第13話 団らん

「そ……それだけの為に私はここにつれてこられたんでしょうか……」


レオンの言葉に人魚は呆気に取られている……


「それは誤解だ……イヴはちょっと世間知らずなところがあるみたいでな……いや、俺もこの世界のことは知らないからそういった意味では世間知らずか……」


「はぁ……」


「あ〜、そんなことはどうでもいいんだ。イヴは魚として君を獲ったんだが、俺が食べたかったのはこう……」


レオンは落ちていた木の棒で魚の絵を地面に描く。

どうやら絵のセンスは無いようだ。

楕円と三角形を組み合わせたような、これは絵というよりは記号である。


「こんな感じの食べられる魚はこの湖にいるか?」


人魚は絵を理解するのに少しばかり戸惑ったようだが、


「……ええ、この湖はとても豊かです。生き物は無数に生存していますし、このような魚もいます」


それを聞いたレオンの表情は明るいものに変化する。


「そうか! まぁそんなわけでな……魚を探していて偶然、イヴが君を獲った。どうやら話が出来そうだから、魚の有無を聞きたかったってだけだ……」


「偶然……ですか」


何かマズかったのだろうか……

気を取り直したと思われた人魚から、またヘナヘナと力が抜けていくではないか。


「どうかしたのか?」


「いえ……こちらの事ですので、お気になさらず……」


「そうか?」


とりあえず食べれそうな魚がいることはわかった。

ならば空腹も限界に近い……


「よし、魚がいるとわかったからな! じゃあ獲るか!! しかし……どうやって獲ろうか……」


「次もボクが行く~~~!!!」


口より行動が先のイヴはもうすでに脱ぎだしたのだが、


「イヴ。 もうやめておきなさい? せっかく乾いたところなのに……」


「そうだな……まぁ風邪をひく……とは思えないが、またびしょ濡れにならなくてもいいだろ」


二人から止められ、中途半端に脱いだ状態で残念そうに固まった。



となると、方法だが……やっぱり試してみるか?

流石に解放状態で殴ると色々とヤバそうだからな……このままか……



「あの……魚でしたら、私が獲ってきましょうか??」


右腕をグルングルンと廻しながら湖へと向かおうとしていたレオンを、思いもかけない人物が引き止めた。


「ん? そりゃ……ありがたい提案だけど……いいのか? もう約束通り湖に帰っていいんだぞ? いや……ちょっと後の方がいいかもしれない……」


今からやろうとしていることを考えたのだろう。

その後であれば、本当に人魚なんて獲りたかったわけではないので、食べられる魚がここにいるとわかった以上、特にレオンとしては用はなかった。


「??? 何かあるのでしょうか……よくわかりませんが、……命を助けていただいた……は、違いますね……」


「ああ……そうだな。むしろ危険に晒したようなもんだろう……」


「実は私達の種族はとても閉鎖的で、あまり他種族と話したことはないのです……あの……よろしかったら、少しお話をしてみたいのですが……ダメでしょうか?」


人魚は上目遣いに訴えてくる。


魚を獲ってきてくれる上に、この世界の住人と話すことが出来る?

こちらとしては何も悪いことはない。

どうやら人魚は閉鎖的な種族のようだが、そういった種族と話せるというのはゲームでもレアイベントだろう……


「こちらはむしろありがたいくらいだ。じゃあ魚の方お願いしてもいいか? こっちは火を用意しておくから」


「本当ですか!? ありがとうございます」


人魚は両手を口の前で合わせてニコニコと喜んでいる。

やはり上半身が人間と同じだと、素振りも人間っぽくなるようで、レオンは変なところに感心してしまった。


「ここからじゃ湖まで結構あるな。 一人で戻るのは大変だろう……」


人魚のそばに移動したレオンは、お姫様抱っこする形で軽々と持ち上げる。


「え!? いえ……あの!! そんな……自分で戻れますから……」


「いや、気にすんな。 本当に腹が減ってるんだ……こうしたほうが早いだろうし」


人魚の意見など聞かずにさっさと湖まで運んでいく最中、人魚の顔は先程以上に茹蛸のように赤く染まってしまった……

しかし、レオンはそんな事には全く気が付いていないようで、すっかり大人しくなった人魚を抱え、水辺に到着すると優しく人魚を水中に戻した。


「あの……ありがとう……ございます」


「よし! じゃあ頼んだ。 話をしたいんだったよな? 人魚は水中にいた方がやっぱ楽なのか?」


「ええ……陸上でも問題ありませんが、確かに水中の方が落ち着きます」


「ならもうここがいいな。魚獲ったらここに来てくれ」


「かしこまりました。 では」


そういうと人魚は潜り、あっという間に見えなくなってしまった。

水辺でも結構な深さのあるこの湖だが、透明度の高さから場所によっては底まで難なく見渡せる。

そんな水の中であっという間に見えなくなるのだから、やはり水中での速度はかなりのもなのだろう……



「二人とも! その辺に落ちてる木を集めてくれ!!」


イヴが中途半端に脱いでしまった服を、リプスがなおしていた所にレオンが声をかけたため、即座に反応したイヴは湖に隣接している森林へと向かおうとしたのだが、

そんなイヴをリプスは メッ! っと言った感じで軽く頭を叩き制止した。


「ほら! まだズボンのボタン止めてないでしょ?」


「だって! レオン様が!!」


「寛大なレオン様はそれくらい待ってくださいます。それよりもみっともない格好をしている方が、レオン様の御付きとして失礼ですよ」


決して怒るのではなく、優しくさとすようにイヴに言い聞かせるリプスをみて、姉のことを思い出していた。


”姉ちゃんもああやって俺をよく俺を叱ってくれたっけ……”

まったく、今思い出しても手のかかる弟だったな俺は……



「はい、終わりました」


「じゃあ行っていい!!?」


「ええ。 レオン様、木を集める件、かしこまりました。どれくらい必要でしょうか?」


イヴの服装を整え終り、今にも飛び出しそうなイヴを止めるために優しく手をつないだリプスが、こちらに向き直り問いかけてくる。


「そうだな……今日はここで夜を明かすだろうからな……多い方がいいな。 とりあえず火を起こすための枝と、薪になりそうな物があれば最高だ。二人に無理のない程度で出来るだけ多めに持ってきてくれるか?」


「わかりました。 ではイヴ? 行きましょうか」


「うん!!」


2人は手をつないだまま仲良く森林へと消えていった。



ってもっとぶつかるんじゃないかと思ったけど案外仲良いんだな。 あの二人を見ているだけでもこの世界に残ると決めてよかったと思えるかな……さて!」


こっちは簡易のかまどでもつくるか……


そう思って辺りを見渡すのだが、手ごろな石は見当たらなかった。


「う~ん……まぁかまどが無くても困らないだろうが……やっぱり異世界一日目だしな……ちょっと雰囲気は凝りたいよなぁ~」


そんなことを考えていると小石ではなく水辺に突き刺さった巨石が目に入った。


「アレの端っこをちょっともらうか……」


先程水面を殴ろうとして人魚に止められた時と同じく腕を回しながら巨石の前に歩みを進める。


「あんまり力入れすぎるとこの身体だ……全部粉々になりそうな気がする……軽く……だな」



次の瞬間、宣言通りバラバラと巨石の先端が崩れ、かまどに丁度良いサイズの小石が地面へと散らばった。

しかし、レオンに動いた様子はなかった。

巨石が崩れる音と小石が地面にぶつかる音は聞こえたが、巨石が崩れる要因となったであろう衝撃の音は全く聞こえなかった……



理由は簡単だ――



レオンは力を入れすぎないためにリラックスした状態で巨石を殴ったのだが、それがボクシングで言う所の”ジャブ”と同じ打ち方だった。

ジャブとは速さに特化しているパンチの事なのだが、レオンのような身体能力の者が速さに特化したパンチを繰り出すと、常人にはその姿を捉えられないどころか、音すらもレオンの行動を捉えられない……そういうことなのだろう。




「大分イメージ通りに身体を動かせるようになってきたな」


自らの身体の状態に満足しながら、崩れた小石を手際よく集めていく。


「こんなもんかな?」


簡単ではあるが、一晩を明かすには十分すぎるかまどが出来上がったころ、


「レオン様~!!」


イヴの元気な声が聞こえてきた。


「おお! 丁度良かった!! こっちも今準備が終わったところだ」


森林の方に目を向けると、イブとリプスが両手いっぱいに木の枝や薪を抱えてこちらに向かってくる。


リプスも一緒に行かせて正解だったようだ。

一晩過ごすにはちょうどいい量だろう。

イヴだけで行かせると、恐らくだけど度肝を抜く量の木を……いや、人魚の事で前例があるため、下手をすれば巨木一本まるまる引きずって来たかもしれない……


レオンはそんな二人を見て安堵した。


「この程度でよろしかったでしょうか?」


「ああ、十分だ。 二人ともありがとう」


「レオン様! 褒めて褒めて!!」


目をキラキラさせているイヴの頭を撫でてやる。


「は~~~ぁ」


イヴは幸せそうに目を細め、尻尾が左右に揺れている。


「ねぇねぇレオン様」


「なんだ?」


「イヴだけじゃなくて、リプスも褒めてあげなきゃ!」


「え?」


「リプスも頑張ったんだよ? だから!」


イヴの提案にリプスを見る。


「……いえ、私は……」


モジモジと恥ずかしそうに俯いている。


「ダメだよ! ほら!! レオン様」


頭の上にあった手を掴むとイヴはリプスの方へと誘導する。


「お! おいおい」


グイグイと引っ張られ、レオンの手は強制的にリプスの頭の上へと降ろされた。


「あ……」


それと同時にリプスの口から艶っぽい声が漏れた。


なんだこれ!? チョー恥ずかし――

イヴには自然にできるのに……リプス相手だとこうも変わるのか……


「どうしたの? 二人とも……ほらレオン様? ヨシヨシはこうだよ!!」


イヴは一所懸命にレオンの手を左右に揺らす。

イヴとはまた違った感触の髪がサラサラと心地いい……

そんな感触を楽しんでいると、頬を赤く染めているリプスはなぜか目を閉じ、顎を少し上げた……



ええ……

それはどういう反応ですか……



微妙な空気が二人の間に流れ、そんな二人を不思議そうにイヴが見つめていた……

この状況に思考が停止しかけているレオンが、この空気を終わらせる方法を必死で探し始めたころ、下から声を掛けられた。



「お取込み中の所……申し訳ないんですが……その……お魚を取ってきました……」



「うを!!」

「キャッ!!」



見れば人魚が立派な魚を五尾ほど捕らえ、水面から上半身をのぞかせていた。


「何時からそこに!?」


「いえ……今来たところですが……」


「そ、そうか……」


特にやましいことをしていたわけではないのに、何故かしどろもどろになってしまう。

レオンは、そんな雰囲気を一蹴しようとワザとらしく大きな声をだした。


「すげぇな!! 立派な魚じゃないか!! な、なぁ? リプス」


「え? ええ! 本当に。 私の知識にある魚と照らし合わせても、これは立派な部類だと思います!」


リプスもやはりどこかわざとらしい……






その後、人魚が持ってきた魚は三枚におろされ、塩で軽く味付けをし、串に刺し、現在は遠火で焼かれている。

その身からは脂をしたたらせ、美味しそうな香りと共にジュウジュウと胃に嬉しい音を奏でていた。

ちなみに、全ての調理はレオンによって行われた。

手際はかなりの物で、これは祖母との生活の賜物だろう……




「よ~し、そろそろ頃合いだろう。 食べていいぜ」


「わ~い!!!」


そのうち涎が垂れるんじゃないかと思うほど、口を開けたまま焼ける魚の様子を観察していたイヴが、目にもとまらぬ速さでかぶりつこうとした瞬間、リプスによって遮られる。


「イヴ、ご飯を食べる前には”いただきます”って言うんですよ」


「なんで?」


「食事と言うのは自分が生きるために、食材の命をいただく事だと、私の知識の中にあります。私やイヴの場合……この食事に意味はありませんが、やはりここはこの魚の為、そしてこの食事を作ってくださったレオン様の為にも、”いただきます”と言いましょう?」


「命をいただくときにはっていうの?」


「そうね」


「わかった! じゃあいただきます!!」


リプスの言葉をちゃんと理解できたかどうかはわからないが、イヴは元気にいただきますと言うと魚にかぶりついた。


「レオン様! 美味しい!!」


イヴは目をキラキラさせながら、素直な感想をレオンにぶつけた。


「ええ! 私もとても美味しいと感じます」


遅れて食べたリプスも笑顔を向けている。


「そうか! シンプルな料理も意外と奥が深いからな。誤魔化しがきかない分、斬り方や塩加減、焼き加減で差が出てくるんだ」


自分一人の食事が長くなり、そんなことはあまり気にしなくなっていたが、久しぶりに振舞う相手がいるということで、手は抜かなかった。


調理器具だが、

”旅に必要そうな物は最低限だけど鞄の中に入れておいたから”

そう言ったリリスの言葉通り、包丁などの調理器具と最低限の調味料などを準備してくれていたおかげで、今回の調理には困ることはなかった。


街なんかに行ければ、調理器具や調味料なんかも幅広くそろえることができるのではないだろうか……



二人の反応を見終わり、レオンも魚にかぶりつく。


「うん。 なかなかの出来だ」


人魚が獲ってきてくれた魚は白身だった。

素材の味を生かせるように塩加減に気を付けて、焼き方にも注意をはらったが、どうやら大成功だったようだ。

外は香ばしく、中はふっくらとした状態に仕上げることが出来た。


「人魚はどんな物を食べるんだ? よかったら食べないか?」


魚はまだまだある。

こんなにおいしい魚を持ってきてもらったので、見ているだけと言うのはあんまりだと、レオンは考えたようだ。


「そうですね……普段は私達も魚などは食べるのですが……その様な状態の物は食べたことはないです……」


「と言うことは生で食べるのか?」


「そうなりますね」


生で食べるのならばこの状態の物も食べられないことはないだろう。

味付けだって塩のみだ。

塩もこの世界にあるだろう……

自然界の物だし、特に問題ないとは思うが……

調理って言う概念がないんだろうか?

確かに想像してみても水中で生活するとなると、調理という工程自体が難しそうだ。

捕まえた魚などを、そのままガブリか……


レオンの視線は自然と人魚の口元に向けられた。


なかなかワイルドだな……

水中でガブリということは……あたり一面血の海ってことで……

いや……辞めておこう。


想像するのをやめ、レオンは人魚に向き直る。


「焼いている以外、特に特殊なことはしてないから、大丈夫だと思うぞ。一口食べてみて、無理そうならやめておけばいいから……どうだ?」


串を一つとると、人魚に差し出した。



人魚にはやはり抵抗があるのだろう……

様々な角度から調理された魚を観察している。

そして、意を決し、ハムッ! っと可愛らしい口で一口魚を頬張った。


「どうだ?」


問いかけにも目を瞑り、モグモグと魚を噛み締め続ける。


やっぱり、ダメだったか……

種族によって食べる物は異なるはずだ、味覚だってもちろんそれによって違うだろう。

仕方ないことだ……


レオンが少し残念に思っていたその時、


「こんなの今まで食べたことがないです……すごく……すごくおいしいです!!」


二口、三口と人魚はパクパクと口を進めていく。

そのあまりの勢いに流石に驚いた。


「オイオイ、そんなにいきなり食べて大丈夫か? 俺はうれしいけどな……身体とかは大丈夫そうなのか??」


「はい! 大丈夫だと思います」


人魚はそう告げると夢中で魚を頬張る。


よく考えればイヴ、リプス、人魚、三人ともこういった食事は初めてではないのだろうか?

そんな三人が自分の料理を夢中で食べてくれることに俺は心から喜んだ。

美味しいと言って食べてくれる相手がいると、最近嫌になってきていた料理もこうも違うんだな……



レオンはそんなことを感じながら、自分も魚にかぶりつくのだった。

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