第54話 決闘後
「ふう、いったん終了か」
試合直後、俺は観客席からの大きな歓声を背に受けながら颯爽と立ち去り、現在試合前に居た控室へと戻ってきていた。
しかしあの一戦だけで本当に良いのかね? 数日前に急に発表されて来て貰ったっていうのに何か物足りなくないか?
一応、シロリンの初コンサートが開催されているとはいえ、国立競技場なんだしそれなりの金額を払っていると思うんだけど。
「これってもう帰っても良いのか?」
「まだ待った方が良いと思うよ」
俺しかいない筈の部屋で突然聞こえてきた返事に驚き、声が聞こえた方を向く。
「……なんだ、白崎か」
「その姿で白崎とかあんまり呼ばない方が良いかもだよ。もしかしたら盗聴されてるかもしれないし」
「盗聴!? ……失礼、シロリンさん」
「今更遅いよ」
呆れたようにそう告げるとシロリンはライブで歌っていた衣装のままパイプ椅子に腰かける。
ていうか何しに来たんだこいつ。
「おめでとう。まさか西園寺さんがあんなに圧倒されちゃうとは思わなかったよ」
「ありがとうございます。まあテクニックの欠片もないステータス数値のゴリ押しでしたけどね」
技術で比較するならば圧倒的に西園寺さんの方が上だっただろう。その技術の研鑽をただステータスの数値の差で破壊しただけ。
まあでもそっちの方が配信も観客席からも見栄えは良いだろう。
「それでまだ待ったほうが良いというのは?」
「だって今はまだお客さんがいっぱい居るもの。そのまま歩いて出ていったら目立って仕方がないわ」
「もちろん着替えますとも」
「着替える? どこで?」
そう言われてふと考える。そういえばここに来る前はダンジョンの奥で着替えてから来たからバレなかったけど、ここでの着替えは想定していなかったな。
今着替えても見つかってしまえば何でここに押出迅である俺が居るのか謎だし、白崎に呼ばれたっていう嘘をついてもそれきっかけでバレそうな気はする。
ただでさえ天院さんとかにはバレてそうなのに、それが余計に加速してしまう事だろう。
「確かに。どうしましょうか」
そんな時であった。コンコンッと部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「天院さんかな?」
まあ来る人と言えばそれくらいしか思い浮かばないしな、と思い何とはなしに扉を開くとその先に居たのは意外な人物であった。
「よお、さっきぶりだな」
「これは驚きましたね。西園寺さんではありませんか」
そこに居たのは先程俺が戦った西園寺さんの姿があった。戦闘後という事もあり、どこか疲弊した様子を見せている。
「どうされましたか?」
「いやな、帰りに挨拶でもしておこうと思って……」
「西園寺さん!」
西園寺さんの言葉を遮るようにして廊下の方から女性の声が聞こえる。現れたのは今度こそ天院さんであった。
「治療中なんですから安静にしておいてください!」
「大丈夫だ。こんくらいの傷じゃあ俺は死なねえ」
「それは確かにそうですけど!」
それはそうなのかよ。心の中でツッコミを入れながらその二人のやり取りを眺める。
「深い話をしたかった所だが、探索者協会の小娘がうるせえから一言だけ伝えておく。すまなかったな、お前さんの実力を見誤ってちょいと無粋な事を言ってしまった」
「それで言いましたらこちらも焚き付ける様な言い方をしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、それは良いんだ。最初から誰かと決闘してえなって思ってたから都合が良かった」
こいつ、やっぱり確信犯だったのかよ。道理でやたらと不躾な言い方をしてくるなと思ったわけだ。
「それは本当ですか? 西園寺さん」
「ん? ああ、本当だがそれが何か問題か?」
「大アリですよ。これでジョーカーさんが協会に手を貸してくれなくなっていたらどうなったと……」
何やら目の前で説教が始まったので俺は扉を閉め、白崎の方へと戻る。
「取り敢えず帰りの手配が来るまでここで待っていましょうか」
「そうね」
こうして俺達は少しの間、控室に取り残された後、係員の方に協会まで送ってもらうのであった。
♢
決闘を終えた後、反響はかなり大きかった。一大イベントの様に盛り上がったあの決闘は良くも悪くも全国で注目されることとなり、ネットの記事にも書かれた。
悪くも、というのはやはりその突発性、そして時間とチケットの金額が釣り合っていないのではないかというような内容であった。
まあ、そんな事を言う人の中に実際にチケットを買った人は何人いるんだっていう話にはなるけど。
兎にも角にも今日だけで登録者数が600万人を超えたことから改めてあのおっさんの影響力の凄さを感じた。
どちらかと言えば俺の存在は若い人の間でしか知られていなかったのだが、今回の決闘でかなり年齢層が広がったらしい。
ネットの記事を見るに、ジョーカーがまさか西園寺さんに勝てるとは思わなかったって言う意見が多いみたいだ。
対する俺の視聴者さんたちはどちらかと言えば俺の事を支持していてくれたみたいだ。
まあどちらにせよ、反響があることは嬉しいよな。
「そういえば明後日から本格的に作戦を決行するとか言ってたよな?」
“作戦”というのは探索者協会総出で行う
正直、イグナイトたちから後れを取っているため、挑発された身としては若干焦ってた。ちょうど学校もそろそろ長期休暇に入るし、タイミングはバッチリだ。
「待ってろよ、イグナイト。そんで俺の『クエスト』よ」
あの日以来、常に表示されている『クエスト』。内容は、『十階層を攻略せよ』。イグナイトもまだそれは達成していない。
どうやら6階層のボスでかなり手こずっているらしい。
それに試したいこともある。俺が買った転移石みたいな石。あれが実際に使えるようになるのかが疑問だ。
「さてさて、取り敢えず寝ますか」
そうして積み上げられていくやりたい事リストを頭の中で整理しながら布団をかぶるのであった。
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