第36話 緊急事態
「皆。お疲れ様。今日の合同訓練はここまでだ」
最後の階層を攻略したところで菊池先生がそう告げる。大体40階層くらいだろうか? 当初の目的を大幅に超えた到達地点だ。
周りには最初に見えていた他の生徒たちの姿はない。このダンジョンでは間違いなく俺達の班が一番であろう。
「白崎さんが強いのは当然だけど、押出君も強かったのは驚いたよ!」
「いやいやそれほどでも~。ていうかそう言う黒田さんもすげー強かったぞ」
「そりゃああかねは姫ケ丘で一番だからね~」
「押出君、そんなに強いのに何で有名じゃないんだろ?」
三人と会話をして分かったのは天馬探索高校で一番有名なのは白崎、次点で生徒会長くらい。
そして高校生にして上級探索者になった向井もかなり有名らしい。
ま、まあ俺が有名じゃないのは何となく分かるんだけど……だってコミュ障だし。
それに今まで学校が終わったら即クエストをクリアするためにダンジョンの最深層に潜ってたからそもそも世俗と関りが薄いし。
「まあ本人がこんな感じだから」
「確かに」
「そりゃそうか」
「ふふ、そうだね」
白崎の言葉に皆が同意する。こんな感じとはどんな感じなのか。場合によっては喧嘩だぞ!
「いやいや普通に白崎とか向井が凄すぎて霞んでるだけだからな! 俺のせいじゃないから!」
「確かにそれもあるかも」
この合同訓練を通じてすっかり会話の輪の中に入れるくらいには俺もかなり溶け込んできた。
最初は不純な動機でしかなかったのが申し訳なくなってくるほどに仲良くなった……つもりではいる。
まあ結局はシロリンの配信に出演したオーディンだからってのはあるけど。
もしそうじゃなかったら今でも蚊帳の外だったんだろうな、なんて思うと少し悲しくなる。
「まだまだ余力があるとはいえここから帰る時間を考えれば仕方が無いか。他の班でも問題は起こっていないようだし、今回の合同訓練は成功……ん? 何だ?」
その時であった。菊池先生の持つトランシーバーに連絡が入る。
他の班から終了の合図でも来たのかなんて思っていたが、先生の顔が徐々に強張っていくのを見て違うと察する。
「……すまん。緊急だ。今から30階層に向かわないといけなくなった」
「何があったんですか?」
「イレギュラーが出た」
イレギュラー、その言葉を聞いて皆が固まる。流石の俺でも知っている。
イレギュラーというのは本来その階層に現れる筈の無い魔物の事を言う。そしてそれらは軒並み桁違いに強く、ダンジョン探索で度々イレギュラーによる事故が引き起こされているほどだ。
30階層まで来ている班だから相当な実力者が揃っている事だろう。しかし、その班ですら手に負えず救助要請をしたのだ。
よっぽど強いイレギュラーが出たと考えて間違いない。
「今は上級探索者の教師三人と向井で対処しているらしいが、劣勢だそうだ。今から急いで戻ることになるんだが……」
「行きましょう」
申し訳なさそうに言う菊池先生に白崎が即答する。30階層に向かえる教師というのが限られているからであろう。一刻も早く向かいたいが、生徒の同伴もしておかなければならない。
そんな菊池先生の迷いを感じ取ったのかいち早く速く答えた白崎に続き、姫ケ丘探索高校の三人もうんうんと頷く。
「一応私も上級探索者ですし」
「すまん。助かる」
そうして俺達はイレギュラーが発生したとされる30階層へと急ぎ向かうのであった。
♢
遠くから戦闘の激しい音が聞こえてくる。
あの大きな影……あれがイレギュラーか。どっかで見たことのある外見である。
「なっ、こんな所に龍だと?」
そこに居たのは大きな黒い龍である。龍、ドラゴンと言えばレッドドラゴンだ。ただ、俺が倒したことのあるレッドドラゴンと比べれば遥かに大きく、そして多分強いのだろう。
黒い体を漆黒のオーラが常に纏っているその様はかなりの迫力を見せている。
「向井!」
その龍を前に戦っている一人の生徒に菊池先生が声を掛ける。
恐らく上級探索者であることから生徒たちが逃げるための足止めを買って出たのであろう。
制服がボロボロになり、焔を纏ったその姿から今までの戦いが激しい物であったことが分かる。
「菊池先生! それに押出と白崎も!」
向井の隣に立ち、改めて目の前に居る大きな龍を見上げる。近くで見るとなおでかいな、おい。
黒田さん達は姫ケ丘探索高校の教師が居たのかそちらへと走り寄っていく。黒田さん達も多分戦いに参加するのだろう。めっちゃ強いし。
「向井、状況を教えてくれ」
「はい。先頭で戦ってくれていた先生が3人負傷、さっき他の先生に運ばれていきました。生徒の方は今のところ負傷者0です」
「なるほどな。それで今は教師3人と向井だけだったってことか。このレベルの魔物相手にそれだけの被害で済んだのは不幸中の幸いだな」
そう言うと菊池先生は力を開放していく。菊池先生の異能は雷。天馬探索高校の教師の中でも最強の異能を使う彼女は体中に雷を迸らせながら拳を構える。
「さて、片付けるか」
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