第27話 ヨハン主催、従士歓待パーティー

 それから1週間後、エルンストは1年ぶりにフロイデン公爵邸を訪れた。

 1年前にヨハンから買ってもらった服を身に纏って。


「え? 1年前の服をまた使う? 新しいものを買ってあげようか?」


 そんなヨハンからの申し出をエルンストは丁寧に断った。

 最初に『ヨハンから与えてもらった服』は特別なのだ。それはエルンストにとって決して色褪せない輝きを放っている。自分が人生で大事だと思える瞬間には、その服を着て臨みたいと考えている。

 そして、今日がその日だった。


 ――持ち帰った剣と盾を、私に下賜してもらえないでしょうか?


 ついに、その授与が行われることになった。

 はい、どうぞ、と渡されるだけかと思ったら、まさかの『公爵邸で授与式を執り行う』という大事になってしまった。


「さ、流石に、そこまでしていただかなくても……」


「君は何か誤解しているね?」


 ヨハンがイタズラっぽく笑ってから付け加える。


「ラクロー村の襲撃事件で、君はもう有名人なんだ。初陣で何人もの帝国兵を切り伏せて、傷ついた騎士二人を守り切ったのだから。そんな人物に私の剣と盾を授与するのだ。それなりの扱いをしなければ、公爵家の沽券に関わるよ」


 とのことだ。

 実際は、ヨハンが「うちの従士ちゃんは、こんなにすごいんですよ!」と言いたいだけなのが本音なのだが。それに気付いたのか、ヨハンの父は授与式の開催を知るにあたり、「ふむ、ヨハンもわかってきたな」などとうそぶいていた。

 パーティー会場に入るなり、エルンストは、

(うお……!?)


 と内心でおののいた。1年前の公爵家パーティーだと、親族や親しい関係者のみが参加していたが、今は違う。かなりの貴族が顔を見せているのだろう。明らかに参加者の数が違った。


(……こ、こんなに……!?)


 自分如きがそれほど注目を集めていいものか、エルンストはめまいを覚える気分だ。

 実際は、その価値がある。

 ヨハンが言った通り、エルンストは先の事件で相当に名を挙げた。おまけに、彼は王国の巨人ヨハン・フロイデンの従士であり、これはそのフロイデン公爵家が開催したパーティーなのだ。参加を見合わせる貴族たちのほうがどうかしている。

 エルンストだけが、そんな己の価値を正確に把握できていなかった。

 その謙虚さが、彼の価値でもあるのだけど。


「それでは、エルンスト・シュタール様の授与式を執り行いたいと思います」


 エルンストが部屋に入ってすぐ、式典が始まった。

 ヨハンが前方に姿を現す。


「皆様、お忙しい中、我がフロイデン家にお集まりくださり感謝いたします。ご存知とは思いますが、過日、ラクロー村に侵入した不埒な帝国兵が暴虐の限りを尽くす惨事が発生しました。多くの騎士が命を落とす痛ましい事件でありましたが、一人の若武者が初陣にも関わらず善戦、輝かしい戦果を上げました。本日はここに彼――エルンスト・シュタールの功績を讃えたいと思います。万雷の拍手を!」


 ヨハンがエルンストに向けて手を差し向ける。続いて、貴族たちの拍手が巻き起こる。

 数が凄すぎて、それはまるで巨大な滝の音のようだった。


(え、あ、う、お……!?)


 何か反応するべきなのだろうか? しないほうがいいのか? 突如として向けられた注目を浴びてエルンストの思考は混迷を極める。

 だけど、どう反応するかを自分で決める必要はなかった。


「エルンスト・シュタール。望んだ品物の授与を行う。こちらへ」


 ヨハンの言葉に従い、エルンストは緊張でガチガチに硬直した体を懸命に動かしながら、エルンストは貴族たちの間を縫って前方へと歩いていく。

 視線、視線、視線――

 貴族たちの視線を痛いほど感じながら、エルンストはヨハンの前までたどり着いた。

 疲れ果てた様子のエルンストを見て、ヨハンが小さく口元を緩める。


「なかなか大変だね?」


 それはさして大きくない声だったから、エルンスト以外には拍手の音でかき消されて誰にも聞こえない。


「そうですね……でも、光栄です」


 エルンストはヨハンの目を見つめる。


「ヨハン様が、用意してくれた舞台なのですから」


 エルンスト・シュタールの名前と鉱石を広く知らしめるために。きっと、エルンストの未来にかかる期待は、今日を境に重さをグッと高まるだろう。大きなプレッシャーだが、望むところでもある。ずっと日の当たらない場所にいたエルンストにとって、それは喜ばしいことだ。こんな舞台は望んでも手に入らないと思っていたから。


(ヨハン様の期待に、応えるだけだ!)


 その覚悟はとっくの昔にできている。

 ヨハンが右手をあげた。


「拍手、ありがとうございます」


 その言葉と同時、また部屋には静寂が戻った。

 ヨハンの目が、じっとエルンストを見る。エルンストもまた、ヨハンを見る。


「それでは、授与式を始める」


 ヨハンの言葉を受けて、エルンストは片膝を下り、しゃがみ込んだ。


「エルンスト・シュタール。貴公の望み通り、私が初陣で身につけた剣と盾を授与する。貴公の言葉によれば、この剣と盾を身につけた私が、貴公の命を助けたそうだな」


「はい」


 突如として開示された事実に、貴族たちがざわめく。


「ここに、貴公の命を救った剣と盾を与える。拾った命だ、大切にするのだぞ。だが、決して惜しむな。王国のため、王族のため、民衆のため、必要であれば、燃やし尽くせ。私のものだった剣と盾は、最後の最後までお前と共に戦うだろう――もちろん、そこに宿る私自身の魂もまた」


「――――!」


 最後の言葉が、もっともエルンストには嬉しかった。剣と盾だけではない。そこに想いを込めて、ヨハンは託してくれる。

 エルンストは立ち上がり、ヨハンが執事たちから受け取った剣と盾を受け取る。

 ラクロー村で見たときとは別物のように光り輝いている。今日この日まで式典が伸びた理由は、戦場で使ったまま村の片隅に置かれていた剣と盾を新品同様にまで磨き上げていたからだ。エルンストはそのままでも良かったのだが、


 ――式典で、汚れて古ボケた剣と盾を差し出す私の立場にもなってくれ。

 とヨハンに苦笑されて待つことにしたのだ。


 おそらくは、新品を作る以上の費用をかけ、名工の手によって調整されたのだろう。


(ため息が出るほどに素晴らしい……)


 こんなものを手にできるなんて、自分は幸せ者だとエルンストは思った。


「エルンスト・シュタール。これからも――いや、これからの貴公の活躍に期待する。王国には希望を、帝国には絶望を。貴公の名前をどこまでも轟かせよ」


「はい、必ずや」


 それをしなければならない。あのヨハン・フロイデンにここまでのことをしてもらい、これほどの言葉をかけてもらったのだ。


(それで何もできなければ、あまりにも情けない!)


 ここから、エルンスト・シュタールの人生が始まるのだ。


「皆様、今一度、これから未来に巣立つ若き希望に万雷の拍手をお願いします」


 貴族たちの拍手が再び巻き起こる。

 日陰の天才は、今ようやく栄光への階を登り始める――

 剣と盾を頭上に高く掲げて、エルンストはその期待に応えた。


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