第10話 加藤理沙の場合2

 ゆずちゃんが、最近変わった。ちょっと前までは休日のランチとかいつでも付き合ってくれたのに、昨日断られたのだ。


「絵画教室の見学に行こうと思って。」


 そう彼女は少し恥ずかしそうに言った。ずっとどこか体調が悪そうだったゆずちゃんは最近元気になった。ある時、ふと彼女の上にある書類を見ると、かわいい猫が書いてあったので、


「それ、かわいいね。」


と言ってみたら、


「え、わ、ありがとうございます。」


 と嬉しそうに笑った。彼女は本来、こういう笑顔を見せる人なのだと思った。いつも明るく優しい色の服をきて、人のことを悪く言わず丁寧に仕事をする彼女は女性の私からみても守ってあげたくなるタイプだった。それがちょっと羨ましい。私と言えばいまだにミスするし、会社もぎりぎりだし、ショートカットにパンツスタイルの自分とは真逆な存在だ。そして、何より愚痴が多い。それは自覚していた。もしかしたら、彼女はそんな私を嫌いになってきたのかもしれない、と最近思い始めている。仕事とか最初に教えたりしたからそのまま付き合ってるだけで、とっくに嫌になっているのかも。だから今日、鳴子さんとランチに行ったのかも。そう思うとどんどん気持ちが落ち込んでいって、その日も夜遅くまで、行きつけの居酒屋で飲んでしまった。


「理沙さん、大丈夫ですか?最近、体調悪そうです。」


 ある日のランチで、ゆずちゃんにそう聞かれた。


「全然ー。ちょっと昨日飲み過ぎただけ。ってかさ、会社の空調がおかしいんよ。なんであんな寒くするかな。部長のやつ、現場上りで経理のことなんもわかってないならせめて何もしないでほしいわ。」


 滑るように愚痴がでてきてしまい、ああ、またやってしまったと思う。思いながらも口は止まらなかった。つい先ほど、部長とやり合ったばかりだった。最近変わった計上のルールを把握していないのは部長の方なのに「間違っている」と突き返してきたのだ。何度言ってもわかってくれなくて、鳴子さんが間に入ってくれた。そして、私の方にも一つミスがあったことを指摘されて、苛立ちが募った。そのミスだけなら初めから聞いていたけれど、そもそも部長は何もわかっていなかっただろうと。


 その愚痴が次から次へと出てくる。ゆずちゃんはあいまいな笑みを浮かべて、そうですね。と繰り返している。彼女はたぶん、こんなことは聞きたくないんだ。聞きたくないんだ。このままじゃ本当に嫌われる。そう思うのに、口は止まらなかった。



「あの、理沙さん。」


 食事が終わり、そろそろ戻らないと、と言う時に彼女がいった。カバンから名刺を取り出して、私に渡してきた。占い師 透明(とうめい)と書かれたシンプルな名刺だった。受け取って裏を見てみるとQRコードを住所が書いてある。


「占い師?」


「はい。あの、その人すごい失礼な人なんですけれど。」


「へ?」


「とてもとても失礼なんですが、占いとかなじゃい気もするんですが、最近その人に見てもらって、ちょっと変わったんです。なんというか少し世界が明るくなったというか。いや、変なこと言ってるな私。」


 そう言って彼女は言葉を探している。


「理沙さん、最近辛そうに見えて。もしかしたら、少し心が晴れるかもしれないんです。その人と話したら。私、愚痴とか全部聞くんで。もしよかったら行ってみてください。」


「そっか。ありがとう。」


 心配してくれたんだとわかってお礼を言った。だけど別に悩んでいるわけではない。飲み歩いているせいで疲れているだけで。ただそれだけだ。私は名刺をバックに放りいれた。

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