第12話 人魚

人魚としても突然のことで状況を把握することができず、気が動転しているのだろう……

たとえ遅くても、その両手を使って一歩ずつ這う様に湖を目指せば移動できると思うのだが、尾びれだけを必死に動かし、濡れた地面を叩くビチビチと言う音をいまだ周囲に響かせている……


「なんなんだ?」


レオンはそんな人魚を熟視する。

髪はルーズウェーブのロングヘヤーで、この湖のような透き通った水色。


上半身は人間とほぼ変わらず、胸は奇跡的にその綺麗なロングの髪によって隠され、顔は……その見事な上半身とは裏腹に、幼さを感じさせるものだった。


そして先ほどからビチビチとうるさい尾びれだが、透き通ったほのかな色づきや、形の美しさも印象的だが、なにより驚いたのはその大きさだ。


レオンが今まで想像していた人魚のイメージの2倍以上は大きい……

これほど大きな尾びれを持つのだから、水中での移動速度はかなりの物だろう。



「レオン様! お魚獲ってきたよ!!」



突然の人魚登場に固まっている二人と必死にバタつく人魚……

は一匹なのか? 水揚げされたから一尾?

それとも一人なのだろうか……


レオンの元に、飛び込んでいったままの姿のイヴが、なかなかに聞き捨てならないことを言いながら戻ってきた。


「おい……まて。イヴは今って言ったか?」


「え? そうだよ?? お魚って水の中をスイーッスイーッ! って泳いでるんだよね?」


イヴは身振り手振りを交えながら一所懸命に魚の定義を伝えてくる。


「……そうだな」


「うん! だからね、お魚」

満面の笑みで人魚を指さす。


「そうか……確かにイヴのその定義でいけば魚……だな……じゃあ次だが……イヴはこれを食べるのか?」


「??? レオン様は食べないの?」


そんな返答が返ってきて気が付いた……

イヴは魔銃であり、元魔剣だ……

リリスから聞いたあの話によれば、イヴにとって主人以外は皆食料と言う認識だったんではないだろうか……

そうなればだ……対象の姿形などは、イヴにとってどうでもいい……そんな認識なのではないだろうか……


「一つ聞きたいんだが……イヴがこの……魚……を選んだ理由はなんだ?」


イヴは人差し指を唇にあて、ん~っと考えるそぶりを見せると、


「一番レベルが高くて、いい魔力が補給できそうだったから!!」


バンザイをしながらニコニコと返事をしてくれた。

どうやら、自分としてはうまく説明できたことが嬉しかったようなのだが、イヴは裸のままであり……とても目のやり場に困る……



しかし、やっぱりか……

もしかしたら、この世界では人魚も食材かもしれないが……

俺にとっては今のところこれはとしては受け入れられそうにない……

でも、イヴの感覚で一番いいと思う食材……を取ってきてくれたってことだよな?

そうなると、怒るということは違う気がする……


「リプス」


「なんでしょう? レオン様」


「リプスがもし今回魚を取ってきた場合、どんなものを持ってきた?」


「そうですね……私でしたら、レオン様が元いた世界のことを考慮に入れまして、この湖にいるかどうかはわかりませんが、マスなどの魚を探そうとするかと思います……」


その言葉を聞いてほっとした……

やはり、そういった面での感覚がズレているのは、とりあえずこの中ではイヴだけのようだ。



「……イヴ失敗した?」


リプスのやり取りから何かを察したのだろう……

人差し指を噛みながら上目遣いに問いかけるイヴは、今にも泣きそうである。


「いいや、ありがとう。この湖内でイヴが考える最高の食材を持ってきてくれたんだろう? 失敗なんてしていないさ」


レオンはそう言いながら、まだ濡れたままのイヴの頭を優しくなでる。

イヴはいつもピンッ! と起きている耳をたたみ、とても気持ちよさそうだ。


「でもな、俺は今のところこれを食べるつもりはないかな……」


「どうして?」


「この世界がどうなのかはまだわからないが、俺は見た目が人間に似ている物を食べようとは思えなくてな……」


「でも、このお魚すごく魔力高いよ?」


なるほど……俺に効率のいい食事を勧めようというわけだな……



人魚に目をやると、どうやら逃げることは諦めたようだ……

あの無駄な動きはやめて、小さくなって怯えている。

先ほどから”食べる”だの”食べない”だのと言ったフレーズが出てくる度にビクビクと身体を震わせている。

その様子を見ていたレオンは何かに気が付いたようだ。


「イヴ、魔力に関して言えばどうやら俺は無尽蔵にあるらしい。だから何も魔力を効率的に摂取しなくても問題ないんだぞ?」


その言葉にイヴの顔がパァッっと明るくなった。


「そうだった! イヴね……レオン様のこと大好きだから、魔力一杯摂取してもらわないと……今までの御主人みたいに……最後はイヴが……だからね……魔力が高そうなお魚一所懸命探したんだ……」


イヴのこの行動は俺を思っての事……

だから魚を取りに行くのもあんなに張り切ってたのか……

ならば尚の事、怒ると言うことはありえないな。


「今までの御主人はどうかしらんが、俺なら心配いらない。だからそんな顔するな」


レオンはさっきよりも強めにガシガシとイヴの頭をなでる。

すると、エヘヘと嬉しそうに笑うのと同時に、尻尾が千切れるんじゃないかと思うほど激しく左右に揺れ出した。


「レオン様怒ってない?」


「ああ。怒るわけがないだろう? だが、折角とってきてくれた”魚”だが、悪いが俺はこれを食べないぞ?」


「うん! わかった!!」


「よし」


どうやらイヴは納得してくれたようだ。



「さて……じゃあこの人魚をどうするか……だが……」


その言葉に人魚は身構える。

表情からは絶望と言った感情が見て取れた……


「俺の言葉は通じているのか?」


しかし、人魚は両手をギュッと胸の前で硬く組み、目を固く閉ざしてしまった……


「レオン様が御聞きになっているのです! 答えなさい!!」


どうやらレオンの問いかけに返答をしない人魚に、リプスは御冠おかんむりのようである。

軽く殺気をも含むそのリプスの声に人魚の絶望の色は更に色濃くなり、ついにはガタガタと震えだす始末……


「リプス……やめないか。 怯えてんじゃないか……」


「ですが!」


「いいから……イヴ」


「なぁに?」


「この人魚どうやって捕まえてきた?」


「え~とね、ボクが泳いでたら物凄い速度で泳いでる何かが見えたから、ボクも一所懸命泳いでね! 尾びれを捕まえて、レオン様めがけて投げ飛ばした!!」


嬉しそうにブンブンと尻尾を振り、小振りで形のいい胸をエッヘン! とはりながらイヴは答える。


物凄い速さで泳ぐ――


レオン視線はあの見事な尾びれに向けられる。


やっぱり予想通りか……

でも待てよ……それに一所懸命泳いで追いつくイヴはどうやって泳いだんだ??


今度はイヴに視線を向けると、ある一カ所で視線をとめた。


尻尾……今も元気よく左右にブンブンと振られている……

あの尻尾をスクリューの様にグルグル回して……?

それが可能ならイヴは尻尾で飛べるのではないだろうか!!?



「いや……そんなわけないだろう……」


レオンは膨らんでいく妄想を自ら打ち切った。


「どうしたの?」


「いや、何でもない。そんな状況なら怯えても仕方ないだろう……散歩してたら突如拉致られたようなもんだ……優しく接してやれ。 いいな? リプス」


「レオン様の御心のままに……」


口ではそう言うが、リプスは納得していないのを隠そうともしない。


全く……そのブーたれた姿は美人な顔が台無し……いやそうでもないな、美人な顔が可愛くなった?

面白い……


「あの……なんでしょうか?」


レオンが余りに顔を見つめるので、リプスは恥ずかしさからブーたれた顔をやめ、頬を赤く染めた。


「いいや、なんでもないさ」


そんなリプスを尻目に、レオンは人魚と同じ目の高さにまでしゃがみこんだ。


「なあ? 俺達の言葉、理解してるんだろ? 驚かせて悪かったな……大丈夫だ、聞いてみたいことがあるんだ。少し話をしないか? その後は勿論湖に帰してやるから」


その言葉に恐る恐ると言った感じで見開かれる。

その瞳はグリーンでまるで宝石のようにキラキラと輝いていた。


二人は10秒ほど目があっていただろうか。

すると人魚の口から


「カッコイイ……」


ボソボソと何かやら声が漏れた……


「すまない……よく聞き取れなかった。もう一度言ってくれないか?」


「え!? いえ!! なんでもないです」


みるみる茹蛸ゆでだこのように人魚の顔が赤くなっていく。

そして人魚はそんな自分の顔を隠そうと、今度はその両手で顔を覆い隠してしまった……


「オイオイ……そんなに怯えなくてもいいじゃないか……」


「いえ!? これは……その……違います」


「違うって何が?」


「………どうかお気になさらず」


人魚の態度は腑に落ちないが、会話はできそうだと判断したレオンは言葉を続けることにした。


「なら聞いてもいいか?」


「はい……あ! その前に……」


「なんだ?」


「私を食べないというのは本当でしょうか?」


「ああ、食べる気はないぞ? すまなかったな。イヴがちょっと勘違いをしてな。食材として君をここに投げ飛ばしたのは事実だ。謝る。だが、もうそんな心配はしなくていい」


「本当に本当ですか?」


「くどいな。 俺は君を食べる理由がない。それとも何か? 人魚を食べるといい事でもあるのか?」


この問いかけに人魚はかなり頭を悩ませている。


(一体なんだっていうんだ……?)


「本当に知らないのですね……」


「ああ……」


スーッと息を吸い込む人魚は、何かを決意した様に見えた。


「……人間達は私達人魚を食べると、不老不死や、潜在的な魔力が格段に跳ね上がると信じているため、一部の人間は私達を常に狙っていると聞きます……」



そう話す人魚の声は震えている……



「不老不死に……潜在的な魔力向上か……本当にそんな効果があるのか?」


「あくまでも人間達がそう言う効果がある……と言っているらしいと聞き及んでいるだけですので……私達はなにも……」



男は何やら考える素振りを見せている。

ああ……やっぱり……

自分からこんな話をするなんて、なんて馬鹿なんだろう。


これでは食べてくださいと言っているようなものじゃない……

でもこの御方になら……

ってなに考えてるの! 食べられるのよ!? 死ぬんじゃ意味ないじゃない……




この人魚面白いな……

さっきからコロコロと表情を変える……

ついさっきまで絶望していたかと思えば、今はなんなのだろう……

地面に寝転がってゴロゴロと左右に行ったり来たりを繰り返している……



そんな人魚をみてイヴは何かを刺激されるのだろう……

目をキラキラさせて人魚の動きを目で追いながら、、尻尾をフリフリさせている……

今にも飛び掛かりそうだ……



「お前はまず服を着ろ……」


「んにゅ?」


「リプス!」


「かしこまりました。ほらイヴ? 服を着ましょう……手伝ってあげますから」


「え~!? 今のままの方がいいのに……」


「つべこべ言いません!」


二人はイヴが脱ぎ散らかしている服の方へと歩いて行った。


「やれやれ……」


見た目は全く違う二人だが、このやり取りから姉妹と言った言葉が自然に浮かんでくる。


「おい……ソロソロ戻ってこい」


「ハヒィ!?」


いっこうに転がるのをやめようとしない人魚にレオンは声をかけた。

人魚はビクッ! と身体を強張らすと、急いで起き上がり、女性が足を崩した時のような状態で座りなおした。


「不老不死に潜在的な魔力向上って話なんだけどな?」


「ええ……」


「特に興味ない」


「そうですよね……やっぱり私を食べるんですよね……」


「いや? 話を聞け。 興味ないって言ってるんだ」


「皆……先立つ私をお許しください…………え? 興味ないんですか?」


「ああ。全く」


あっさりとした返答に人魚は目が点になっている。


「あの……いえ、決して死にたいというわけではないんですが……そう言ったことに興味はないんですか? あなたは人間種でしょう? 人間種ならば、ほらあちらの御付きの方々はエルフや獣人種です。寿命が段違いだからずっと一緒にいたい……とかないのですか?」



なるほど……この世界の住人からは俺のこの姿はとして認識されていると……

そして、エルフや獣人種も存在しているってことだな。

そして人間種の寿命はそれらと比べると短いと……

概ね今までやってきたゲームなんかの設定と同じだな。



「そうか……俺は人間種に見えるんだな……でも恐らく君が知る人間種とは違ってな。不老……はまだわからないが、ちょっとやそっとじゃ死なないだろうから、不死はまぁ達成しているようなもんだろ……そして、魔力だが……これもまぁがあって困ることは無さそうだ。よって、興味はないな」


「……………」


人魚は絶句してしまった。


「で、では……あちらの方々は? そう言ったことに興味はないんですか??」


人魚に言われて二人を見る。


リプスに


”それじゃあ前後が反対ですよ”


なんて言われながら、イヴが一所懸命にホットパンツを履いている所だった。

神剣と魔銃だ……恐らく不老不死なんてクリアしているに違いない……



「あいつらも普通じゃないからな……興味ないだろ」


「そ……そうですか……じゃあ本当に?」


「ああ……食べる気はないな」



その言葉を聞きヘナヘナと人魚は力が抜けてしまった。



「信じてくれたか?」


「はい……それに本当に食べる気でしたら、とっくに私は……でしょうし」


「まぁ……そうだろうな」



そんなやり取りをしていたレオンの元に、二人が戻ってきた。

どうやら無事にイヴは服を着終えたようだ。



「イヴ服ちゃんと着れたよ! レオン様えらい!?」


ここで”普通のことだ”なんて言ったら恐らくイヴの自尊心を傷つけてしまうだろう……


「ああ! えらいぞ」


そう言いながらワシャワシャと頭を撫でてやる。

あの想像が本当に出来るのではないかと言うほどに、イヴの尻尾は全力で喜びを表現している。


「フフ、良かったですね。イヴ」


「うん!!」


そんなイヴをリプスはやはり優しく見つめるのだった。




「あの……それで、私に聞きたいこととは何なのでしょうか?」


自身が食べられないという確信と、この和やかムードのおかげで人魚は大分落ち着いたようだ。

先ほどまでの取り乱した印象とは違い、何処か気品すら感じさせる。

こちらがこの人魚の普段の姿と言うことなのだろう。



「ああ……まぁ、とりあえず聞きたいことはたいしたことじゃないんだ……」


「お気になさらず。 私にわかる事でしたら何なりと……」


「そう気を張られると言いにくいんだが……この湖に食べられそうな魚はいないか?」


「……………」


人魚の時が5秒ほど止まっていたように感じる。



「はゃ……はぁ……ハックチョン!!」


「まぁ……裸でずっといるから……」



そんな雰囲気とは無関係に相変わらず二人は姉妹の様な事をしている。



「へ? 魚ですか??」


「ああ……腹が減ってるんだ……この湖に住んでるんなら食えそうな魚がいるかどうか知ってるだろ?」



ぐ~~~~~~~~~~~


夜の色が辺りを支配し、シンっと静まり返った世界に再びレオンのお腹の音が響き渡る……

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