第8話 解放

「なんだ? あの短剣が切り札じゃないのか?」


色々と肩透かしを喰らった気分だ……

しかし、その直後から周囲の魔力が明らかに高まった。

それに伴い、レオンによって大穴を開けられた上空の雲が渦を巻き、再び辺りを覆い隠す。


集まってきた雷雲の中を駆け巡る稲光はまさしく龍の如く……

そして、周囲の空気が電気を帯びてきていることに気が付いた。


「さぁて……なにが起こる?」


そんな変化にも、レオンはプレゼントの箱を開ける前の子供の様に目をキラキラと輝かせた。

完全にボスキャラが出てくる前のショートムービー。

そんな風に感じているのだろう。



そしてその時は訪れた――


上空を龍の如く駆け巡っていた複数の稲光が1本の巨大な雷の柱となって落下する。

しかし、狙いはレオンではない。

レオンと魔導師のちょうど中間辺りに落ちたかと思うと、徐々に人と龍が合わさったような姿へと変化していく。


大きさは20mほどだろうか?


「おおおお!! なんと神……い…の姿……主で……る……命を……聞……忌々しいや……」


身体の節々から電撃を放つその巨人……巨龍……いや、巨龍人とも呼べるそれは、正気を失っている魔導師でさえ崇める存在のようだ。

聞き取りずらい言葉で、命令というよりは、懇願するかのように現れたそれに話しかけ続ける。


だが次の瞬間、五月蠅いと言わんばかりに、そんな魔導師を尻尾で弾き飛ばしてしまった。


「あーあ……」


レオンは、飛んでいった先で男がどうなっているか容易に想像できた。

いくら喧嘩を吹っ掛けてきた、いけ好かない相手だったとしても、自分が召喚したはずの存在からの、この仕打ち……

流石に同情の色は隠せない。



「我を封印した、忌々しき小さき者共よ…我はここに復活した……我を崇拝せよ……さすれば苦しみなく殺してやる。争うならば、永遠なる死を」


「そしてまた……めんどくさそうなのが出てきやがる……」


そんな言葉とは裏腹にレオンはニヒルな笑みを浮かべた。


「でもさ? お前はそのに封印させられたんだろ? つまりはそいつらより弱いってことだ……」


「黙れ! 虫けらめ!!」


先程と同様に弾け飛ばそうと振り抜いた尻尾が、風切り音と共に迫る。

しかし、レオンは動かない。


「これ以上服がボロボロになるのだけはごめんだな……」


余裕を見せて、魔導師の攻撃をすべて受けた代償として、様々な場所に穴が空き、ダメージ加工の度を遥かに超えた、みすぼらしい格好になってしまっている……


「仕方ない――これからは避けるなり受けるなり、ちゃんと対処しないと……な!!」



近くに人がいればその音だけで心臓が止まるのではないか? と言う轟音と衝撃破と共に、巨龍人の尻尾は、レオンの左手にトンファーのような状態で構えられた【ダーインスレイヴ】によって、軽々と受け止められてしまった。


巨龍人の重量を考えれば、受け止められたとしても、その衝撃で移動してしまいそうだが、レオンは1mmたりともその場から動かなかった。



「……お前はただの小さき物ではないのか? 我に争う物には永遠なる死を!!」


節々の電撃が正面に集中し、巨大な球体の電撃へと姿を変える。


「未来永劫、我がいかづちの中で狂ったように死に続けるがいい……」


そして巨大な球体はレオンめがけて放たれた。


「未来永劫、肩こりとはおさらば出来そうだ……でもそんなつまらなそうな場所はゴメンこうむるな!!」


右手一本で軽々と振り上げた【アポカリプス】は刀身で電撃を捉えたかと思うと、果物でも斬るかのように綺麗に真っ二つに切り裂いた。

切り裂かれ2つに分かれた球体はどこまでも森を破壊しながら進み、やがて見えなくなってしまう。


「愚かなり……小さき物よ……我の慈悲を受け入れぬその愚かさを知るがいい……」


巨龍人だったその姿が完全な龍へと変化していく。

どうやらこれが真の姿と言うことなのだろう。 

見るからに……元から対してなかったとは思われるが、知性が欠落し、凶暴性のみが前面に押し出されているのがわかる。


下あごからは凶悪に長い牙が伸び、閉まりきらない口からはダラダラと涎が垂れていた。


「おいおい……そんなんじゃ服が汚れちゃいまちゅよ? ママに涎掛けを貰わないとな?」



ガアアアアア!!!!



その挑発を合図に龍はレオン目がけて突進する。


「お? 速!?」


予想を遥かに上回った速度だったために流石に対処が遅れた。

その結果何とか【アポカリプス】を盾にして防ぎはしたが、今度はそのまま押し込まれる形で土煙を上げながら森の中を龍と共に後退していく。


「おお!? スゲー力!!」


「ツヨガルナヨ! チイサキモノ!! コノママオシツブシ ニクヲクライ ソノチカラ ワガモノニカエテクレル!!」



「だけどな? 力だけじゃあダメなんだ……よ!!」



崩していた体制を立て直し、【アポカリプス】で上手く龍の力をいなす。

すると、その巨体は力の行き先を急に無くしたため、辺りの木をなぎ倒しながら派手に転がった。


「オーレ!!」


さながら闘牛士のように決めポーズをとる……

大半の物には絶望的であろうこの状況にも、今のレオンにとっては遊びでしかないのだろう。


「グルルルルルル……キサマ……キサマダケハ……ユルサン」


「お? いよいよ大詰めか? ならこちらも試しておきたいことがあるんでね……正直、今のままでも問題は無さそうなんだが……」



レオンは己の中にあるリミットを解放する――



ゲームでは3Rボタンを押し込んでいた動作だ。

膨大な力の爆発を身体の奥底から感じる……

それも無限に湧き出てくるのではないだろうか?

そんな印象すら受けた。


身体もその膨大な力に耐えるべく人間の姿からへと変化していき……



世界が、裏返った――



そう感じてしまうほど……それ程の緊張感が周囲を包み込む。


白く光り輝く鎧の様なその全身は、例えるなら神…そんな神々しさを放つ一方で、鎧のつなぎ目や関節部分からは漆黒のオーラを滲み出し、見るものを絶望の淵へといざなう……


右手には神剣【アポカリプス】を携えその背中には天使の翼をはやし――


左手には魔銃【ダーインスレイヴ】を携えその背中には悪魔の翼をはやした――



「キサマ!! ワレトオナジ!!? イヤチガウ!? ナンダ??」


「涎垂らしたヘビちゃんに名乗る名前なんてねーよ」


「オロカ……チイサキモノデハナイナラバ……ワガシモベニトモカンガエタガ……」


今度こそ終わらせる気なのだろう。

先ほどとは比べ物にならない力が蓄えられていくのを感じる。

全身に、近づくものは全て消し炭にしてしまう電撃を纏いながら、その電撃を原動力に、光の如きスピードでレオンに向かって突進する。


恐らくはそのまま喰らい尽くす気だろう。

凶悪な牙がレオンを噛砕こうと眼前まで迫った。



――しかしそれは叶わなかった。



限界まで開かれたその巨大な口は、レオンの下からの蹴りあげによって強制的に閉じられた。

それだけでは衝撃は治まらない……

蹴り上げられた力と突進の力が合わさり、遥か上空へと打ち上げられる。


その最中、レオンは容赦なく無防備な龍の長い腹に、恐ろしい速度で拳を叩き込んでいった。

1発1発が山1つ吹き飛ばしてしまいそうな威力だ……

龍の腹はたちまちズタズタにされ、その衝撃で背中まで大穴が開いてしまっている部分もちらほらと見えた。


「グオオオオオオオオオオオ」


痛みのためだろう龍の口からうめき声が漏れている。



本来ならば空を飛ぶ能力のある龍だが、そんな力はもう残っていない……

遥か上空へと打ち上げられてしまった後、待っているのは自由落下だ。



「ただここで馬鹿みたいに落ちてくるの待っているのも、アレだな」


軽く地面を蹴り龍を目指してレオンは飛び上がる。

途中、天使と悪魔両翼を一度だけはためかせるとその速度は軽く音を置き去りにした。


「いた――」


力なく龍は地面を目指している。


レオンは【アポカリプス】を構えるとすれ違いざまに刃を頭に突き立てる。


その刃は、通常では傷をつけることすらできない固い龍鱗を、刃こぼれ一つすることなく、いとも簡単に切り裂いていき、龍はそのまま左右に二つに分かれ、断末魔の叫びと共に地上に落ちていった。



空中に静止したままその様子を見ていたレオンは、自分が完全にゲームの中のレオンの力を使いこなせていることに満足し、龍だった者の側に、ゆっくりと降りていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る