第59話 約束事

「ジョーカーには伝えました。もうそろそろ来る筈です」

「了解だ」


 シロリンからの呼びかけにそれだけ答えると、西園寺は己の剣を引き抜く。


「おいおい道玄よ。ボスはジョーカーに任せるって話だったろう?」

「俺は『はい』とは言っておらんな」


 そうなることを予期していたのか苦言を呈した斬月はため息を吐くだけでそれ以上強く言おうとはしない。


「たくっ、聞きゃしねえ。すまんな二人とも、こいつは隠遁生活が長いからガキよりもガキっぽいんだ」

「まあ僕もそんな気はしてましたけどね」


 斬月の言葉に龍牙ことシルクハットも納得する。


『沈黙の王なら倒せそうだしな』

『ボスって前ジョーカーが軽く倒してたあの巨人みたいな奴だろ? 流石に世界3位なら勝てんじゃね?』


 おおよそコメント欄では西園寺が負ける筈が無いとの意見が多い。

 それもそうだろう。ここまでの探索中、シルクハットやシロリンを圧倒した番人クラスの魔物達を軽々と倒してきた姿を見ている。

 この男が勝てなければ他に誰が勝てるのか、その言葉は至極当然のことであった。


 ただ一人を除いては。


「西園寺さん。ここのダンジョンのボスは他のタンジョンと比べて段違いに強いです。それこそステータスも5000を超えている個体も居ます。ですので……」


 シロリンが言い終わる前にボスらしき翼の生えた大猿が西園寺に向かってその巨大な腕を振り下ろす。

 そしてその腕が西園寺の展開するドームの中に入った瞬間、真っ二つになる。


「ふん、所詮は魔物だ。お嬢さん。あんまり心配しなさんな。俺ぁこの程度ゃ負けねえ。何でもかんでもジョーカーに頼ってたら俺らの存在意義がねえだろ?」


 そう言うと西園寺は続けて全身を斬り刻まんと腕を失い悲痛の声を上げている大猿に向かって飛び掛かる。

 しかし大猿の反応速度も速く、西園寺が展開するドームに入ることが無いように素早く後退すると残った腕で近くに落ちている大岩を西園寺達に向かって投げ始める。


「死に損ないが。俺がそれを捌けないとでも?」


 凄まじい速度で投げられた大岩の数々を真っ二つにしながら西園寺は大猿へと駆けていく。

 その圧倒的な力を前にしてシロリン達はただ見守ることしかできなかった。


 そして次の瞬間には大猿の首を一刀両断する西園寺の姿があった。


「どうだ? ジョーカーの助けなんざ要らねえだろ?」

 

 その姿は何ら衰えを見せない当時最強の男がそのまま残っていた。

 隠遁生活を始めた後もなお鍛え続けられた体は見る者を魅了する。

 彼もまた陰で研鑽を続けていたのだ。


『流石沈黙の王!』

『えぐ、てかグロ』

『ボスもこんくらいで屠れるんならジョーカー呼ばなくても大丈夫だったな』


「なんだ? コメントってのか? 慣れねえと気持ち悪いもんだな」


 そう言うと西園寺は一件落着とばかりに刀を鞘に納め、シロリン達のもとへと舞い戻る。


「どうだい嬢ちゃん? あの試合じゃ一方的にやられはしたがまだまだ見込みあんだろ?」


 周辺の敵とは比べ物にならないほどの力とオーラを纏った魔物を瞬殺したのだ。

 元から別に認めていなかった訳ではないためおかしな話だが、シロリンはその言葉に頷くことしかできなかった。


「さて、ジョーカーにも悪いしもう倒した事を報告しておくか」


 そうして連絡用の道具を使用しようとした時である。

 大きな翼音が聞こえたかと思えば、一同の目の前にはあり得ない光景が広がっていた。


「おいおいさっき倒したばっかの筈だろ? 何でまた出てきやがる?」


 目の前には先程倒した筈であった大猿の魔物がまた五体満足のまま立ちはだかっていたのである。

 不意をつかれた西園寺が咄嗟にドームを展開しようとするよりも先に別の方向から凄まじい速度で大きな腕が西園寺の体を薙ぎ払う。


『さっきのボスが二体!? イグナイトの時は一体だけだったのに?』

『てか王は大丈夫なのか? 派手に吹き飛ばされたぞ』


 予想外のボスの再登場、更にそれが二体も現れるという事態に場は騒然とする。


「すまねえ、しくった」

「おいおい道玄! てめえは寝てろ。今シロリンちゃんの転移石で戻るから」


 しかし吹き飛ばされた西園寺を共に連れていくには転移石の効果範囲が届かない。

 そのため西園寺の体をこちらへと持ってこなければならない訳だ。


「当真、おいぼれ扱いすんじゃねえ。俺ぁまだまだ現役じゃ!」


 そう言うと西園寺は一体を斬り飛ばし、皆の下へと駆け始める。

 一方、もう一体の大猿は他の四人によって抑えられている。

 これで後は西園寺が転移石の範囲内に入れば良いだけ。

 ただそれだけだというのに西園寺の目の前に巨大な影が落ちてくる。


「な、何だこいつは……」


 先程までの大猿とは全く異なった濃密な力の奔流が西園寺の全身を襲う。

 全身が真っ白の超巨大な猿の魔物。立っているだけで存在感を成すその大いなる魔物はまるで西園寺の事など目に入らぬようでこう口を開く。


『¥&(,,!dgb&”?』


 何を言っているのかは分からない。だがその様子は明らかに何かを探しているようであった。


『や、やばくない?』

『ジョーカーはよ来い』

『いやてかジョーカーでも勝てるか怪しくね?』

『イグナイトで突破できたんなら大丈夫じゃない?』

『イグナイトの時はここのボス、あの大猿一体だけだったぜ? ちゃんと見てないだろ』


 予想以上の攻略部隊の危機にコメント欄は大分騒がしくなってくる。同時視聴者数もシロリンの配信では既に20万人を突破しているほどだ。


「嬢ちゃん。こりゃちょっと不味そうだな。向こう見てみろよ」


 大猿を抑えながらシロリンは斬月が指し示す方向を見る。そこにはひときわ異彩を放った大きな魔物の背後には先程の大猿の魔物が百体はいるだろうか?

 まるで付き従うかのように白毛の巨大猿の背後で控えている。


「さ、西園寺さん!?」


 この絶望的な状況の中、突如として西園寺がシルクハットをシロリンたちの方へと放り投げる。大猿たちも西園寺を注視しているためか、宙を舞う青年を目で追いかける者は居ない。


「これは俺のせいで起こったことだ。てめえの不始末はてめえで処理する。お前らは先にあの石で逃げろ。俺はこいつらを処理してから帰る」

「何言ってるんですか!? この量を一人で捌くのは無茶です!」

「大丈夫だ。俺は日本で最強の男だぜ? 死なねえよ」


 そう言ってもう一度シルクハットは西園寺の下へと戻ろうとする。しかし、それを止める者が居た。


「仕方のないご老人ですね。約束事は是非とも守っていただきたいものです」

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