第8話 柏原柚香の場合8
トイレから出ると、クレヨンと真っ黒に塗りつぶした紙が見えた。
「自分がないね。」
思い出す言葉。
「失礼ね!」
言ってしまえば楽になった。そうか、怒ってもよかったんだ。拾い上げていこう。無駄だと石ころのように捨ててしまった、私の大事な感情を。「好き」というシンプルで愛おしい気持ちを。
絵が描きたくなった。誰のためでもない、自分の為に、自分の好きな絵を描こう。あのいつも白い紙があると出てきてしまう、あの猫を描こう。色はそう、ピンクがいい。
"ピンクをメインにした絵?柏原さん、君は名画の中でピンクを主題にした絵を見たことがあるかい?”
そう先生に言われただけで捨ててしまった、私の好きな色。私は随分と真面目だったらしい。ピンクのクレヨンを持ち上げるだけで、こんなにもかわいい色だなとそう思えるのに。
ピンクで線を描いて、ぐりぐり塗りつぶした。出てきた形に、溢れる涙をクレヨンは弾いてくれた。いつもノートの端に現れる猫。頑張ったね、って私に言ってくれる猫。そう、頑張ったねって。
目は、黄緑がいい。草原の色。優しい色。ピンクの上に乗せた黄緑は中々色づいてくれなかったけれど、何度も何度も塗ってみたらそれはとても優しい目だった。背景はそう、水色にしよう。子供の頃に描いたチューリップの絵みたいなめちゃくちゃでも好きな色だけ使おう。
そうやってできた絵は本当に幼い子供が描いた絵みたいで。
「下手くそ。」
呟いてみるけど、黒く塗りつぶしたいなんて思わなかった。下手は好きを止める理由にはならない。好きなんだから。私はこれが好きなんだから。
「でも、愛しい。」
ピンクの猫は私の好きな形で。私に頑張ったね、ってやっぱり言ってくれるから。どこかに飾ろう。この愛しいピンクの猫を。私の好きを忘れないために。
柏原柚香。好きなことは絵を描くこと。好きな色はピンクです。
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