第29話 魂よ安らかなれ――
「その辺りに寝かせてやってくれ」
「かしこまりました」
レオンの指示を聞き、リプスは身体が半分崩れ落ちそうになってしまっている遺体を、地下空間に綺麗に並べられた他の遺体達の側に丁寧に寝かせる。
そして、レオンに指示を仰ぐことなくその両手を胸の前で組ませている。
これで500体は超えたな――
あの略奪品をすべて鞄にしまい込んだ後、レオン達は三人で手分けをし、拷問器具に束縛されたままになっている者や、隅で山積みにされていた遺体達などを、綺麗な状態で寝かせていた。
「レオン様~!! 多分その人で最後だよ」
最後の横穴に入っていたイヴがそう言いながら帰ってきた。
「そうか……二人ともありがとうな。 俺のわがままに付き合ってもらって」
そう……こんな状態になってしまった者をこのように綺麗に寝かせてやること自体にはなんの意味もない。
こうすることで遺体が蘇るのならば話は別だが、こんなことをしても遺体達は何も言わずただ無言で横たわっているのみである。
無惨なこの者達をこのままにはできない――
この俺の想いに二人を付き合わせるのはエゴでしかないだろう。
「いえ……レオン様から頂いたあのお言葉。勿論ですが、しっかりと受け止め……考えていきたいと思っておりますので」
そう答えるリプスの表情は柔らかい。
「ボクも! ボクもまだよくわからないけど、ちゃんと考えるね!!」
イヴもリプスに負けじと、そうレオンに告げた。
「ありがとう――」
レオンは寝かせた遺体達に目を向ける。
わかってはいたが、正直うんざりするほどの数だ。
そしてその遺体にはどれも虐待の跡が色濃く残る……
「あのクズ共……出来ることならもう一度、罪を償わせてやりたいな」
内側からフツフツと再燃するあの男達への怒りから、レオンの奥歯がガリッ! っと音を立てた。
「レオン様が御望みならば、冥界から引きずりだしてきましょうか?」
そんなレオンの様子をみて、リプスがとんでもないことを言い出した。
「なんだって? そんなことできるのか!?」
「いえ……申し訳ありません、言葉のあやです。ですが、レオン様が強く御望みとあらば、この世界の冥界へと通ずる方法を必ずや見つけてみせます」
「ああ……そう言うことか」
リプスなりに俺のこの怒りに賛同するっていうことを示してくれたってことか。
でもなぜだろう……リプスなら本当にやってのけそうな気がするのは……
冥界と言えば、番犬のケルベロスに冥王ハデスか……
こんなファンタジーの世界だ、もしかしたら存在しているのかもしれない。
そんなのと闘えればさぞかし面白そうだ。
しかし、そんな所を目指す理由が”あのクズ共”に会うため。
と言うのは動機が弱すぎる。
確かにもう一度罪を償わせてやりたいと言う気持ちは強いが、考えてみればそれ以上にあんなクズ共に二度と会いたくないという気持ちの方が大きいことにはすぐ気が付けた。
「……大丈夫だ。そこまでする必要はない」
「かしこまりました」
リプスは軽く頭を下げる。
「さて……しかし、どうしたものかな」
遺体を並べたまではいいが、この先どうすればいいかがわからない。
そこでレオンは何かに気が付いた。
「そういや、これだけの遺体がこの場所に放置されてて、アンデットみたいなモンスターは現れないのか?」
さっきも言ったが、まるっきしファンタジーの世界だ。
アンデットだっているに違いない。
「あの
レオンの問いかけに二人はそれぞれ口を開く。
「んーとね! さっきからずっとそんな気配はあるんだよ?」
「ほお?」
「イヴの言う通りです。この空間にはそういった気配がやはり多いです。ですが、その気配が実体化するきっかけがないとでも言いましょうか……集まっている気配はそのきっかけを求めて、
「なるほど……」
言われて気配を探ってみれば、確かに生物のそれとは明らかに違う気配を無数に感じることができた。
しかし、レオンには脅威になりえないものの為、意識しなければ感じることすらできない物だった。
「つまりこの気配が実体化するきっかけがありさえすれば、ここはアンデットだらけになるかもしれないってことか?」
「そうだと思われます」
「うんうん!」
神剣と魔銃の二人の方が、こういった知識には精通している。
しかし、そのきっかけを妨げている物とはなにか?
レオンは地下空間を見渡してみる。
しかし、それらしい物は見当たらなかった。
わかりやすい、お札や結界みたいなもので防いでいると言うわけではなさそうだ。
「あ!」
「どうされました?」
「??」
突然声をあげたレオンに驚き二人は顔を見る。
「ああ……すまない。きっかけを防いでいる物に気が付いたかもしれなくてな」
レオンはそのきっかけに向かって歩いていく。
そして、地下空間の壁に配置されていた篝火の前にたった。
ここに入った時から無人にも関わらず、
「多分こいつのおかげだろう」
レオンはそのうちの一つを消した。
するとどうだろう、あの気配達が騒めきだしたのがわかった。
しかし、まだ無数に篝火はあるので、やはり実体化することはできないようだ。
「そのようですね」
リプスもその気配の変化に気が付いたのだろう、レオンの意見に同意した。
イヴは恐らくだがその気配の場所が特定できたようだ。
そっちに向かってガンを飛ばしている。
動物はそう言う気配に敏感で、ペットなどが部屋の中で見えない何かを目で追っている……
そんな話はよく耳にする。
「ですがこのような篝火程度で実体化できないような物など、アンデットの中でも下位の存在しか集まっていないのでしょう」
「確かに……強力なアンデットがこんな篝火程度で逃げ出すなんてとても思えないな」
となるとだ……
アンデットの誕生の瞬間なんてどうなるのかは分からないが、俺達が去り、この篝火が消えてしまえば、ここはこの遺体達を媒体にして、アンデットの群れで溢れるに違いない。
生前にクズ共にいいようにもてあそばれ、更には死して尚、アンデットとしてこの世で苦しむのか……
アンデットになり、そこに本人の意識があるのかどうかは知らないが、仮になかったとしても、そんな自分の姿をした何者かが、己の肉体を好きに動かすなど考えるだけで虫唾が奔る。
「アンデットは火に弱い、か……」
レオンの視線がリプスを捉える。
なぜレオンに見つめられているのかは分からないリプスは、微笑みながら少し首を傾げた。
「遺体を燃やそう――」
レオンはそう提案した。
「火葬ですね」
「ああ……俺が元いた世界、俺の住んでいた国の一般的な弔いの方法だ。昔から火には神聖な力があるとされていた。その火で遺体を燃やし、煙と一緒に魂を天に送り届けるって意味があるらしい」
勿論この意味を知ったのは家族を火葬した際に婆ちゃんから聞いたことだ……
「この世界の一般的な弔いの方法なんてしらないが、このままアンデットになるよりいいだろう……」
「私もそう思います」
「そうだね」
神剣と魔銃からしても、こういう状態から現れるアンデットにいい印象は持っていないようだ。
「リプス」
「はい」
「あのクズ共を焼いた炎とは別の炎……出来るならばリプスの魔法の中でも上位の物で、この遺体達を弔ってやることは可能か?」
「可能です。もう意識はないでしょうが、苦しまずに一瞬のうちに燃やし尽くせるものがあります」
「そうか。ならそれでこの遺体達……そしてこの地下に存在している忌々しい器具や、男達の痕跡など全て焼き尽くしてくれ」
「全てですか?」
リプスは少し驚いているようだ。
「ああ……俺にとってここと言う空間その物が不快でしかない。それに、こんな場所を残せばまた違うやつが同じようなことをやりだすかもしれないからな……」
「レオン様の御心のままに」
リプスはレオンの意を汲み取って、軽く頭を下げた。
「……………」
「レオン様? どうしたの??」
リプスに指示した後、地下空間の天井を見つめたまま動かないレオンにイヴが声をかける。
「煙と一緒に魂を天に送り届ける……なんてことを言っといてなんだが、ここじゃ煙は天に昇らないなと思ってな……」
イヴも一緒になって天井を見つめる。
「じゃあ貫けばいいんじゃない?」
「なに?」
「だから! こんなの貫けばいいんだよ。レオン様とボクの力で」
単純かつ大胆なイヴの提案に驚きはしたが、
確かにそうか――
別にこんな森林の奥深く、穴をあけられても困る者もいないだろう。
「よし! じゃあやるか!!」
「うん!!」
イヴはそう言うと、銃へと姿を変えた。
結構潜っていると思うので、恐らく地上までの地層は結構な厚みがあるに違いない。
しかし、俺の力とイヴの力の前にはそんなことは些細なことだ。
「貫通力を重視して、必要最低限の穴を開ける。 いいな」
「わかった~!!」
トリガーに指をかけ、天井めがけて魔弾を放つ。
ドッッッッ!!!!
レオンの強大な魔力をイヴの能力で収縮させ、更にイヴの力を爆発させることによって押し出された魔弾は、地下空間の地層をいとも簡単に貫いていき、遥か天高くへと消えていった。
そしてレオンの指示の通り貫通力を重視して打ち出された魔弾が通った後には、直径10mほどの穴がまっすぐ縦に200mほど開いていた。
その穴の表面は、硬い岩盤にも関わらず、鋭利な刃物で切ったように滑らかで、これだけの穴が開いたにもかかわらず、レオンが岩肌を殴った時の様な振動などが一切なかったことをみても、この二人の放った魔弾の威力の凄まじさが伺える……
「お~! いい感じじゃないか!! 流石イヴだな!!」
「レオン様~もっと褒めて!!」
すぐさま獣人の姿に戻ったイヴが尻尾を振りながら抱き着いてくる。
レオンはそんなイヴの頭をワシャワシャと撫でまわしてやった。
「二人ともお見事です」
パチパチと手を叩き、そんなレオン達をリプスは優しく微笑みながら称えるのだった。
「…………頼む」
「それでは……レオン様、イヴ。 私の後ろに」
地下空間の入り口まで移動してきたレオン達。
レオンの言葉を聞き、リプスが詠唱に入る。
リプスの前には身長の2倍以上もある魔法陣が幾重にも展開され、それぞれが不規則に回転を始める。
中には、横回転をしながら縦方向へも回転をしている魔法陣まであった。
確かアレアの魔法陣はすべて横方向への回転だったはずだ。
もしかしたら、この魔法陣の数や回転方向で、魔法のランクの様な物が決まるのかもしれないな。
でもあの
何かタネでもあるんだろうか……
そんな事を俺が考えていると、回転していた魔法陣が一斉にピタッと止まった。
そして、
「我が命に従い、全ての物を
リプスの静かな口調と裏腹に、回転を止めた魔法陣から放たれた炎はすさまじかった。
50を優に超える太い火柱が螺旋を描き絡み合い、まるで意志を持っているかのように、この広い地下空間を一瞬のうちに飲み込んでしまった。
勿論、地下空間の横穴も例外ではない。
リプスの後ろに立っているからだろう……
熱さこそ感じないが、こんな俺達でも現状のリプスの炎を直視すると目が痛い……
イヴも目を細めてまるでジト目の様な微妙な表情で炎を見つめている。
ふと岩肌に目をやると、あまりの熱量からドロドロに溶け、流れ出していた。
「リプス。 もういいぞ」
「え? まだ地下空間が残ってますが?」
道理で火力がおかしいと思った……
リプスはこの地下空間その物を消し去るつもりだったのか……
「いや、流石にそこまではいい」
「かしこまりました」
リプスが展開している魔法陣を解除すると、炎は嘘のように消え失せた。
そして……地下空間だが、岩肌が溶けていたほどだ……
当たり前だが、遺体はおろか、あの拷問器具などの跡形もなくなっている。
それに伴って、あの気配達もまったく感じなくなっていた。
「…………死後の世界……そんな物があるのなら、安らかにすごせるといいな。もし、俺の世界ともつながっていて、俺の家族に会うことがあったら……元気でやってるって伝えといてくれ……」
レオンは天井に開いた穴に向かってそう呟く。
二人はそんなレオンの顔を見た後、無言で同じように穴をしばらく見つめていた。
その後は誰が言い出すでもなく自然に足が動き、レオン達はアジトの外へと出た。
流石に夜明けが近いのだろう。
空を見上げると、あの3つの天体の周りが薄紫色に変わり始めている。
とてつもなく幻想的だ――
「きれ~だね~!!」
「そうですね」
二人もそんな空の様子を前に目を輝かせた。
「折角だし、ちょっと開けてるとこでも探すか!」
「さんせー!!」
「御供致します」
右も左も分からない森林の中を、勘のみで天体を目印に歩いていく。
20分ほど歩いただろうか……
「なんでこうも次から次に……」
レオンは不満を隠そうともせず、そんな悪態をつく。
「意外にここは人通りがある場所なのでしょうか?」
深い森林のはずなのに、次々くる気配にリプスも驚いている。
「でも今回のはちょっと違うな……この微かに聞こえる音は……馬とかそんな感じか?」
「だね~。 そんな感じがする」
イヴも音が聞こえてくる方向に耳を向け、探る様子を見せている。
「それに混ざって聞こえる金属音……これは鎧だな」
馬の足音にあわせて重厚感のある金属音がこれまた規則正しく聞こえてくる。
勿論まだ距離がある。
しかし、迷いなくこちらに向かってくることがレオンは引っかかったようだ。
「いかがいたしますか?」
リプスはなにかしら対処したほうがいいと思っているようだ。
「ボク達が行こうか?」
煮え切らない表情のレオンに、イヴが提案する。
「いや……正直もう今日はうんざりだ。リリスの店に行く。 俺に捕まれ」
「かしこまりました♪」
「はーい!」
二人が嬉しそうに抱き着くと、
周囲に綺麗なベルの音色が響くのだった――
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