第14話 加藤理沙の場合6

「理沙さん、私、何か買ってきましょうか?」


 気づけば休憩時間になっていた。痛みに耐えて仕事していたら、あっという間だった。いつもより仕事は進んでいた。普段、どんだけ仕事に集中していないんだよ、私、って思った。


「大丈夫だよ。いつものところ行こ。私、ちょっとお手洗いに行ってから行くね。」


 そう、笑顔で返した。これ以上ゆずちゃんに心配をかけたくなかった。トイレでナプキンを変える。量の多さに泣きたくなった。ああ、昼ご飯をちゃんと食べたら、また薬を飲もう。ノロノロとトイレを出て、ゆずちゃんが待ってるだろう向かいのカフェへ歩き出した。


 カフェの扉を開くと涼しい風が出てきて、もう夏になるんだなって思った。いつものパスタを注文して、ゆずちゃんがいる席へと向かう。パスタを置いて、席に座って、いつも通り


「ってかさ、透明、って占い師マジで最悪だったんだけど。」


 滑るように出ていた。


「あ、行ったんですね。やっぱり失礼でした?」


『なんで自分が自分を嫌いになっていく様を黙ってみている?って言われたよ。』


 言葉にならなかった。ゆずちゃんは困った顔をして私を見ている。かわいくて優しいゆずちゃんが困った顔で。


「ごめん。」


「え?」


「最悪は、私だよね。いつもこんなことしか言えなくて。」


「え?え?急にどうしたんですか?」


「こんな口を開けばぐちぐち言うような先輩、嫌いだよね。ゆずちゃんもきっと。」


 私は何を言ってるんだろう、ってどこかで思った。だけど口が止まらない。


「ごめんなさい。」


「待ってください!私、理沙さんのこと嫌いなんて思ったことないですよ!確かに暴走してるなって思う時はありますけど。ああ、そうじゃなくて。」


 ゆずちゃんが困ってる。ごめん、こんな先輩で。ごめんなさい。ああ、お腹が痛い。


「私、この間同期の飲み会があったんです。」


「え?」


 急な話題転換に驚いた。


「そしたら、営業に行った男の子が一人すごい上司の文句を言っていて。あいつ、マジで死んじゃえ、みたいな本当に強い言葉を使ってて、周りのみんな引いちゃって」


 『死んじゃえ』という言葉に胸が痛んだ。思わず俯く。


「それで気づいたんですよ。理沙さん、あれが嫌とかこれが最悪とか確かに言うんですけど、本人をひどく言うことはしないなって。部長異動しちゃえみたいな言葉も理沙さんは使わない。本当にその行為や行動にだけ怒ってる。ああ、それってただ理沙さんが頑張ってるから出てくる愚痴なんだろうなって、そう思ったんです。この間。だから私は理沙さんの愚痴が苦痛じゃないんだろうなって。だから大丈夫なんです。」


 言葉が心に響いて、顔が全然上げられない。まずい、と思うのに、ゆずちゃんは続けた。


「それに、私、最近までよくお手洗いで吐いてたんですけど、大丈夫?って聞いてくれたの、理沙さんだけなんです。あと、営業さんの電話に困っている時に、そっとチョコレート置いてくれたりするのも理沙さんだけです。理沙さんは、優しいです。とても。だから、私は、理沙さんのこと大好きです。この間も・・・」


「待って!ストップ!止めて!」


「え、理沙さん!?」


「ごめん、ごめん、マジで本当にごめん。」


 私は思いっきり泣いていた。最悪だ。だから嫌いなんだ、生理。生理のせいだ。こんな公衆の面前で泣き出して、後輩に迷惑かけてさ。最悪だ。止まれ、と思うほど涙は溢れていった。

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