第11話 出発

「スゲェな……」


元の世界から余りにもかけ離れたその風景に、レオンは思わず声をもらした。

空には三つの太陽らしき物があるのだが、リリスの店を出た時からいっこうに動く気配はなかった……


この世界は自転や公転をしていないのだろうか?

となると……いつまでたっても昼なのだろうか……??


そんなことを考えながら、リリスにもらった馬型の魔獣にまたがり、文明がありそうな場所を目指していた。


リリスからはあの後、なんでも無限に収納できる魔法道具マジックアイテム強欲獅子の無限鞄レーヴェニティアタッシュと、今またがっている魔獣を召喚することが出来るハンドベルを貰った。


今のレオン達ならば、自分で走るなり、飛ぶなりした方が速いのだが、


”雰囲気が大事”


と言うリリスにおしやられた形で、緊急時以外の長距離移動は何かしらの手段を使うという約束を結ばされてしまった……


しかし、よくよく考えてみればこの世界をゲームのようにゆっくりと見て回りたいと思ったため、レオン本人には願ったり叶ったりだったようだ。



当初はこの世界にも馬が存在しているらしく、黒毛の馬が二頭と白毛が一頭、どれも美しい毛並みの物を三人の為に用意してくれていた。


しかし……いざまたがってみるとこれまたリリスが、


”ダメだ! 私のお客様がこれじゃあ普通だ!!”


そんな風に発狂した為、このハンドベルが登場した。


店に移動できる物と比較すると、少し高い音程のこのベルを鳴らして現れたのは、先ほどの馬の三倍はあろうかと言う巨体の馬型の魔獣。


黒く艶やかな毛並みは美しく、その見事な筋肉をより一層引き立てている。

そして一番目を引くのは、額からはやした見事な一本の角だろう。


黒き閃光の一角獣アロクネロスと言う名前のこの魔獣は、この世界の強者つわものが自身の移動手段として手懐けることができるギリギリのレベルの魔獣で、その強靭な筋力から瞬発力、持久力ともに優れているという。


勿論そんなレベルなので、アロクネロスを手懐ける者は数少ない。


そんな目立つことをしてもいいのか? とリリスに訪ねてはみたのだが、”大丈夫。 レオン君達ならそんな魔獣なんてすぐに霞んで、誰も気にしなくなるから”


自信満々にそんなことを言っていた。

どういうことかをレオンが問いただしても、その先は煙に巻かれてしまった……




そんな魔獣にまたがって空を見つめたレオンの視線の先には、あの三つの太陽があった。

いや、正確には先ほどまで太陽ものだ。



少し薄暗くなってきたなと思い、空を見上げたのだが、そこにはあの太陽を中心に空が徐々に夜へと変化していくではないか……


太陽の輝きもそれに伴って徐々に失われていく……



「レオン様? どうしたの?」


股の間に収まり、手綱を持つ手によって後ろから抱きしめられる形になっているイヴが、下から見上げながらレオンに問いかける。


「ん? いやぁ……俺が元いた世界とは懸け離れた日の暮れ方をするから、思わず声が出た」


「確かに、私が創造主より与えられた知識からしても、これは珍しいですね」


レオンを後ろから抱きしめているリプスも同意する。



そう、レオン達はアロクネロスに三人乗りをしている。

イヴを抱きかかえる形でレオンが乗り、そのレオンに後ろから抱き着く形でリプスと言った具合だ。


アロクネロスは巨大な馬車でさえ難なく引くことが出来る程の魔獣らしく、三人乗ったところで何も騎乗していない状態とほぼ変わらないらしいのだが……


恥ずかしい――


そんなレオンの訴えは三人によって即却下されていた。



「やっぱそうだよな?」


「ええ、恐らくですがあの天体そのものによって昼がもたらされ、あの天体によって夜ももたらされる……といった具合でしょうか?」


「はぁ~~」


レオンは、今までゲームや映画などを沢山見てきたが、どのファンタジー物の中にも、こんな現象は出てこなかった。


事実は小説よりも奇なり――


それをまさかこんな形で体感できる日がくるとは……

レオンの中にあるゲーマー魂に静かに火が付いた。


「この世界を隅々まで見て回るぞ……!」


「はーい!」


「レオン様の御心のままに」


そんなレオンの心の変化に二人は気が付いたのだろうか? どこか楽しそうに、二人は迷うことなく返事をするのだった。



アロクネロスは主人であるレオンの意志を汲み取り再び歩き出した。

アロクネロス程にもなれば、手懐けている主人の思考を読み取るらしく、馬術など知らないレオンでも騎乗には全く問題にならない。



再出発からしばらく経ち、辺りはすっかりと日が暮れてしまった。

だが今のところ、目的地である文明がありそうな場所が見つかる気配はなかった。



ぐ~~~~~



夜の色が辺りを支配し、シンっと静まり返った世界に不思議な音がこだまする。


「まぁ」

「あれ?」


そんな音を勿論二人が聞き逃すはずがない。


「すまん……腹が減った」


電撃を喰らおうが、槍が突き刺さろうが死ぬことはなく、魔力も無限に湧き出てくるこんな身体になっても、どうやら空腹にはなるようだ。


「お前たちは……腹減ってないよな?」


「レオン様ので常にお腹いっぱいだよ?」

「右に同じです」


やっぱりな……


元々剣と銃である二人の腹が減るとは=魔力が減るということであるため、

レオンの側にいる限り、常に力を供給されているらしいこの二人には、無縁の感覚だろう……


「ん……? 腹いっぱいでも口から食物を摂取できることはできるのか?? リリスの店で焼き菓子食ってたろ?」


「可能です。ただそこから栄養などを取ることはありませんので、あくまでも味を楽しむだけ……にはなるようですが」


「僕もそんな感じ~」


なるほど……


二人にとって生物的な意味は皆無だが、一緒に食事をとることは可能だということか……


「それで十分だ。一人の食事はもう飽きた……おあつらえ向きに湖の側だ。 魚……いるよな? 魚を取って食べるから俺に付き合え」


「かしこまりました」

「お腹すいた~!!」


いや……イヴは今腹減ってないって言ってただろう……


レオンは心の中でツッコミを入れた。



一人以外でとる食事は祖母が亡くなって以来だ。

仮に食事自体に意味を持たない二人だとしても、同じ食卓を囲めるのと囲めないのではわけが違う。



ご飯を食べるという行為にこんなにもワクワクしたのはいつぶりだろうか……

婆ちゃんには申し訳ないが、家族が生きていた時以来か……

あの頃は父さんが仕事から帰ってくるのを、母さんと姉ちゃんが作ってくれた食事を目の前に、ワクワクしながら待ってたっけ……


「さて……そうなると火をおこして……いや、魚獲る方が先か? しかし、竿ないしな……」


水面でも殴れば衝撃で気絶した魚が浮かび上がってこないだろうか?


そんなことを考えていると、


「ボクが魚獲ってくる~!!」


イヴは大声でそう叫ぶと、一気に服を脱ぎ始め、返答も待たずに一糸まとわぬ姿で湖に飛び込んでしまった。


「オイオイ……」


「まぁ……イヴったら」


レオン達はイヴが飛び込んでいった辺りを見ているが、一向に上がってくる様子はない。


「大丈夫なのか? この湖相当広いぞ? 実は泳げませんでした……とか、モンスターに襲われたりとかしてないだろうな?」


水平線すら見えるこの湖を見渡しながら、残ったリプスに問いかける。


「大丈夫でしょう。 あの子も私と同等の力を宿す者です。リリス様のお話によりますと、この世界では私達レベルですら同格を探すのが難しいだろうとのことですので」


確かに……まぁ、あれでも恐ろしい威力をもった魔銃だ。

仮に湖の中にモンスターがいたとしても自分で対処できるだろう……


そうは思うんだが――


活発な妹のような雰囲気も感じられるイヴには、大丈夫だとは頭でわかっていてもなぜか心配せずにはいられない。



「姉ちゃんも俺の事そんな感じで見てたのかな……」



「申し訳ありません。よく聞き取れませんでした」


思わず思ったことが口に出てしまった。

だがボソボソと話していたようでリプスの耳には届かなかったようだ。


「いや……魚はイヴに任せるとして、火をどうしようかと思ってな」


ゲームの中のレオンは、そのの力は凄まじかったが、魔法などは一切使っていなかった。


炎や雷、その他諸々の属性攻撃をしていなかったかと言えば答えはNOだが、それは武器などに付与されていた力だ。


付与された力が、人の手に負えないような力でもレオンは問題なく使いこなすため、そういった点からもゲーム内では規格外だった。



ゲームの中のレオンの力を受け継いでいるということは……

しかしその為、恐らくだが試すまでもなく俺には魔法の力はないだろう。



「リプスは火とかおこせそうか?」


ゲーム内の【アポカリプス】の属性は炎だった。


こちらもそのまま転移しているのであれば恐らくだが……


「はい。 私には全てを焼き尽くし、世界に終焉を迎えさせるための炎の力をこの身に宿しております」


そういうとリプスは通常の炎の色とは異なる、濃い黒が混じったような紫色の炎をボワッっとその右手の上に球体のような形で出現させた。


「終焉を迎えさせますか?」


「いやいや! まだ旅の一日目の夜だ!!! そんな物騒な物さっさとしまってくれ!!!」


こいつを作った神は本当に”正しき意志”を植え付けているのだろうか?

はなはだ疑問だ……


「勿論冗談ですよ?」


ウフフとリプスは笑う。


「いや……笑えねーわ……」


「残念です……」


本気でレオンを笑わせたくてとった行動のようで、リプスはかなり落ち込んでいる……

チョット……いや、かなりずれてるかもしれない……

活発で手のかかる妹みたいなイヴに対して、清楚なお姉さんと言う印象を受けていた……

基本は今もそんな感じではあるのだが、どうやら一癖あるようである……



「申し訳ないんだが、焚火をおこしたいから火をつけてもらえないか?」


「そのような物言いはやめてください……レオン様。レオン様の命令には何を置いても従います」


「そ……そうか? ありがとう」


焚火の火おこし程度で命令ってのもそれはそれでおかしいと思うんだけどな……


「そして……」


「ん?」


なにやらリプスは頬を赤らめてモジモジと何か言いにくそうにしている。


「なんだ?」


「はい……レオン様のおかげで、この様なを持つことが出来ましたので……その……夜伽よとぎなども命じてくだされば……その……」


「は?」


よとぎ……ってなんだ??


正直俺は文系には疎い……

と言われて思いつくことは刀研ぎだが……


ってなんだ?


まぁリプスは元々剣だからな……そういったメンテナンスが自分でできるようにってなったってことか?



「そうか……なら頼む。 万全の状態に整えてくれ」



俺のその答えに何故かリプスは一瞬目を丸くした。


そして次の瞬間、


「私のをもってレオン様を丁寧に整えてみせます!!」


まっすぐにレオンの目を見つめ、静かに、そして力強くそう宣言した。


え? なんで俺を整えるんだ……? 

もしかして俺は返答を誤ったんだろうか?


スイッチが入ったように、リプスは突如艶っぽい表情になり、色気全開で詰め寄ってくる。


「あ……リプス? 俺はその……知らなくてな……」


「レオン様は何も心配しなくて大丈夫です。 創造主により様々な知識を私は与えられています。まさかこのような身体になれるなど夢にも思っておりませんでしたので、不要な知識と思っておりましたが……やはり知識にと言うものはないのですね……私に全てを委ねてください。完璧に勤めを果たさせていただきます」


自らの創造主に感謝の意を表しながら、どんどんとレオンに迫ってくる。


ダメだ……完全に受け答えを間違った。


レオンの頭の中にと言う単語が明確に現れたその時、



ビターーーン!!!



ビチビチビチビチビチビチッ!!!




真横に突如人魚が降ってきた。

人魚は逃げようと必死にバタついているため、辺りにはビチビチと言うその美しい尾びれで地面を叩く音が響き渡る。


レオン達が突然のことに状況が呑み込めず固まっていると、


「獲ったど~~~~~~~~~~~~~!!!」


そんな元気な声と共に、イヴが湖から飛び出してきた……

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