第44話 有名人

 探索者協会から出るとちょうど携帯に白崎からメッセージが入る。今から1時間後くらいに皆が集合するらしいからそれまでに来てくれとのこと。

 1時間後か……今からダンジョン探索に行くのは無理だよな。

 依然としてユグドラシルの試練十階層を攻略しろというクエストから変更されていないため、できれば早めに進めておきたいんだけど。

 それに最近、配信も出来てないし配信もしたいなぁ。


「ジョーカーって配信者ヤバくない? 最近フォローしたんだけどさ」

「え、てか今更フォローしたの? もうずいぶん前に有名になってるよ」

「あ、やっぱり? どうりで登録者数が多いと思った」


 女子高校生が俺の話題をしながらすれ違う。当の本人はさっきすぐ隣に居ましたよ、なんて言えない。

 いや、言いたいけど! でも何か幻滅されるだけの未来が待っているだけだと知っているから言わない。

 正体を隠すことによってこんな葛藤が何度も繰り返されている。“ジョーカー”っていう名前が広がるにつれて、神秘化されていってしまい顔を出すことは最早不可能、という領域にまで達していた。


 そう言えばイグナイトの登録者数って何人なんだろう? ふと疑問に思った俺が携帯を開く。そしてそこに書かれていた数字を見て心底驚く。


「2190万人!?」


 おっと思わず声が出てしまった。やっぱ世界共通言語の配信者は強いな。この前始めたばっかだってのにもう2000万オーバーの配信者になってしまっている。

 俺も外国の人からのフォローが多いにしろ、言語が日本に限られてくるからどうしても伸び率は負けちまうな。

 それに半分はシロリンこと白崎のお陰だし。


 俄然やる気が出てきた。よし、今日の作戦会議が終わったら絶対にダンジョンに潜って配信するぞ! そんで帰りに肉買って帰るぞ!


「あれ? 押出君?」


 俺が無言でやる気を高めていると、そんな声が耳に届く。振り返るとそこにはいつぞやのシルクハットさんもとい龍牙さんの姿があった。


「龍牙さん!? どうしたんですか? こんな場所で」

「いや実は探索者協会に呼び出されちゃってね。あ、そう言えばテレビで見たよ。おめでとう、押出君」

「あ、見てくれたんですね。ありがとうございます」


 さっきからやたらとチラチラ見られるな~って思ってたけど、そういや俺テレビに出たんだった。


「押出君は行かないのかい?」

「俺はちょっと遠慮しときました」


 この後用事があるとかいう理由を付けて抜けてきたは良いものの合同探索は今日やるわけじゃないし、それを断る理由に全然なってないなと思い出しながらそう言う。

 まあジョーカーの姿で参戦するんだけど。


「そうなんだ。残念だな。もう一度押出君と一緒にダンジョン探索が出来ると思ってたのに」

「すんません。あ、応援はしときます」

「ありがとう。何せ攻略難易度は僕が潜ってきたダンジョンの中じゃ一番高いだろうからね。もしかしたら死ぬかもしれないし……そうだ。集合まではまだ時間あるしせっかくだからお茶でもしない? 僕、良い店を知ってるんだ」


――――――

――――

――


「うわ~、ここ隠れ家みたいでめっちゃ良いですね~」

「だろ? 喫茶ってんなのに個室もあるし雰囲気もあるしで気に入ってるんだ」


 まあその分お高そうだけど。探索者としても配信者としてもある程度稼ぎはあるから別にそれは大した痛手じゃないし良い。


「好きなの頼んでよ。今日は僕が奢るから」

「良いんですか! あざっす!」

「いや、そういうのはもうちょっとやり取りない? 普通」

「何を言いますか! 遠慮なんてしたらせっかくの奢られチャンスが消える可能性があるじゃないですか!?」


 俺は何としてでも奢られたいんだと前面に出しながらそう告げる。

 前回とここに来るまでの会話を踏まえてかなり仲良くなった龍牙さんと俺は互いのラインを見極めながら、そのライン上で反復横跳びをしているのである。

 ふむ、我ながら危険な事をしているものよ。。。


「くっ、あはは。押出君はやっぱり変わってるな。オーケー、じゃあもうホントに何でも奢ってあげるよ。高級料理なり高級酒なり何でも頼みな!」

「いや、俺未成年なんで酒は無理です」

「そこは冷静なのかよ」


 いや流石に未成年にお酒は不味いでしょ。龍牙さんとここの店主が捕まっちゃうし。

 ていうかこの店、喫茶店なのにホントに何でもあるな。ステーキやら酒類やらパスタやら海鮮やら。


 でも流石にお茶でメインディッシュは頼まんよな。普通にデザート欲しい。


「ご注文はいかがなさいますか?」

「僕はアイスコーヒーとシュガードーナツで」

「じゃあ俺はこのワサビ信玄餅ラテとモフモフパンケーキでお願いします」

「承知しました。それではお作り致しますので少々お待ちください」


 店員さんが注文を聞くとそのまま立ち去っていく。

 それを見計らってか、龍牙さんが一言こう言うのであった。


「押出君、今の注文正気なの?」


 うん? 何がおかしかったのだろうか? あ、でもモフモフパンケーキはちょっとライン越えしちゃったか。

 だって一つで3000円するもんな。じゃあホカホカパンケーキのほうにすればよかったか。


「すみません。ちょっと高すぎました?」

「いや値段じゃなくて頼んだもの自体だよ。よくワサビ信玄餅ラテなんていう物騒なもん頼もうと思うよね」

「え、美味しそうじゃないですか」


 ワサビも好きだし信玄餅も好き。好き好き同士が入り混じっているのだから美味しいに決まっているのに。


「前々からこの店、度々変なメニューが書いてあるなと思ってたけど、ああいうのって押出君みたいな人が頼むんだね」


 そうして謎に一人で納得する龍牙さんをただ不思議そうに眺めるのであった。

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