第28話 宣戦布告はなされた
授与式は終わったが、まだパーティーは続く。なんなら、ここからが集まった貴族たちにとっての本番である。
社交こそが貴族の仕事なのだから。
おまけに、今日はヨハンの寵愛を受ける従士エルンストに話しかける素晴らしい機会でもあるのだから!
受け取った剣と盾を執事に預けたエルンストは、談話の時間になるや否や、貴族たちからの大攻勢を受けた。
「本当におめでとう、エルンスト君。素晴らしい活躍をしたそうじゃないか?」
「さすがはヨハン様の従士だね! ヨハン様からどんな薫陶を受けているのかね?」
「騎士を目指しているのかい? 君のような人材がいれば王国も安泰だな!」
などと、次々と名士たちが現れて様々な話題を投げかけてくる。
1年前は防波堤として常にエルンストの横に立っていたヨハンの姿はない。
――レッスンだ。ヨハンの従士なら、今日のこれくらいは自力で捌けないとね?
そんなふうに言われているような気がする。
(大丈夫だ、やれる)
1年前のような浮ついた気分はない。一人の貴族として、落ち着いた雰囲気で貴族たちに応対をしていく。
その雰囲気はとても自然かつ落ち着いたもので、周囲の貴族たちは「素晴らしいな、まだ若いのに」「やはりヨハン様に選ばれるだけある……」と口々に感嘆した。
(全てヨハン様のおかげなのだけど)
この2ヶ月間、ヨハンとは密な時間を過ごした。1年間の不干渉が嘘かのように、それはそれは濃い時間だった。意味がわからなかったが、問いただすことはできなかった。気分屋のヨハンが気分を害して、その気まぐれな寵愛を閉じてしまうのが怖くて。
――なぜなら、しょせんは
そんな恐怖を感じながらも、エルンストはヨハンから吸収できる限りのことを吸収しようと努めた。
この社交術もそのひとつだ。
ヨハンを通して、貴族や名士と話す機会もあり、それで度胸がついた。
もちろん、ヨハンはマスターとしてエルンストの微妙だった部分を
その成果が、今のやりとりだ。
周囲の評価ほど余裕だとは思えず、むしろ、実はいっぱいいっぱいが本音なのだけど、どうにかこうにか溺れかけていると悟られずにすんでいる。
十分な進歩だ。
1年前ならば、間違いなく溺死しているのだから。
そうやって会話を切り回し、人の流れが少しばかり落ちつてきた頃だった。
「お久しぶりですね、エルンスト・シュタール」
同じ歳くらいの、美しい女性が話しかけてきた。
その顔には見覚えがある――エルンストは少し緩んできていた緊張の糸を再びピンと張ることにした。
「再びお会いできて光栄です。ミレーネ・ラクロフ様」
第四王女にして、ヨハンの許嫁――どちらの属性も決して軽んじられる相手ではない。
「初陣でのあなたの活躍は私も聞き及んでおります。帝国兵との戦いは恐ろしいものでしたか?」
「必死だったので何かを感じている余裕はありませんでした。体が動くままに任せて敵中
を突破しました」
「体が動くままとは頼もしい。あなたはまるで騎士の鏡のような人物ですね」
「いえ、私などまだまだです。王国に貢献していけるよう、剣を磨き続ける所存です」
「頼みましたよ」
ミレーネが一呼吸を置く。前振りが終わり、本題が始まる――
「ところで……小耳に挟んだのですけど、最近、あなたはヨハン様と時間を過ごすことが多いと伺いましたが?」
「はい。ラクロー村から帰還してからは……かなり密に」
「密に」
そう繰り返してから、ミレーネが続ける。
「どうして?」
「わかりませんが……私の苦労を
「どれほど密なのですか?」
「そうですね……主だったところだと、演劇や音楽会を鑑賞したり、博物館を見学に行ったり、ああ、そうだ、ヨハン様の知り合いである剣のコレクターの元を訪れたり……食事は――最低でも週に一回は共にしていますね」
「は?」
「え?」
「ええと、確認しますけれども、全てではなくて、主だったところ……?」
「はい。色々とありすぎて、全てを説明するのは無理が……1週間前にも、一緒にヘルマンさんの家を訪れて剣術の修行をしましたし」
「……私が、先約あると言われて断られた日のことですか……?」
「え?」
「そんなたくさんの時間を、この2ヶ月の間に?」
「は、はい……」
この辺になって、エルンストもミレーネの様子が変なことに気がつき始めた。わなわなと震え始めている。
(あれ!? なんか対応を間違えた!?)
相手は第四王女――エルンストの心に冷たいものが走る。
「婚約者の私ですら、この2ヶ月はお会いしたのが、1度だけなんです……! そ、それを……!」
エルンストがヨハンと会った回数は両手で数えても足りないくらいだ。
「ご、ごめんなさい?」
謝るべきなのかわからなかったが、思わず口から漏れてしまった。
「あ、謝らなくて結構です……ヨ、ヨハン様が決めたことですから。しかし!」
ビシッとミレーネはエルンストに人差し指を突きつけた。
「負けません! 負けませんからね! 必ずヨハン様を取り戻して見せますから!」
一方的に宣戦布告をすると、失礼! もう今日は帰ります! と言い放って、従者たちを連れて部屋を出ていった。
(……お、おう……なんかまずいことになっている……)
どうにも第四王女には嫌われてしまったらしい。
無意識とはいえ、ヨハンとの蜜月っぷりをアピールしてしまったのだから当然だが。
(でも俺は従士であって、許嫁のミレーネ様がそんなことを気にしなくてもいいのに)
許嫁のほうが格が上なのは当然なのに。
(おまけに、俺は仮初の従士だ……)
その事実がエルンストの胸にのしかかる。最近はなぜかヨハンが時間を作ってくれるが、仮初という事実は撤回されていない。
(今は幸せだけど、それが長く続くかわからない……)
鉛のような吐息が漏れる。ある日、突然、気まぐれなヨハンが「調子に乗らないように。これからは以前のように連絡を取らないように」といつ言い出すかわからない。
別にそれはそれでいい。今の心地よさが消えて無くなるわけではないから。
だけど、その心地よさを知ってしまった今、あの1年間の乾いた日々を耐えることができるのだろうか。あの頃の我慢を、今の自分はできるのだろうか。
(できる気がしない)
だけど、これ以上を求めるのは無理な話だ。これは仮初で、もともとは寵愛のない関係。今の気まぐれを恒久なものとして考えるのは過分だ。
(少しでも、長く続くのを期待するだけか……)
そんなふうに、不安で揺れそうな己の心を納得させる。
――時間はあっという間に過ぎていき、パーティーはお開きとなった。
主賓として、エルンストは来客たちを送り出す。全てが終わった頃、ヨハンから声をかけられた。
「少し夜風に当たらないか?」
「はい」
何か用があるのだろう――エルンストはそれをすぐに察した。ヨハンは宴会場を出ると、無言でエルンストを先導する。
(何があるのだろう……?)
そんなことを思いながら、エルンストはヨハンの後についていった。
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