第33話 沈黙の王
和風で大きな庭。その端の方にあるししおどしが聞き心地の良い音を奏でる、時間の経過が遅く感じられるような空間。
その空間で一人の男が縁側に寝そべり、煙管を吹かしていた。
暫しの間、その男は目を瞑っていたが、何かの気配を察したのか突然目を開き、玄関の方を見やる。
「やれやれ、また来たか」
男がそう呟いた次の瞬間、その和風な家にはあまり似つかわしくないピンポーンという軽快な音が鳴り響く。
「まったく、風情が無いな」
見た目はまだまだ壮年の男性。口振りは少しゆったりとした、落ち着きのある声だ。
面倒くさげに立ち上がると男はゆっくりとした足運びで玄関へと向かう。
そうして扉を開くとそこに立っていたのは見目麗しい一人の女性であった。
「初めまして
「ほう、これはまた珍しい。あの爺臭い場所にまさか君みたいな若い女性が居たとは」
「私が就任したのは最近ですので西園寺殿が知らないのは仕方のない事かと思います」
「殿とかはやめてくれ。堅苦しいのは嫌いだ」
「それでは改めまして西園寺さん。今、協会はあなた様の力を欲しています。どうかもう一度第一線に出てきてはくれませんか?」
天院の言葉に西園寺と呼ばれた男は溜息を吐く。もう何度も聞いた話だからだ。それにせっかくの美人が来たと思えば、業務的な内容であったからというのもあるが。
西園寺は参ったなと言いたげに後頭部を掻くと、こう告げる。
「取り敢えず長引きそうな話だから上がれ。茶でも振舞おう」
「失礼いたします」
日本家屋の広い玄関。その先に広がるのは由緒正しき家柄の者が住まうような奥ゆかしい住居空間だ。
そんな中に一人住んでいるこの男性は一体何者なのか。
天院はその男の正体を知っているためか、緊張した面持ちで西園寺の後ろを行く。ランキング5位の彼女が緊張する相手と言えば国内では限られた者しかいない。
大きな客室へ移動し、その真ん中に置かれている机と座布団。片側の座布団へと天院を誘導すると、少し待てと言って何処かへ行く。
そして次に現れた時にはその手に茶碗が二つ載ったお盆を持って茶を天院の前ともう片側の座布団の前に置く。
「ありがとうございます」
「気にするな」
天院は置かれたお茶を少し飲む。口の中に茶のまろやかな甘みが広がる。雑味が無い上品な味わい。
周囲の環境も相まって張り詰めていた心が徐々に解されていく。
「ここは良いだろう? 先祖代々引き継いできた家だ。まあ俺一人で住むには少し広すぎる気はするがな。どうだ? 一緒に暮らすか?」
「私は一緒に暮らす前に何度かお食事を重ねるタイプです」
「カカカッ! 冗談だ。冗談。君、面白いな。本当に恋をしちまいそうだ」
「惚れられて光栄ですが、そのような言葉ばかりを若い女性に投げかけるのは今日ではセクシャルハラスメントに当たる恐れがございますのでお気を付けくださいませ」
「おおっと、すまない。ちょいと俗世から離れすぎてたもんで礼儀が欠けていた。安心しろ、俺は生涯独身を貫くと決めてるから本心じゃないぞ」
そう言うとフッと一筋の笑みを浮かべて潤す程度に茶を口に含む。
「何度も話しているが俺はもう探索者は辞めたんだ。戻る気はない」
「どうしてですか? ランキングを見てもずっと
「俺が鍛錬を続けているのは健康のためだ。探索者に戻ろうと思ってしてるんじゃない。もしそう思って鍛錬してんなら三位じゃ終わらねえさ」
誰かが聞けば一笑に付しそうな言葉もこの男が使うからこそ重く聞こえる。
それほどこの男が成し得た数々の偉業は日本のダンジョン探索を進展させた。
しかし、ある時からこの男は一切の探索活動をやめて沈黙した。しかし未だに日本首位のランキングに居座っていることから付いた二つ名は『沈黙の王』。
「三位じゃ終わらない……ですか。今のあなたを見ている限り、そうは思えませんけど」
「……ほう? 言うじゃないか」
未だに嘗てのオーラは顕在している。どこからどう見ても力は衰えていない。
だが敢えて天院は“そうは思えない”と口にした。それは何故か。
「あなたはご存じないと思いますが、世界では強者が次から次へと現れてきております。今の牙をもがれたあなたが三位の座から陥落するのは時間の問題でしょう」
「カカカッ! 辛辣だな!」
天院の言葉を受け、笑い声をあげる西園寺。しかし、その瞳は笑っていない。
強者たる矜持がその言葉の全てを甘んじて受け入れることを無意識下で拒否しているのである。
それを悟った天院は更に追い打ちをかける。
「僭越ながら私のランキングは第五位。西園寺さんの順位にもうすぐ追い付く事でしょう」
「何が言いたい?」
「私と勝負してください。あなたが勝てばもう探索者に戻ってこいなどとは言いません。協会にも掛け合いましょう。ですが私が勝ったらあなたには探索者に戻ってもらいます」
「カカカッ! 見た目に反して血の気の多い奴だな。今までそんな奴は来たことがないぞ」
そう言うと一気に茶を飲み干し、西園寺は告げる。
「良いだろう。受けて立ってやる」
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