもって言うなら、ルクスで手に入れた珍しい物を土産話でも聞きながら解析させてよ。コーヒーとお菓子は準備しとくからさ」


ウインク交じりにそう言うリリスは、再びリングへの宝石付与作業へと戻った。



こんな便利な物が無償で……いや、対価として知識は払ってるのか?

俺の存在がその対価として十分すぎるってのは……



レオンは改めて自分の規格外具合に驚くのだった。

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