第6話 柏原柚香の場合6
家に帰ってお風呂から上がると、スマホを眺めた。machの使い方を自分なりに調べて、いいね、をくれた人を見てみる。なんと56人もいいねをくれていた。それは、最近あまり感じていなかった自分の中の女性性をくすぐった。
一通り写真やプロフィールを見てみたが、ランチの時に、理沙さんが「イケメン」と言った人がどう考えてもかっこよかった。「しろ」という登録名だった。趣味は家でまったり飼い猫と遊びながら映画をみることらしい。なんだか完璧すぎる。普段ならかっこよすぎて近づけないタイプだ。
「気晴らし。」
そう理沙さんはいった。確かに自分は今参ってしまっている。こんなイケメンと文章だけでも会話できるとすれば、それは気晴らしになるかもしれない。勇気をだして、こちらもいいね、を押すと、ほどなく連絡がきた。
『ゆっちゃんさん、はじめまして。僕はまこと、って言います。よろしくお願いします。』
慌てて返信を考える。
『はじめまして。あの、しろさんでは?』
『しろは飼い猫の名前で、僕はまことって言うんですよ。』
メッセージの後、白猫を抱えて自撮りした笑顔のまことさんの写真が送られてきた。この写真に、かわいいと思わない人がいるのだろうか。
『かわいいですね!』
『でしょう?僕の恋人です(笑)』
いえ、まことさんもかわいいのですが。会ったこともない人とメッセージを送り合うのは初めてで緊張したけれど、まことさんは会話を途切れさせず、時々ユーモアも交えながらメッセージを送ってくれるので、思いのほかメッセージはどんどん重なっていった。
『お、もうこんな時間ですね。ゆっちゃんさんも明日仕事でしょう?そろそろ寝ますか。』
時計を見ると11時を回っていた。
『そうですね!あの、ゆっちゃんさんじゃなくて、ゆずかでいいですよ。まことさん、年上ですから。』
『ゆずかさん!かわいい名前ですね。』
『いやいや、そんな』
『じゃあ、ゆずかさん、おやすみなさい。』
『はい。おやすみなさい。』
打ち終えて、じわじわと嬉しくなってきた。こんなイケメンと、たくさんお話した。
「きゃーっ!」
そういって、布団にダイブした。私は彼氏がいたことがない。高校生の時に、片思いしたことはあった。あの時の瑞々しい感情が蘇ってくる。プロフィールの写真と猫と映っている写真を交互に何度も見て眠った。
それからもまことさんとの連絡は続いた。彼からくるメッセージが何より楽しみになり、会社で吐くことも少なくなった。なんだ。足りないのはこの刺激だったんだ。私は完全に浮かれて、楽しかった。メッセージはあっという間に重なり、今度の土曜日に会おうと言ってくれた日の帰り道、私は夜まで開いている美容室に行った。
その日は朝から忙しかった。お風呂に入って、パックをした。昨日決めていたはずの服が気になって、ベットいっぱいに服が散らばった。カーディガンじゃなくて、綺麗な色のストールに服を合わせた。メイクはマスカラを丁寧に塗り、あまりはしゃぎすぎないよう、チークはいれなかった。念入りに髪を整えてハーフアップにして、お気に入りのバレッタで留めた。それでも鏡の前の自分が物足りなくて、金色のキラキラした星のようなイヤリングをつけた。このイヤリングを出したのは久しぶりだった。
気づけば出発予定の時刻ギリギリになっており、慌てて忘れ物がないかチェックして、家を出た。空を見上げてみれば厚めの雲が灰色がかっていて、天気予報を見てないことに気づく。午後には雨が降るらしい。私は慌てて部屋に戻り、日傘兼用の傘をバックに入れて再度外へと駆け出していった。
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