第8話 従士と公爵は剣で語らう

 3人はツァーリ伯爵家の道場に移動した。


「さすがに、このエセ占い師の格好はまずいね」


 そんなことを言って別室に引っ込んだヨハンが道着に着替えて戻ってくる。長い髪は三つ編みを解いて後ろで縛り、ポニーテールにしていた。

 刃を落とした剣を手に取り、スタスタと道場の真ん中まで足を進める。


「さて、始めようか?」


「……え?」


 エルンスト防具をつけている。一方、ヨハンは着替えただけで服だけだった。


「その格好でですか?」


「防具の類はいらないよ。なぜなら、君の剣が当たることはないから」


 そして、こう付け加える。


「これは過信ではなくて自信だよ?」


 舐めるなよ、という気持ちは湧いてこなかった。ヨハンに厳しいヘルマンが『王国最強』と言っているのだから。

(舐めるなよ、とは思えない。だけど、驚かせるくらいはしたい!)


 エルンストだって積み重ねてきたものがある。

 その汗と努力には誇りだってある。

 ――いつかはヨハン様に認められたい。

 その一念がある以上、ここで無様な姿を晒すわけにはいかない。


「お願いします」


 そう言って、剣を構える。


(この一戦はきっと俺の思い出となるだろう)


 だけど――

(ヨハン様にとっても、何か心の端に残るものがあって欲しい!)


 エルンストはヨハンに打ち掛かった。

 その一撃は速く、力強い。

 学校の剣術大会で優勝したのは伊達ではない。同年代に比べても、自分の剣術はかなり優れているという自負もある。

 少しくらいはヨハンの表情を変えることができれば――!

 だけど、そんな想いをのせた一撃であっても、ヨハンには遠く及ばない。キィンとすんだ音がして、ヨハンが剣を一閃。エルンストの剣をあっさりと弾く。


「まだまだ……!」


 エルンストは怯まない。一撃でヨハンの顔色を変えることができるとは思っていない。

 今、ヨハンは受けに徹しているようだ。ならば、エルンストの攻撃ターンが続く。流れだ。流れるように攻撃を繰り返し、ヨハンを切り崩すのだ。


「うおおおおおおおおお!」


 気合いの雄叫びを上げながら、何度も何度も斬りかかる。同級生であれば、相当の使い手であっても押し切れるほどの勢いだと断言できる。

 だけど――

 ヨハンの表情は変わらない。

 口元に薄笑みを浮かべたまま、1歩2歩と間合いを微調整する以外は大きく動くこともなく、淡々とエルンストの攻撃を捌いている。


(……こ、これほどなのか……!?)


 全く自分の剣が通じていないことを自覚してしまう。教師が相手であっても、これほどの難しさを感じたことはない。むしろ、教師がエルンストの剣に苦しむくらいなのに。


「さて、そろそろ反撃と行こうかな」


 そんな声が聞こえた瞬間だった――


(やばい!)


 雷鳴のような斬撃が閃いた。

 思考している暇すらなく、ただ恐怖に突き動かされたかのように剣で防ぐ。がいん、と当たった瞬間、突き抜けてきた衝撃がぐらりと体勢を崩す。

 防いだはずの一撃、こうもあっさり隙だらけになるなんて!


「これで終わりだ」


 あっと思った瞬間、続いての一撃が腹を打った。痛みを感じると同時、大きく吹っ飛んで体が床に打ちつけられる。


「くっ、う、あ、は!」


 苦悶の声を上げながら、エルンストは体を起こした。そんな彼を、ヨハンが静かな瞳で――戦いがあったことなど感じさせない涼やかさで見つめている。

 目の前の優男が、とんでもない化け物に見えた。


(あんなにもあっさりとやられてしまうなんて……)


 想像もしていなかった。

 強いとは知っていたけれど、強さの桁が違う。


「はっはっはっは、悪友が王国最強だと嘯くのも納得だろう?」


 そして、続けた。


「どうだい、王国最強の剣は? 満足したかい?」


「すごい、本当にすごい……」


 語彙力が消えてしまうほどの衝撃と、感動。想像を超えたものを突きつけられた。だけど――

「だけど、満足はしていません」


 エルンストは再び剣を構える。


「今日が最初で――最後なんです。せめて、が満足するまで付き合ってもらいます」


「ははは、強欲な従士君だ」


 などと言いつつヨハンも剣を構える。

 エルンストは何度もヨハンに襲いかかった。ヨハンはその全てを受け流し、一瞬の隙をついて王国最強の剣を叩き込む。その度にエルンストは倒れ伏すが、意識も根性も折れることはない。立ち上がりながら、闘志に燃える目をむける。


「――もう一度」


「君のようにしぶとい男は初めてだ。だけど、次の予定があるのでね……次で終わりだ」


「……はい」


 苦い気持ちが胸に湧くけれど、それは仕方がない。楽しい時間が永遠に続くことはない。終わりを恨むのではなく、今までの時間に感謝しよう。


(……これが本当に最後の戦い。せめて、何かを残そう!)


 己の全てをここで出し切るのみ!

 だけど、結局のところ、何も変わらなかった。ヨハンの――そう、今までは遠慮してくれていたのだろう、ついに出した意識を刈り取る一撃を喰らい、エルンストは盛大に昏倒して意識を失った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 最後の戦いにて、ヨハンは容赦なくエルンストを打ち据えた。意識を失って倒れる己の従者をヨハンは静かに見下ろす。

 静かに戦いを見守っていたヘルマンが近づいてきた。


「相変わらず容赦がないやつだな」


「意識をなくして終わったほうが、すっぱりと諦めがつくだろう?」


 ヨハンに悪びれた気持ちは特にない。最も効率的だと思うことを実行しただけ。そこでエルンストの意識は邪魔だから、断っただけ。それも最小限の労力で、必要以上のダメージを残すことなく。


「彼は頑張った……頑張りすぎだ。よくも、ここまで打ち据えられるものだ。であれば彼我の戦力差に絶望して初戦の最中に降伏するがね。痛いのは嫌だから」


「お前との戦いを通して何かを掴みたかったんだろう……この少年はお前を尊敬しているからな」


「……は?」


 本当に心底から理解不能という様子でヨハンが首をひねる。


「私を尊敬している? 何を言っているんだ?」


 そんな様子を見て、ヘルマンがため息をこぼす。これが悪友の悪癖だから。

 ――他人の感情が理解できない。

 エルンストのヨハンに対する親愛など、ヘルマンですら丸わかりなのに。指摘しても変わるわけではないので、ヘルマンは話題を変えた。


「お前の従士、なかなかやるな?」


 それにはヨハンも同意だった。動き、斬撃――全てに光るものがある。まだまだ未熟で、ヨハンには遠く及ばないけれども。

「そうだね、そこは認めよう。彼は王国を支える素晴らしい騎士になるだろう」


 その未来には自信がある。

 自分が一団を率いるとき、エルンストが重要な戦力になっている可能性はある――

 それは少しばかり愉快な未来だった。


「彼には才能がある。その未来を楽しみにしようじゃないか」


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