第28話 主不在のホルスター

レオンが一人でウンウンうなっていると、恐る恐ると言った感じでリプスが声をかけた。


「あ……あの、レオン様が今欲しているのは、剣と銃だった私とイヴと言うことで宜しいのでしょうか?」


「ん? そうだな……あの男と龍の戦闘で二人を使ったけど、切れ味……威力……あの俺の手に収まる感じ……満足感と言うか、安心感と言うか……二人が武器だった頃の、感覚をもたらしてくれる武器を俺は望んでる。それと同時に二人の今の姿も望んでいる。まったく……」



旅の目的に武器探しも追加になるのだろうか……

仮にダンジョンの最奥にレオンのこの欲求を満たしてくれる武器があったとする。

しかし、そんな物の側には十中八九それを守る番人的ながいる。


そういった強敵と戦うときの為に、しっくりくる武器が欲しいのに、それを獲る為にその強敵と素手で戦わなければならない……


これでは何がしたいのかわからない……


再びウンウンうなりだしたレオンに、これまた再びリプスが声をかける。


「つまり……剣と銃だった状態の私達と、今の状態の私達……どちらもご所望と言うことですよね?」


「……そうなるな」


「必要な時に剣と銃の姿に変わり、それが終われば今の姿に戻ること出来れば?」


「ああ、そうだなそれが最高だ……そんなことが出来ればなぁ……」


「できますよ?」


「やっぱそうだよな~……できないよなぁ」


「い……いえ! レオン様? できますよ?」




「…………え? 出来るの??」




「アハハハハ! レオン様のお顔面白い!!」


俺の今の表情はかなりの間抜け面になっているのだろう……

そんな俺の顔をみてイヴは大笑いしている。

しかし、そんなことはどうでもいい。それほどに衝撃を受けた。


「ほら! イヴも」


お腹を押さえているイヴの頭をリプスが軽く小突く。


「アウ~…… うん! 出来るよ!!」


「レオン様? おわかりとは思いますが、私達の本来の姿は剣と銃です。レオン様の強大な御力に私達二人は隅々まで満たされたために、この姿を取ることが出来ています。ですので、どれ程かはわかりかねますが、レオン様と長時間離れた場合、レオン様からの力の供給を受けられず、この姿を維持することはできなくなると思われます。しかし、今の状態から剣と銃に変わるというのは本来の私達の姿をとるだけなので、いつでも可能ですよ?」



なんだって……



「今まで変わらなかったのは……?」


「え!? そ……それは……ええと……レオン様から特にご指示もありませんでしたし……この姿でいれば……その、レオン様に抱き着いたり……できるなぁ……って」


リプスは質問に上目遣いで頬を赤らめる。

更に、モジモジしながら人差し指同士を胸の前でくっつけたり離したりを繰り返しながら、恥ずかしそうに呟いた。



あ……


本来頭のいいリプスが俺の考えに気が付いてないなとは思ったけど……これか。

俺は二人が武器に戻れないと思ったから、強力な武器を買うために巨額の金が要ると思った。

だが、リプスからすれば自分達と言う武器があるのだから……

そんな物に金を使うという考えなんて出てこなくて当然だ……


「ハハ……そうか……変われるのか……それもそうか」


レオンは全身の力が抜け、安堵のため息を漏らす。

そんな様子を見てリプスは申し訳なさそうな表情を向けた。


「私達の配慮が足らず、レオン様に無用な心配をおかけしてしまったのですね……申し訳ありませんでした……」


「リプス? どうしたの??」


「私達がちゃんと自身の身体についてレオン様に御話ししなかったから、レオン様は私達がもう元の姿に変われないのではないかと御考えになっていたの。私達はレオン様の武器でしょ? でもその私達がこんな姿では、レオン様が装備する武器としては使えない……だからレオン様は、どうやって御身体に合う別の武器を探そうか……そのことに頭を悩ませてくださっていたの……」


「レオン様に心配かけちゃったの?」


「そうなりますね……」


「ごめんね……レオン様。でも心配しなくてもいいよ! レオン様の武器はイヴとリプスだからね!」


俺に心配をかけてしまったということに少し落胆しながらも、俺の武器は二人だということを告げる際の言葉は力強かった。


「私も、レオン様の武器と言う名誉。イヴと共に他の物に譲る気はございません!」


そして、リプスもまっすぐに俺を見つめ、そう宣言した。



二人がこんなにも俺を敬愛してくれる理由はなんなんだろう……

確かに今の俺は恐ろしいなんて言葉では計れないほどの力を持っている。

この力をもってこの世界で二人に会ったのならば、今のこの態度も頷けるものがある……


だが、実際は違う。

俺は二人に呼ばれてリリスの店に来たらしい。


あの時の俺は単なる高校生だ。

家庭環境こそかなり特殊だったが、他はズバ抜けた物なんてなかった……

俺の何が二人の御眼鏡にかなったのか……



理由を聞いてみようと少し開いた口を再び閉じる。



聞いてどうなるんだろう?

そして、なんと聞く?


”二人は俺のどこが気に入ったんだ?”そう聞くのか?


聞けば答えは返ってくるんだろう。

では俺はその答えを聞いてどうする?


”時に答えは求めずに、自身の中で常に考え続けることにも意味はある”



あの一件以来、俺は自分の中で様々なことを考えた。

内に内にと考えを巡らせていく俺の意識は、まるで出口の無い迷路に迷い込んだようだった。


外に出よう出ようと考えて、もがけばもがくほどに深みにはまっていく俺に、全てを見透かしたように婆ちゃんが俺にかけてくれた言葉だ。


幅広い意味があるんだと思う。


あの時は答えを見つけることなく、悩み続けてもいいんだよ。

そう言って優しさで包んでくれているように思えた。



だが今回は、


”安易に答えを求めるのではなく、自身で悩みなさい。”


そう戒められている気がした。



そうだな……二人になぜ気に入られたのか? そんなことはどうでもいい。

俺は今、この二人を大切にしたいと思っている。



ならば、俺がとる行動は一つだ。

俺を気に入ってくれたこの想いに恥じぬよう、俺はそれ以上に二人を大切に思うだけだ。



「ありがとう。二人とも……」


穏やかなレオンの声に、二人は嬉しそうに目を細めた。



「よし! 早速で申し訳ないが、試させてくれ!!」


「かしこまりました」

「は~~い!!」


二人の身体が返事と共に変化を始める。


リプスの身体は眩いばかりの光に包まれ、その中心からあの神剣の横腹にあった赤い炎が現れる。

見覚えのある模様の形状をとると、その炎のふちから徐々に神剣が姿を現していった。


神剣が姿を現すにつれ、眩い光がおさまっていき、直視できる状態になると、あの神々しく美しい神剣が宙に浮いた状態で姿を現した。



次にイヴだ。


イヴはリプスとは逆に、漆黒の闇に包まれていく。

言葉が正しいかは分からないが、世の中にある黒と言う色の数十倍も黒い……

何ものにも犯すことのできない……



そんな印象を受けた。

闇の中で、一筋の金の線が現れ、見覚えのある模様の形状をとると、その金の線のふちから徐々に魔銃が姿を現していく。

魔銃が姿を現すにつれ、漆黒の闇がおさまっていき、あの禍々しくも美しい魔銃が宙に浮いた状態で姿を現した。




正に対照的なこの二人―——


こんな規格外の武器を扱えるのはレオンくらいだろう。




レオンは二人の武器の姿を、喜び勇んで隅々まで眺める。


リプスの剣の装飾……すっげー細かくて、綺麗だな……

イヴのシリンダーのとこの装飾も……カッコイイ……



そして、各々の装飾に指を滑らせたとき、


「ッアン!?」

「ンッ……」


何やら色っぽい声が漏れてきた……


「レオン様にそのような場所をじっくりと見つめられた上に、優しく触れられるなんて……私……」


「レオン様……イヴね……なんかそこ触られると……気持ちいい……」


俺は一体二人の何処をみて、ドコを触ったのか……

そっとなぞる指をひっこめた。


「あ……」

「レオン様~もっと!!」


何処か残念そうなリプスと欲望に素直なイヴ……

対照的な反応だが、訴えは同じなんだろう……

だが、俺は気が付かないふりをする!


「やっぱ……意識はあるのな」


初めて話しかけてきた時も剣と銃の状態でだったか……

それにしても……


「俺が触れただけでそんなんじゃ、武器として使った時大丈夫なのか??」


敵の攻撃なんてこれで受けたら大変なことにならないか……?


「その点はご心配いりません。今は……その、レオン様が触れてくださるので……その感覚を……」


リプスの語尾はゴニョゴニョとはっきりしない。


「レオン様に気持ちのいい所を触られたいから感覚戻しただけ! だから大丈夫だよ!」


「イヴ!? あぁぁぁ……」


自分が濁した部分をイヴにはっきりと告げられ、リプスは恥ずかしそうに嘆いている。

神剣になっているために表情がわからないのが残念な所だ。


「ああ……そうなの……便利だな」


俺の理解の及ばない便利さに、そう呟く以外の返事の仕方が思いつかなかった。



二人の何処を眺めているのか皆目見当がつかないため、レオンはかなり動揺しているようだが、それ以上に魅力的なのでやはり見るのを止められない……



「ん? 二人とも前とちょっと違うな……」


レオンは何やら違和感を覚えたようだ。 

その原因を考えようとしていると、


「レオン様、それは私共のグリップの部分かと……」

「うんうん!」


「グリップ?」


言われてその部分に目を向ける。

リプスのグリップもイヴのグリップも、確かに以前は茶色だった。


リプスは何かの革が巻き付けられていたし、イヴは樹脂とは違う感触のパーツがはめ込まれていた。


それが今は、リプスのグリップは手触りはいいがしっかりとしている白の生地と黒の革で覆われ、イヴのグリップはドラゴンの鱗の様な物で覆われている。


これは……


「リリス様よりいただいた装備がそちらに反映されるようです」

「そうみたい!」


やっぱりそう言うことか。


一通り眺め終ったレオンは宙に浮いたままになっていた二人のグリップへと手を伸ばし、しっかりと手の中に収めた。


「如何でしょう? 握り心地などは?」

「どうかな?」


自身の新しくなった部分に二人は興味津々の様子である。

リプスのグリップは2種類の素材がうまく手にフィットして、更に握りやすくなっていた。

そして、イヴのドラゴンの鱗だが、こちらも手触りがよく、それでいて吸い付くようにレオンの手になじんだ。

派手な剣技や銃での立ち回りを行うレオンにはうってつけな握り心地……と言った処だろう。



”最高の二人が最高に輝く最高の装備”


たしかリリスがそんなことを言ってたな……

てっきりさっきまでの姿の二人が輝く装備の事だと思っていたが……

今の武器の姿も含めてのなんだろうか……

そうだとすれば、リリスはこの姿に変われるってわかっていたのか?

でも、こんなことは初めてだって言ってたしな……

それにあの喜びようは素だった気がする。

となると変われると予想してたってことか……?


リリス……よめないな……


「ああ、二人とも以前より更に俺の手になじんでるよ。最高だ!」


「光栄です!」

「やったー!!」


レオンの反応を聞き、二人は大喜びだ。



そう……この感じだ。俺が求めていた物は。

満足感や、安心感……そんな物が俺の手を伝って、全身を満たしてく感じがする。


リプスを片手で軽く2、3振りすると、細剣の時よりも重量を感じる風切り音が辺りに反響する。

そしてそのままの流れで背面のホルスターへとリプスを収める。


それと同時にもう一方の手でクルクルと回転させながら、腰の部分のホルスターへとイヴを収めた。


「よし! 俺にはちゃんと武器があるとわかった以上、もう頭を悩ませる心配はない!」



レオンは目の前のある金貨などの山に目を向けた。


衣、食、住。


全てにおいて俺には過剰な量だということが分かった。

だが、だからと言ってここにこのまま置いていくのも意味がない。

これからの旅の途中で、何か有効な使い道もあるだろう。



持ち出すのはひとまず鞄に詰めればいいとして……

整理するとなると……骨が折れるな。

やはりリリスに相談するか。



「あの~レオン様?」


リプスが申し訳なさそうに声をかけた。


「ん? どうした??」


「その……この姿ではなく……先ほどの姿に戻ってもいいでしょうか??」


「あっちの姿の方がいいのか??」


「それは……だって……」


リプスはまたも語尾を濁らせる。


さっきも言ってたな……それにか。元の姿で言えばこちらが戻るで、あの姿がになるはずだが……

それほどにエルフの姿が良いのか。


「ボクも戻りたい~~!!」


そしてイヴも同じくか。


「いいぞ。 好きな姿でいてくれて」


レオンがそう言うと


「ありがとうございます!!」

「わ~~い!!」


そんな感じで二人はエルフと獣人の姿に戻り、それに伴ってレオンの2つのホルスターはまたしてもあるじ不在となるのだった。

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