第11話 加藤理沙の場合3
その日は朝からイライラしていたせいか、目覚ましよりも早めに目が覚めてしまった。お腹も痛い。私は生理前からイライラするたちだった。今日は午前中から英会話のレッスンを入れていた。勉強なんて全然していない。終わったら、ランチを友達ととって、ネイルに行って、夜はmachで知り合った男性とご飯を食べる予定だった。
夜のことを考えたら、スカートをはいた方がいいかもしれない。ぱっとクローゼットを見るも見当たるものがなかった。部屋の片隅に積んである服の中に、ゆずちゃんが着るような黄色いフレアのスカートがあったけど、ぐしゃぐしゃになっていた。というかこんな服いつ買ったっけ。いい加減、ちゃんと掃除をしなきゃ。掃除機も1週間はかけていない。ずっと変えてないシーツもぐしゃぐしゃだ。せっかく早く起きたのだからとシーツをその辺の服を無理やり洗濯機に押し込んで回した。積んであるビールの缶を袋に入れて、掃除機をかけたら、まあなんとか床が見えてきた。一息、と思った瞬間に、洗濯機が終わったアラームがした。座りたいのに、とイライラしながら洗濯を干したら、もう出るギリギリの時間になってしまい、結局シャワーを浴びて、リキッドファンデーションだけつけて、外にでた。
春の日差しは絶好調で、ドライヤーをかける暇もなかったけれど、何とか乾きそうだ。マスクをつければメイクしていないことは隠せる。電車に乗り、空いている席に座ると、カバンの中を探す。英会話の教材も、何もかも全部入ったぐちゃぐちゃのカバンの中でマスクは迷子になっていた。ようやくマスクを見つけた時には降りる駅についてしまい、私は扉が閉まるギリギリでなんとか出た。
マンツーマンでの英会話教室に、通ってもう1年になる。なんとなく話せたらかっこいいような気がした。マンツーマンなら逃げ場もなくてうまくなるような気がした。だけどそんなのはただの幻想で、1年経った今も、先生が何を話しているかちっとも聞き取れない。「英語で話してみて」そう言われるたびに、自分の貧相な英語のボキャブラリーをひっくり返してなんとか話してみるが、ちっとも形にならなくて、ただただ惨めで先生に申し訳ない気持ちでいっぱいの1時間だった。
もう辞めよう、もう意味なんてない。そう思うのに、レッスン後次のアポをどうするか聞かれた時、手帳の空いているところを見つけてはそこにいれてしまうのだった。終わって、スマホを見てみると、ランチを取る予定だった友達から、体調が悪いとキャンセルの連絡が来ていた。もっと早く言えよ!と思いながらも「全然大丈夫。ゆっくりしてね」と返す。とりあえずとお手洗いに入ってみたら、眉も書いていないことに気づいて驚いた。カバンを漁って化粧ポーチを出し、きちんとメイクをする。
外に出てみればやっぱり外は薄い春の青空で気持ち良い日のはずで。お腹も減っていて、やることはあるはずなのに。なんかもうどうしようもなくて。とりあえず自販機で缶コーヒーを買って、公園に座ってみる。缶コーヒーを開けるプシッという音がビールみたいに思えた。乾いた喉にあおってみると、無糖と書いてあったはずの缶コーヒーは少し甘くて、イライラした。公園では子供たちが楽しそうに遊んでいて。大人たちが話していて。やっぱりイライラした。
何をやってるんだろう私は。こんなところで無意味においしくないコーヒーを飲んで、何をやっているんだろう。どうしようもない苛立ちで、缶コーヒーを両手で握った。
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