第14話 緩やかな時間

賑やかだった食事も一段落すると、一同を取り巻く空気は徐々にゆっくりとした物へと変化していった。


パチッ……パチッ


炎の中にくべられた少し太めの薪が弾ける音のみが、静かな夜の世界に木霊する。

炎の優しく揺らめく光と、温かさ……

そして頭上には見たこともないほどの数で埋め尽くされた、


星、星、星――


様々な色の星は自分を見てと言わんばかりに瞬き、一つ一つがその存在を自己主張してくる。


レオンはその壮大さに目を奪われ、しばらくの間見とれてしまった。



「レオン様~~……Zzzz」


「まぁ。イヴったら」


イヴは魚をお腹いっぱい食べた後、すぐにムニャムニャと気持ちよさそうにレオンの膝枕で眠ってしまった。


「……イヴは本当に子供みたいだな」


外見はそこまで”幼い”と言うわけでははないのだが、どうやら内面には”幼い”と言う言葉が当てはまりそうである……


人魚がとってきてくれた魚は皆で綺麗に食べ尽くしてしまった。

リプスとイヴも結構食べたが、驚いたのは人魚である。

種族として大食いなのか、それともこの人魚だけが大食いなのかはわからないが、レオンと同じか、下手をすればそれよりも食べたのではないだろうか?


「二人は満足したのか? まだいるようなら申し訳ないがまたとってきてもらわないといけないが……」


「いえ、私はレオン様の御料理を十分に堪能させていただきましたので、満足です」


元々食事に意味を持たないリプスがえらく食べるなとは思っていたが、俺の手料理を食べたいという欲求だったわけか……


「申し訳ないです……つい夢中でかなり食べてしまって……むしろ……ええと……レオン様……で宜しいのですか? まだ必要でしたらまたとってきますが」


人魚は申し訳なさそうに小さくなっている。


「ん? ああレオンなんてやめてくれ。この二人が様なんてつけて呼ぶのは……まぁ主従関係……になるんだろうな。そういったところからだし、他の者から様なんてつけて呼ばれるほど俺は偉くないよ。俺も十分に堪能させてもらったから気にするな。それに振舞った料理をたくさん食べてくれるというのはうれしいもんだ」


人魚に向かって優しく微笑む。

すると人魚は少し恥ずかしそうにしながら鼻の上の辺りまで水の中に浸かってしまった。


「そう言えばまだお互い名前を聞いてなかったな……もうわかってると思うが、俺はレオンだ。こっちがリプス」


ぺこりとリプスが人魚に向かって頭をさげる。


「で……君を獲って……ここで寝てるのがイヴだ」


イヴの尻尾が一度だけ揺れる。


なんていいタイミングなんだ……実は起きてんのか?

イヴの顔を覗き込んでみたが、気持ちよさそうに涎を垂らしながらスウスウと寝息をたてていた……


俺のズボン……


どうやら尻尾の動きはたまたまだったようだ。



「ブクブクブクブク……」


レオン達が名乗り終わったので、どうやら人魚も名乗り返してくれているようなのだが聞き取れない。


「すまない……水の中から顔を出してくれないと聞き取れそうにないな……」


「す! すみません……私ったらつい……」


人魚は慌てて水中から顔を出すとペコリと頭を下げた。


「私の名前はアレア……アレア・セーレイドと申します」


「アレアって言うのか。じゃあ改めて……魚ありがとな! アレア。 すごく美味しかった」


「私達もよく食べる魚ですが、喜んでいただけてよかったです」


アレアは嬉しそうだ。


「それで? 俺達と話してみたかったんだろ? イヴのことの謝罪と、魚の御礼もあるからな。遠慮はいらないぞ?」


「でわ……お言葉に甘えて……」


アレアはチラチラとレオン達の様子をうかがいながら口を開いた。



「率直に伺います……貴方達は何者なのでしょうか?」


「本当に率直だな」


アレアの全く濁さない問い、レオンは少し笑う。


「申し訳ありません……でも大事なことなので……」


「大事……か。 理由をきいてもいいか?」


アレアは少し考えるそぶりをみせ、


「わかりました」


そう言って質問の真意を話し始めた。



「私達の種族は閉鎖的だとお話しましたよね?」


「ああ、聞いたな」


「この湖は恐ろしく広く、そして深い……最下層にはそれこそ大型のモンスターなども潜んでいます」


”大型モンスター”と言う単語にレオンの瞳が少しばかり輝く。


「私達も普段はその最下層で生活しています……」


「へえ。すごいな! その大型モンスターと共存はできてるのか?」


「あの……イヴさんにこうもあっさり捕まってしまったので説得力はないと思うんですが、この湖の中での私達種族の地位は最上位付近に位置します。ですので、むしろその大型モンスターの方が下位である場合も多いのです……」


「そうなのか……?」


「はい……中でも水中での移動速度はこの世界でも屈指……人間達がいくら私達を探そうと試みても、この湖の広さと深さ、そして私達の力、水中での移動速度……全てが合わさって、未だ人間達は私達の姿すら見たことはない……そのはずだったんですが……」


アレアの目が、完全に夢の中に旅立っているイヴに目が向けられる。


「同じ水中で活動する者の手を借りて私を捕らえたと言うのも問題なのですが……その……に……水中で捕らえられたとあっては……私達種族は、今後のことを考えないといけないほど……重大なことですから……」


アレアの表情は暗い。


確かにこれは大問題だろう……

どうやら一部の人間達は人魚を探しているらしい。


理由は食べるためだ――


今までは水中での圧倒的な力の差のおかげで人間達の手は届くことはなく、平和に暮らしていたが、レオンの返答次第ではその暮らしがくつがえされかねないためだ。


「人魚は未だに人間に見つかってないんだよな?」


「ええ。人間達に捕らえられた……と言った話は聞いたことがありません」


「だったら人魚の存在は何処からバレたんだ?」


レオンの指摘はもっともだ。

人魚の姿を見ていないのに、一部の人間は存在を知っていて、食べた後の効果まで期待している……おかしな話である。


「そのことなのですが……」


アレアは思い当たることがあるのだろう……ポツリポツリと話し出した――

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