第9話 世界の劇薬

倒した龍の側に降り立ち、人間の姿に戻ったレオンは龍の顔の位置まで歩いていく。


「おい?」


 ………………


反応はない――


死んでいるのだろう。

しばらく見ていると、尻尾の部分から徐々に龍の身体が光に変わり飛散していく。

最後に顔の部分が消え去ると、そこに手のひら大のクリスタルが残った。

手に取るとしっかりと力を感じることが出来る。

何かの役に立つこともあるかもしれない。

レオンはそれをコートのポケットに入れた。


派手に暴れたが、助けに入ろうとする者や、こちらに向かってくる者の気配は感じられない。

あの男は一人で行動していたのだろう。



「さて……いきなり襲われたから考える暇なんてなかったが……一体どうしたっていうんだ?」


やっとそんなことを考える暇ができ、自身の状況について整理しようとしていると、目の前の空間に切れ目が入り、中からひょっこり見知った顔が現れる。

綺麗な金髪に深紅の瞳をした女性だ。


「リリス?」


「あ~~~!! レオン君!! それに君達もちゃんと来ているね!!」


リリスの視線は、背中のホルスターに収められた剣と銃に向けられ、満足そうにウンウンと頷いている。


「レオン君も立派になって!! その服装も決まって……決まって?」


言葉はそこで止まり、リリスの首がどんどんと傾ていく。


「決まってないね? なんというかボロ?? どうしたのそれ?」


(もっともな感想だろう……この状態の服が、決まっている!などと言われたらどうしようかと思った。)


「どうしたのかは俺が聞きたい……気が付いたらこの場所に寝ていて、ゲームの主人公の服装をしているかと思えば、いきなり変なのに襲われた……何故かゲームの感覚が残っていて、その通りに戦えば難なく戦闘は終わったはいいが、これからどうしようかと考えを巡らせてみれば、リリスが現れる……いったいどうなってるんだ?」


「あらまぁ……いきなりそんなことになってたんだねぇ~。でもまぁ片付いたならよかったじゃないか。こちらとしても一番のネックのの説明が省けて楽だし」



まさか狙ってあの男をけしかけたんじゃないよな? 

ないとは思うが……悪びれもなくそんなことを言うリリスに少しだけ疑いの視線を送る。


「ムムム……何やら疑いの視線を感じるんだけど、あの時と違って君の顔には書いてない。こっちに来てちょっと性格も変わってるみたいだし……あの素直だったレオン君は何処いずこへ……」


ヨヨヨと言った感じでリリスはレオンにもたれかかる。



「あら~! レオン君、もしかしてあのゲーム、かなりやり込んだ?」


身体にふれて何かに気が付いたのだろうか?


「ああ……面白かったからつい夢中になって」


その言葉を聞いているのかいないのか、レオンの全身を隈なく観察したり触ってみたりを繰り返し、リリスは非常に満足しているようだ。


「いや~!ここまで出来上がっていると通常よりはかなり早いけど、もうすぐ聞こえるかもね!!」


「聞こえる?」


「【アポカリプス】と【ダーインスレイヴ】だよ! 持ち主の力に比例して、このクラスの子達なら話ができるはずだよ」


剣と銃だ。 確かに使ってみてとてつもない力だとは思ったが……

それがしゃべる……

馬鹿らしいと一蹴しようと思ったが、純真無垢な視線を向けるリリスにとてもそんなことを言える雰囲気ではない……

レオンは茶番に付き合うことにした。


「おい! お前達」


ぶっきらぼうに剣と銃に向かって声をかけた。


「はい。レオン様」

「やった~! お話しできた!!」



(ほらな? 返事なんて聞こえてくるわけが………)



「おおお!!! この子達女の子だったんだ!!」


(あれ? クールビューティー? そんな印象を受ける凛とした声と、何処か幼さの残る活発な感じ、どこかで聞いた気がするんだけど……どこだったか?)


しかし、どうやら声はリリスにまで聞こえているらしい……

空耳ではないのだろう。


「本当にこの二つから声が聞こえてるのか?」


正直いまだに半信半疑である。

リリスがなにかやっているのではないか? 

そんなことを疑ってしまう。



「はい、私の名前は【アポカリプス】です」

「【ダーインスレイヴ】だよ! せっかくお話しできるのに、レオン様あんまりだよ!」



口なんてついていないので、明確にしゃべっていることは確認できないが、不思議とそれぞれがちゃんと喋っているということは伝わってきた。


「マジか……」


ホルスターから抜き出し、それぞれを目の前に構える。

するとどうだろう……


【アポカリプス】はその色鮮やかに光り輝く赤色は更に光を増し、ゆらゆらと蠢く様子は生き生きとしている。


【ダーインスレイヴ】も金色で掘られた模様はより色濃く浮かび上がり、その全身の漆黒の度合いも何段階も跳ねあがっているように見えた。



「素晴らしいね!! こんなに生き生きとしているこの子達を見るのは初めてだよ!! レオン君にはいったいどれ程の力が宿されているのか……」


リリスはあの店で見た時と同じ……いやそれ以上に興奮している。


「テンションMAXな所申し訳ないんだけどな……俺の身に起きたこの状況を説明してもらえないか?」


「ああ!! ごめんごめん……ちょっとあまりにも初めてのことが多くてね……長く生きていると大抵のことじゃ驚かないんだけど、今回は本当に特別で……」


長く生きてと言うが、多くても20年ちょっとではないのだろうか?

もしかしてよくある、見た目十~二十代、実年齢ウン百歳とかいうあれだろうか……


”リリスお前いったい何歳?”


と思わず出てきそうになる言葉を寸前の所で飲み込む。

自分より年下の男に年齢を聞かれて、機嫌が悪くならない女性なんて恐らくマイノリティだろう……



「おほん! じゃあ説明するね。レオン君に私は聞いたよね? ”この世界に嫌気がさしていないかい?”って。君は”はい”と答えた。だからこのゲームを手渡した。流石に既に戦闘まで済ませてしまっているようだし、薄々は勘付いていると思うけど、あのゲームはレオン君を元いた世界から、この世界に送り込むためのみたいなものだったんだよ」


「…………」


目を覚ました段階でリリスが現れていれば何を馬鹿な……

なんて言葉も出てきたかもしれないが、あんなことの後である。

それを否定することの方が難しい。


「フフッ……素直に飲み込んでくれるね? では次に、なぜゲームをやる必要があったか? これもまぁわかるよね? 簡潔に言えば、送り込む世界に対応するためだよ。辺りを見ればなんとなくわかるけど、レオン君が元いた世界ではありえないことがおこっただろう?」


「ああ……なんか人が平然と魔法みたいなものを使って、龍まで出てきた」


「龍だって!? へ~!! そこはあとでちょっと詳しく聞きたいな……とりあえず話をつづけるよ。ゲームのジャンルはね、送り込む人と送り込まれる世界によって変化するんだ。以前、私のお客さんになった人は確かスゴロク?みたいなゲームだったと言っていたよ。レオン君の場合は今回やり込んだゲームで、この世界だったってことだね」


「以前のお客さんって、俺みたいな奴がまだいるのか? となると……ここにも俺と同じ境遇のやつが?」


「ん~とね、世界はね……それこそ無限に存在している。そして一つの世界に、異世界から転移させられるのは一者のみ……これはなんで? とかじゃなくて世界のことわりだから追求しないでね。ちなみにね? レオン君がもとにいた世界にも転移してきている者がいるんだよ?」


「なんだって!? あそこにもこんな魔法使ったりするようなやつがいたの?」


流石に聞き捨てならない。

手品師とか超能力者とかそんな肩書で生きていたんだろうか?


「私のお客さんではないから詳しくは知らないけどね……転移する世界によってゲームも変わるっていったよね? あの世界に転移されている者のゲームは、経営シミュレーション系のゲームだったって聞いている。レオン君の世界で最近何か突然爆発的に進化したり、発展したような業界はなかったかな?」



思い当たる節はある。

IT業界。


そしてゲーム業界――


特にゲーム業界の進歩なんて他の業界に比べると劇的すぎるほどの急成長を遂げている……



「思い当たる物があるようだね? 恐らくはその近辺に転移した人がいると思うよ?」



突如リリスは何やら提げていたカバンをごそごそとあさりだした。


「やっぱり長くなりそうだ。この世界には私のお店を定着させてあるからそこで話そうか。お茶とお菓子もだすから」


取り出したのは小さいハンドベル。


鳴らせば店の人がやってきてくれる……そんな感じの代物だ。

リリスはそれを小刻みに振るうと綺麗なベルの音が辺りに響き渡り、音が途切れるのとほぼ同時に周囲の景色が一変する。


そこはあの薄暗くて怪しい店ではなく、年季は入っているが清潔感の漂う落ち着いた雰囲気の喫茶店のような場所だった。



「いい店だ……」


思わず口から洩れた言葉にリリスはすぐさま反応する。


「そうだろ? ここは私もお気に入りなんだよ。始めてレオン君がやってきた、あのお店はどちらかと言うと倉庫って言う印象が強いお店だからね。ここはね……いわばVIP専用って位置づけで私は使っているんだよ。といってもここに来たのはレオン君が初めてだけどね……」


いつものあのポーズをしながらリリスはなぜか照れている。


「VIP専用って……」


「そういうこと! レオン君とその子達は私にとっては初めてのVIPってこと!」


「リリス様 ありがとうございます」

「やった~!! ボクは特別だ!!」


リリスのその言葉に背中の二個? 二人――

二人の方が何故かしっくりときた。

二人はこの扱いに、大いに喜んでいる。


「まぁ適当に座ってよ。飲み物は何がいいかな? そういえばレオン君のいた世界のコーヒーって言う飲み物、美味しいね! いい香りがして私はあれが好きだな」



今更だけどやっぱりリリスは俺の元いた世界の人間じゃないのか……

でもここまでくるとそんなことは些細なことだ。


「コーヒー入れられるのか? じゃあもらえるか?」


「いいよ~。 じゃあちょっと待ってってね」


リリスはカバンに手を突っ込むとサイフォンとコーヒー豆を取り出す。

あのカバンはあれか?


○次元ポケット――?


普段からサイフォンなんて持ち歩かないだろうし、恐らくだけど、その認識で間違いないだろう。


店の中にコーヒーのいい香りが充満する。

コーヒーの香りは好きだ。

コポコポと言う音と共に、心をリラックスさせてくれる。


目を閉じ、しばらく香りと音を楽しんでいると


「お待たせ。付け合わせの焼き菓子は私の手作りだからレオン君の口に合えばいいけど……」


まずそのカップと皿の見事さに驚いた。

キラキラと光り輝くその二つはクリスタル製。


綺麗に施されたカットが光を乱反射して見る者を楽しませる……

コーヒーを一口飲んでみる。


美味しい――


程よい苦みは後を引くことなく香りの余韻だけをのこしてスッと消えていく。

普段自分が飲んでいた物より美味しいと感じるのは豆のおかげか、それともリリスの淹れ方なのか?


……きっと両者だろう。


そして焼き菓子だ。 見た目はクッキーと似ているのだが……


「うん!どちらも美味しい。 焼き菓子も今まで食べてきたものとは少し違うが、これはこれで美味しい」


「よかった! 君達にも何か振舞ってあげたいところなんだけど……」


「御気持ち大変うれしく思います。ですが私達はレオン様で満たされていますので」

「うん! すごいんだよ!!」


(……俺の力のことを言っているんだろうが、この声で言われるとなんともまぁ……)


「ですがこのままの感じでしたら、恐らくは……」

「うんうん」


リリスには聞こえないような小声で、二人はコソコソと何か言っている。


「さて、話の続きだね。で! ゲームを経て転移させられる者達は、十中八九その世界ではバランスブレイカーだ」


確かにあの戦闘では、魔導師や龍の実力がどの程度なのかはわからないが、酷く一方的な物だった。


「なんでそんなことをすると思う?」


リリスは悪戯っぽく笑う。


「……さあ?」


本当に皆目見当がつかない。


「ちょっとは考えてよ……グスン。それはね……世界にとも言える者を一滴落とし込むことで、その世界がどう変化していくかを観察するため……」


「……観察って誰が?」


「………誰だろうね?」


「知らないのかよ!!」


思わず素で突っ込んでしまう。


「私が存在する遥か昔から、そう導けと続けられてきたことだからね……私にもわからない」



何処か遠くを見つめてしまうリリスは、本当に知らないのだろう――

そう感じた。



「とりあえず! レオン君はこの世界で君の思うように生きればいいよ。他の転移者達もそうしているし」


「他の転移者も、リリスが俺みたいに相手してるのか?」


「今の純粋な私の担当はレオン君だけだね~。商品を購入しに私の店に来る常連さんはいるけどね。私のような存在も複数いるんだよ。あっ! そうだレオン君にこれを渡しておくね」


手渡されたのは先ほどのハンドベルだ。


「これを鳴らせばいつでも、どこにいてもここに来ることが出来る。何か必要なものがあったり、困ったことがあれば遠慮なくここに来ると良いよ。そのうち別の者が担当するお店なんかにも行けるかもだし」


正直困ることだらけだろう……レオンは素直にハンドベルを受け取った。


「次に、この世界のことだけど……この世界は”ルクス”と呼ばれている。一部科学が発展している国なんかもあるみたいだけど、基本的には魔導を利用した世界で、情勢は人間種の他に亜人種…さらには幻獣の類……神に悪魔……そういった物達が凌ぎ合っているってところかな?」


「まるっきしファンタジーの世界だな……」


「戦闘をこなしたって言ってたけど、その時のことを教えてもらえるかな?」


「ん?……ああ、まぁ突然だったからな……うまく説明できるかはわからないが……」


レオンはあの魔導師との戦闘、そして龍との戦闘のことを要点を絞って説明する。



「へ~! その男、この世界じゃかなりの実力者だよ!! 私の知識だけど属性魔法を動物の形状に変化させて完全に操るなんて、ほぼ最上位クラスの魔法だったんじゃないかな? しかしまぁそんな実力者なのに……たまたまレオン君に喧嘩吹っ掛けるなんて運の尽きだよね」


やはりあの魔導師は強い部類の人間だった。

恐ろしく高いプライドは、実力から来ていた部分も大きいということだろう。


「そして気になるのは龍だね~……龍なんかの幻獣種は、この世界に存在はしているけど、そうそう御目に掛かれる存在じゃないんだけどね。しかも封印されてたとなると……それ相当だと思うよ?」


そういえば何か欠片を拾っていた。


「龍が消え去ったとき、これが残ってた」


ポケットからクリスタルを取り出すと適当にリリスに投げる。


「もう! 危ないじゃないか!! どれどれ~~」


危ないなんて言っているがその反応はなかなかの物で、危なさは微塵も感じない。



いつの間にか取り出したルーペで、隈なく全体を観察し終えると、今度は卓上に現れた魔法陣の中心にクリスタルを置き、しばし空中に視線を走らせている。


その視線の先には、こちらから見る分には何もないが、規則的に動いているところから見ても、リリスにはモニターのような物でも見えているのだろう。

そう考えれば納得がいく。


「驚いたね……これは店に鎮座している商品達ともひけを取らないよ……ああ……もちろんその子達は別格だよ?」


リリスから丁重にクリスタルが返された。


「このクリスタルの中身は、それはそれは高威力の雷の集合体だったよ。あまりに規格外の威力から意志と実体を持つようになったんじゃないかな? まぁその存在はレオン君に倒されちゃったけど……恐らくはこの世界での悪神……そんな風に捉えられていてもおかしくないだろうね」


「神だって!? いや……でもたいしたことなかったぜ?」


「さっきバランスブレイカーだって言ったろ? レオン君はどうも今までのお客さん達よりもゲームをやり込んでるようだから、かなりの力みたいだけど……普通に考えるやり込み程度でも、十分その世界では脅威なんだよ。NewGame+って項目選んだだろ?」


「……ああ」


「強くてニューゲーム……全クリできる能力や、時には資産なんかも引き継いでくるんだ……」


なるほど、仮にあの龍がラスボスだとしても、それを倒せる能力を最初から保持していると言うことになる。


酷いな……



「レオン様、あの……お話の最中……失礼いたします」

「レオン様~たいへん、たいへん~」


「ん?」

「おやおや?」


二人から突然話を遮られ、レオンとリリスは視線を送る。


「どうやらレオン様の、そののおかげで我らは満たされました」

「お腹いっぱい!!」


「つきましてはあの……私達もどうなるか判りませんので少し離れた位置に置いて下さらないでしょうか?」

「危険……かも?」


「なんだって? おいリリスどういうことだ!?」


「ええ!? 私も判らないよ……この子達クラスに力を完全に充填させた者なんていないもの……」


オイオイ……まさか行き場のない力が爆発……なんてベタなことは御免被りたい。

言われるがままに店の隅に二人を置き、反対側に避難した。


「あ! ありがとう……レオン君優しいね」


こんな身体になっているので大抵のことには対処できるだろう。

レオンはリリスを自分の背中に隠し、最悪リミッターを解放する準備をする。



【アポカリプス】の赤く蠢く光は直視するのも難しい。

片や【ダーインスレイヴ】は、その漆黒ですべての物を覆いつくしてしまうのではないか、と思われるほどその黒さを増していく……


「こりゃ……やばいことになりそうだ」


「すごいな~最高だな~もっと見ていたいよ~」


レオンの心配をよそに、腕の間からひょっこりと顔を出しているリリスは心底楽しそうである。


最高潮に達した赤い光と漆黒は互いにぶつかり合いながら店の中で爆発した。

咄嗟とっさにリミットを解放し、人ならざる者に姿を変え、リリスを抱き背中を向ける。


「わぁ! 大胆!!」


(危機感をもとうか……)


心の中で突っこみを入れつつ、リリスに被害が及ばないよう、細心の注意を払うのだった。

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