第60話 SHOWの始まり

『ジョーカー! シロリンが! 俺の愛しのシロリンが!』

『シルクハット君を助けてジョーカー』


 シロリンから連絡を受けた十分後くらいだろうか。突如としてコメント欄にそういったコメントが流れ始める。


「どうされましたか? 一応彼女には転移石で逃げるように伝えてはいるのですが」


『沈黙の王がそれを無視して戦い始めたんだ』

『あのおっさん、俺らのシロリンを巻き込むなよな』

『いやでも正直あれが何体も出てくるとは思わないだろうし、しょうがなくはあるかも』

『とにかく皆ピンチピンチ』


 はあ、あのおっさん。命が懸かってる現場なんだから上の指示は守ろうぜ? あー、上だと思ってないのか。それか今まで単独でしか攻略してこなかったからそれが理解できないのか。

 能力的にも殲滅部隊の方が良いか? あの能力、どっちかっていうと対多数の方が輝ける気がするんだ。


「仕方ありませんね。もっとスピードを上げますか」


 あのおっさんの事だ。どうせすぐに死にはしないだろう。さてと、配信で状況を確認するか。


「……なっ、思ったよりもやべえなこりゃ」


『あれ? ジョーカーいつもの口調じゃなくない?』

『そんなの気にしてる余裕ないからだろ』

『ジョーカーもまた配信上の道化って事さ』


 何か上手い事言ってる奴がコメント欄に現れるがそんなことが気にならなくなるほどに俺は配信の画面に食いついていた。

 おかしい。イグナイトの配信じゃ大猿一体だけだったはず。それがなん十体も居て、そんで明らかに上位の存在である真っ白で巨大な猿が一匹いて……。

 流石の沈黙の王も大分苦戦しているようだ。これじゃあ転移石で逃げたくても逃げられなくなってる訳だ。


 異常も異常な事態。これであのおっさんを責めるのはちょっと可哀想だな。こんなの誰も想像は出来ないだろうし。

 ていうか何なら俺ですら勝てるかどうか分からないし行きたくないんですけど。何この敵の量。ヤバ過ぎない?

 

「見えてきましたね」


 前方にシロリンが氷の能力を使っている姿が目に入る。氷の刃がアーチを描いて真っ白なボス猿の方へと伸びていく。

 うん、ちょうど良いな。


「少し借りますね」

「え?」


 シロリンが返事をする前に俺は氷の道の上に乗るとそのまま今にもおっさんへと振り下ろされんとする巨大な白い腕に向けてリボルバーを構える。


「Ready for it?」


 直後、銃口からエネルギーの塊が放出され、白い巨腕を吹き飛ばす。


「グオオオオオオッ!!!!」


 周囲に響き渡る轟音。まるで災害でも起きたかのような地響きを生み出す雄たけびの隙に剣を構え、呆けている西園寺さんの下へと降り立つ。


「西園寺さん。お助けに参りました」

「……お前、俺との戦いじゃ全然本気出してなかったんだな」

「当たり前でしょう。でなければ観客に被害がいきますから。そんな事よりもお早めに転移して逃げてください。あなた方ではまだこいつの相手は荷が重い」


 そう言うと俺は西園寺さんの服をがっしりと掴むとにっこりと笑みを浮かべる。


「……おい分かってんだろうな? 俺は怪我をしている」

「はい、理解していますとも」

「だったらそんな今にも投げそうな持ち方をするかね?」

「死にはしませんよ☆」

「おおおい! ちょっとま……」


 制止する言葉を聞く間もなく俺は勢いよく振りかぶるとシロリンたちの方へ西園寺さんの体をぶん投げる。


「シロリンさん、転移してください!」

「了解!」


 そうして西園寺さんの体が転移石の効果範囲内に入った瞬間に皆の全身が光り、その場から消え去る。


『ジョーカーは逃げないのか?』

『あのメンツで勝てなかった相手に一人で挑むつもりか?』

『マジで言ってるの?』


 コメント欄では俺が残ったことに対して動揺が走っているらしい。まあ俺もこいつらに勝てるって保証はない。

 何せここはあの雑魚ダンジョンなんか比にならないくらいに強力な魔物がひしめいている。

 ははっ、ジョーカーのこの姿を纏っているといっつも過剰な自信が俺を押し上げてくるな。

 まあそれに早くクエストを達成したいって思いもあるしな。一応、難易度が難易度なだけに報酬の一日のレアリティの下がり幅は少ないけど、にしても結構ゴリゴリに削られている。

 あーあ、せっかく最高ティアまで上げたのにさ。


「皆さんご安心を。これを超えられなければこの先の階層をクリアすることなんて不可能でしょうから」


『先行部隊、ジョーカー一人で良くない?』


「私一人ではここのダンジョンは広すぎますのでその提案は首肯しかねますね」


 コメントにそれだけ返すと俺は目の前で腕を吹き飛ばされ、苦悶の声を上げているボス猿の方にリボルバーの銃口を向ける。

 今の感じ、恐らくこいつ自体の強さは大したことが無い。どちらかと言えば後ろにぞくぞくと現れ続ける大猿たちを統率できる手腕の方が怖い。


「さあ、SHOWを始めましょうか」

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